恋のライバルは小学生
午後三時。
学校初日が終わり、俺はミロとマロに挟まれながら校門をくぐろうとしていた。
初日からこんなに疲れるとは思わなかった。
授業の内容が難しかったわけじゃない。ただ、この体では椅子に座っても足が床に届かない。一日中ぶらぶらさせていたら、妙に疲れてしまったのだ。
「なあルナ、明日の算数って宿題出てたっけ」
「でてたよ。ノートまとめるの」
「げ。まじか」
「ミロ、朝ちゃんと聞いてなかったでしょ」
「聞いてたっての」
右でミロが舌打ちして、左でマロがくすくす笑っている。
同じ顔なのに、性格はぜんぜん違う。
「あ、ルナちゃんだ。おーい!」
声のほうを振り返ると、月菜が大きく手を振りながら近づいてくるところだった。
制服のケープが、走るたびにふわふわ揺れている。
似合いすぎだろ。
その後ろから、ライラがいつもの速度でついてくる。
それから、もう一人。
知らない女の子がいた。
月菜、もう友達ができたのか。さすがだな。
「誰、この人」
ミロがすっと俺の前に出た。
顎を引き、上目に月菜を睨んでいる。
うわ。いきなりのツンツンモード。
月菜は驚いたように目を瞬かせ、ライラは相変わらず何を考えているのかわからない顔をしている。
「こ、こんにちは」
一方のマロは、律儀に立ち止まって頭を下げた。
ミロと同じ顔なのに、やることが正反対だ。
「わあ!双子さんなんだね!
「はい、僕がマロ。こっちがミロです」
「あ、私、月菜。ルナちゃんの、えーと」
月菜が言葉に詰まった。
視線を泳がせたあと、助けを求めるように俺を見る。
まあ、そうなるよな。
俺の彼女とは言えない。今の俺はルナだし、そもそもこいつらには、俺が男だと話していない。
かといって、他人でもない。同じ家に住んでいるわけで。
姉?
いや、それも違う気がする。
うーんと。
「かぞくだよ」
ふと思ったことが、そのまま口から出た。
家族って、恋人より意味的に上だよな?
誰か、この口にチャックをつけてほしい。切実に。
「!?」
月菜がその場で固まった。
目を真ん丸にしたあと、顔がじわじわと赤くなっていく。
両手でスカートの裾を意味もなく握りしめていた。
「う、うん。家族、です」
消え入りそうな声だった。
声は小さいのに、顔は真っ赤なままである。
「私も家族」
ライラが月菜の横から、にょきっと顔を出した。
「ルナさんのお姉さん、ってことですか?」
マロが小首をかしげる。
「その割には、あんまり似てないような」
この子、けっこう鋭い。
「にてるよ!」
「そうかなあ」
「ここ。ここがにてるの」
俺は自分の鼻を指さした。
根拠は一ミリもない。
「……そうかも」
ライラが真顔で頷き、自分の鼻を触った。
やめてくれ。話が長くなる。
マロはまだ首をかしげていたが、それ以上は追及しなかった。
「僕たちはルナさんのお友達です」
「ルナのおともだちなんだよ。ね、ミロ!」
「……まあ。そーだけど」
ミロが目を逸らしながら答えた。
口ではぶっきらぼうなのに、耳の先がほんのり赤い。友達と紹介されたのが嬉しかったらしい。
今朝、あれだけ突っかかってきたやつと同じ口である。
「月菜、私もいいかしら」
三人目の女の子が、すっと前に出てきた。
「私はクロエ。月菜と、そこのライラのクラスメイトよ」
金髪を頭の両側でお団子にまとめている。
腕を組み、顎を少し上げた立ち方。
なんというか、ツンツンしている人だと思った。
ミロとは違う意味で。
ツインテールじゃないのが惜しい。何が惜しいのかは、自分でもよくわからない。
「クロエ、偉そう」
「別に、そんなんじゃないわ」
「ツンツンしてる」
「失礼ね。私はハリネズミじゃないわよ」
クロエの眉がぴくりと動いた。
どうやらこの二人、仲がいいのか悪いのか、よくわからない関係らしい。
「あなた、ルナちゃんっていうのね」
クロエが腰をかがめ、俺の顔を覗き込んできた。
まあ、挨拶は大事だろう。
「うん! よろしくね。クロエおねえちゃん」
クロエの動きが、ぴたりと止まった。
口を半分開けたまま、数秒見つめ合う。
「……ええ、よろしく」
そう言うなり、勢いよく立ち上がってそっぽを向いた。
髪のお団子が揺れる。
耳がほんのり赤くなっていた。
何か気に障っただろうか。
※
「ルナ、行こうぜ」
挨拶が一段落すると、ミロが俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「遊べるとこ連れてってやるよ。すげーいいとこ知ってんだ」
「あそべるところ!」
「おう! 公園があるんだけどさ。すげー遊具あるから行こうぜ」
遊具!
その言葉を聞いただけで、わくわくしてしまう。早く行きたい。
それにしても、小さい子同士の距離感ってけっこう近いんだな。
ぐいぐい引っ張られながら、そんなことを考えていると。
「むむ」
背後から低い声がした。
「ライラちゃん。私、何か危険な感じがしてるよ」
「そう? どこが?」
「するの。すごくするの。ここ」
月菜が自分の胸のあたりを押さえている。
「子供同士、仲がいいのはいいこと」
「そうなんだけど。そうなんだけど!」
振り返ると、月菜が両手を握りしめて立っていた。
視線が完全にミロへ固定されている。
いや、なんで警戒してるんだ。相手は小学生だぞ。
当のミロも、俺と腕を組んだまま月菜をちらりと見て言った。
「なんか、あの月菜って人、倒さなきゃいけない人な気がする」
「たおす!?」
「わかんねーけど」
どういう意味なんだ。
この二人には、いったい何が見えているんだ。
「べつに。なんとなくだよ」
ミロがふん、と鼻を鳴らす。
なんとなくで人を倒すな。
ミロを止めたほうがいい。
頭ではそうわかっている。
わかっているのに。
――早く遊びたい。
困ったことに、その気持ちがどんどん溢れてくる。
鬼ごっこ。滑り台。ぐるぐる回るやつ。
遊びたい。今すぐ遊びたい。
悲しいかな、今の俺はルナだ。
「マロもいっしょに、あそぼ!」
俺はマロの手も取った。
マロは驚いたように目を見開き、たちまち顔を赤くする。
「ちょっ、ルナさん!」
「はやくはやく!」
慌てている様子が楽しくなり、さらに強く引っ張る。
マロの体が俺のほうへ傾く。けれど、マロは顔を真っ赤にして、全力で踏ん張った。
「わ、わかったって! 行くから引っ張らないで!」
「マロも、ルナとあそびたいでしょ?」
「だから、行くって言ってるよー!」
背後から、月菜の声が聞こえてきた。
「ライラちゃん。私、やっぱり危険な感じがしてきたよ」
「……ルナって、たらしだったみたいね。もう二人つかまえてる」
「ちょっと、それ本人に聞こえてるわよ」
ひどい言われようである。
その日は結局、六人全員で公園へ行くことになった。
月菜は、なぜかほっとした顔をしていた。




