初めての友達
改めて、ミロを見る。
見た目は、さっきまでと何も変わらない。
それなのに、女の子だと知っただけで、そう見えてしまう。
俺は慌てて、その考えを振り払った。
ミロは、ミロだ。
「なんだよ。じろじろ見るな」
「……」
「どうせお前も、俺のこと気持ち悪いって思ったんだろ。女のくせにって」
ミロが吐き捨てるように言った。
「父さんも母さんも、女の子らしくしろって言うんだ。体がそうだからって。俺は男なのに」
その言葉で、ようやくわかった。
ミロは、男の子なんだ。
きっと、ずっと苦しい思いをしてきたんだろう。
九歳のミロが一人で抱えるには重すぎる。
俺なんかの言葉は届かないかもしれない。
「言えばいいさ。俺もお前なんて嫌いだ」
ミロが下を向く。
その目には涙が溜まっていた。
マロが俺をじっと見ている。
何かを探るような目だった。
「ルナは」
俺は、なんて言えばいいんだろう。
言いたいことはある。
たくさんある。
でも、俺が伝えたいのは。
「ルナは、ミロのこと、かっこいいと思うよ」
「え?」
「おとうさんと、おかあさんと、けんかしてるんでしょ?」
「あ、ああ。それのどこが」
「おとなとけんかするの、ルナにはできないよ」
ミロが顔を上げた。
マロは驚いた顔で俺を見ている。
「ルナ、おこられたらこわいもん。だから、すぐごめんなさいっていっちゃう」
「……」
「でもミロは、いってないんでしょ?」
「言うわけないだろ。だって俺は、男だから」
「うん。だからミロは、かっこいいんだよ」
ミロの口が半分開いたまま止まった。
俺はミロへ近づき、その手を取る。
小さな手だった。
今の俺と、同じくらい。
この手で、ずっと戦ってきたんだ。
「ルナは、ミロのこと、きもちわるいなんて、ぜったいに、おもわないもん」
「なに言って……」
ミロの目から、涙がこぼれた。
「あれ……何これ……」
ぼろぼろとこぼれて、止まらなくなる。
「な、泣いてねーし」
「うん」
ミロはもう片方の手で、必死に目元をこすっている。
こするたびに、余計に赤くなっていった。
更衣室の窓から、外で走っている子たちの声が聞こえてくる。
マロが、決心したように口を開いた。
「ルナさん。お願いがあるんだ」
「なあに?」
「ミロの友達になってほしい」
「マロ!? 何言って」
「僕の大切な、大切な弟なんだ」
マロが、まっすぐ俺を見る。
さっきまで眉を下げて、ぺこぺこと謝っていた子と同じ目ではなかった。
「ミロのことを、かっこいいって言ってくれたのは、ルナさんが初めてなんだ」
そのまま、深く頭を下げる。
「お願いだ、ルナさん」
「マロ、やめろって!」
「やめない」
「なんでだよ」
「ミロ、きっとルナさんは大丈夫だよ。僕のカンだけど」
この子たちの想いに応えたい。
思わずミロとマロの手をそれぞれ掴んでいた。
「えっへへー! これで、おともだちだね」
「うわっ!」
「え、僕も!?」
二人の手を持ち上げ、ぶんぶん振る。
「へへへー! わたしたち、なかよしだね!」
マロはきょとんとして、そして。
「ははははは!」
マロが笑った。
目の周りを真っ赤にしたまま、声を上げて笑っている。
「まあ、そこまで言うなら、しょーがねーか」
「しょうがないって、なあに?」
「うるさい。友達になってやるって言ってんだよ」
「やったー!」
「あー! うるさい!」
――そして。
「え?」
着替えに戻ってきた男の子が、扉の前で固まっていた。
男子更衣室の真ん中で、三人が手を繋いではしゃいでいる。
「…………」
「あ」
三人揃って、先生にこっぴどく怒られた。
俺は男子更衣室へ入っていたことを。
ミロとマロは、更衣室で騒いで体育の授業に遅れたことを。
「ルナはわるくないもん」
「悪いです」
「ふええ」
※
午後の授業は算数だった。
黒板に並んだ式を写しながら、俺は途中で手を止めた。
――割り算の筆算。
やり方は知っている。
高校二年生なのだから、当たり前だ。
なのに、この教科書に載っているやり方は、俺の知っているものと違っていた。
「なにこれえ」
割り算に魔法陣を使うのか。
「うう……ふつうにひっさんしたいよ」
プリントを睨んで唸っていると、横から声がした。
「おい」
「なあに?」
「そこ、違う」
隣のミロが身を乗り出し、俺のプリントを指差していた。
「ちがうの?」
「三の位置。そこじゃなくて、こっち」
「なんで?」
「なんでって……」
ミロが自分のプリントを俺の机へ寄せる。
「見てろ。まず円を描くだろ」
「うん」
「それから、こっちに数字を置く。そうすると勝手に下へ降りてくる」
「わ! おりてきた!」
「だろ」
ミロが少し得意そうな顔をした。
吊り上がっていた目元が、少し柔らかくなる。
「ミロ、あたまいいんだね」
「別に。普通だ」
「すごいよお」
「うるさいって」
そう言いながらも、ミロは次の問題まで指でなぞって教えてくれた。
ふと視線を感じて顔を上げると、マロがこちらを見ていた。
何も言わず、ただ微笑んでいる。
目が合うと、少し慌てて顔を戻した。
「マロも!」
「え?」
「マロも、いっしょにおしえて!」
「で、でも、ミロが教えてるし」
「ふたりのほうが、たのしいもん」
俺はマロの袖を引き、机をこちらへ寄せた。
「ちょ、ルナさん」
「ほら、マロもおしえて!」
「……うん」
マロがおずおずと椅子を近づける。
「マロ、そこ間違ってるぞ」
「え!? うそ、違った!?」
「こっちだって。まあマロなら仕方ないか」
「しかたないね」
「ルナさんまで!」
三人で頭を突き合わせ、プリントを覗き込む。
結局、答えが合ったのは、終業のチャイムが鳴ったあとだった。
「三人とも、最後までよく頑張りましたね」
先生は、花丸を三つ描いてくれた。
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