おてつだいかかり
明日から、いよいよ魔法学校に通うことになった。
諸々の手筈は、ライラのお母さんが整えてくれたらしい。入学の手続きも、教科書も、寝具一式まで揃っていた。
当のお母さんは仕事で学校に泊まり込みらしく、家にいるのはライラだけだ。
「これ、月菜の分」
ライラが箱を差し出す。
箱を開けた月菜が、声をあげた。
クリーム色のワンピースに、肩から羽織る短いケープ。留め具には、三日月の形をした金具が使われていた。
「かわいい……!」
「着てみたら」
そう言われて、月菜が部屋に引っ込む。
しばらくして戻ってきた月菜は、裾を両手でつまみ、その場でくるりと回った。
「ど、どうかな」
「にあうよ!」
「ほんと?」
「うん」
ライラも淡々と頷く。
「制服は誰が着ても似合う」
「それ、褒めてないよね!?」
「ルナのもある」
「わたしの?」
差し出された箱の中身は、月菜のものと同じ形だった。ただし袖は短く、スカートもふんわりと広がっている。
「可愛すぎるよ、ルナちゃん!」
「つきなおねえちゃんのとは、ちょっとちがう?」
「小学部の制服だから」
「しょうがくぶ」
「そう。ルナは小学部」
高校生に戻る前に、まず小学生をやることになるらしい。
しかも、女子小学生。
不安しかないが、制服を着て喜んでしまう心を止められなかった。
※
ライラの家は、シェアハウスのように広かった。
お母さんが校長という立場にあり、よく人を招くためらしい。
中央が大きな吹き抜けになっている居間。その周りには、風呂、トイレ、キッチンなど、生活に必要な部屋がすべて揃っている。
二階には、個室がなんと五つもあった。
部屋に入ると、棚やベッドが置いてあり、ベランダまでついていた。
窓からは、町の屋根の向こうに青く光る地球が見える。
一人で過ごす分には、何の問題もない。
この小さな体なら、むしろ広すぎるくらいだ。
荷解きを終えて居間に降りると、月菜がテーブルの前で仁王立ちしていた。
「それでは、家事を分担しようと思います!」
「かじの、ぶんたん?」
「うん。そうだよ、ルナちゃん。ほら、これから一緒に暮らすからさ。昨日調べたんだけど、こういうのは最初に決めておくのが大事みたい」
「だいじなら、きめよう!」
「話が早い!」
月菜が持ってきた紙を細く折り、コップの中へ立てていく。
くじ引きで決めることになった。
「じゃあ、ライラちゃんから」
「うん」
ライラが一本引いてすぐに開く。
「洗濯」
「開くの、早いよぉ!」
「ん、間違ってる?」
「もうちょっとこう、あるでしょ。ためとか」
「ためると中身が変わるの?」
「変わらないけども!」
ライラは二本目も同じ速さで引いた。
「掃除」
残った紙を月菜が開くと、料理と買い出しが出てきた。
「よし! じゃあ、私が料理と買い出し担当ね」
「わたしは?」
「ルナちゃんは……」
月菜が何やら紙を切り始める。
しばらくして、俺の胸に小さな札が下げられた。
――おてつだいがかり。
「おてつだいがかり」
「そう! とっても偉い係だよ」
「えらいの?」
「偉いよ。いちばん偉い」
ライラが横から札を覗き込む。
「何もしない係」
「違うよ!?」
俺は札を両手で持ち上げて眺めた。
わくわくしてしまっている。
※
夕方になり、月菜が料理を始めた。
キッチンから、いい匂いが漂ってくる。
さすがに見ているだけでは申し訳ない。
俺は札をつけたまま、キッチンへ向かった。
「ルナちゃん、そこのお皿を取ってくれる?」
「わかったよ!」
背伸びをして棚へ手を伸ばす。
届かない。
もう一段、精いっぱい背伸びをする。
それでも届かない。
後ろから手が伸びてきて、ライラがひょいと皿を取った。
「はい」
「……ありがとう」
「係、頑張って」
「がんばってるもん」
受け取った皿を、両手で持ってよたよたと運ぶ。
「ありがとう。あとは、これをのせて……できた!」
月菜が作ったのは、オムライスだった。
黄色い卵の上に、ケチャップで何かが描かれている。
よく見ると、三日月だった。
「んむんむ……おねえちゃん! おいしい!」
「へへへ。よかった! 実は得意なんだ」
ライラも静かに、けれど黙々と食べている。
どうやら気に入ったらしい。
「月菜」
「なあに?」
「すごく美味しい」
「ふふ、ありがとう」
俺はスプーンを置いて、月菜を見た。
「つきなおねえちゃんのごはん、まいにちたべたいな」
「これから毎日作るからね! お姉ちゃん頑張っちゃうよ」
月菜が俺の頭を撫でようと手を伸ばし、一瞬止まる。
「樹くん、なんだよね?」
ああ、そうだよと言おうとして。
「ん〜。ルナはルナだよ」
月菜は迷った末、頬を赤らめながら頭を撫でた。
俺は誤魔化すようにオムライスを口へ運んだ。
ライラが俺たちを交互に見る。
「二人とも、家族みたい」
「かぞく?」
「うん。思ったんだけど」
「なあに?」
ライラが俺を指差した。
「月菜と樹に子どもができたら、こんな感じなんだろうなって」
俺のスプーンが止まった。
「……樹くんとの、子ども!?」
やめてくれ!
その話を、この姿の俺を見ながらするな!
俺は話を変えるつもりで口を開いた。
「ルナも、こどものもらいかた、しってるよ」
「ルナちゃん!?」
うわ、なんてこと言うんだ!
やぱいぞ、これ。
「えーと、たしかね」
口が止まらない。これ以上はまずい!
「あの、ルナちゃん。あのね」
月菜の顔が、みるみる赤くなっていく。
「とりさんが」
「鳥さん?」
「おそらから、はこんできてくれるの」
月菜が息を吐いた。
ものすごく長い息だった。
「そ、そうだね! うん、そうだよね!」
「そうなの?」
ライラが首をかしげる。
「私が習ったのは――」
「うわあああ! だめ! ライラちゃん! どこで習ったのか気になるけど、今はだめえええ!」
月菜の悲鳴が、吹き抜けいっぱいに響いた。
俺はオムライスの三日月をスプーンですくい、何も聞こえなかったふりをした。




