月の街へ
その言葉を理解するまで数秒。
月菜が爆発するまで、さらに数秒。
「い、いっしょって、それってつまり、ひとつ屋根の下で!?」
「大丈夫よ。わたしとライラも一緒に行くもの。ね、ライラ」
「うん」
それはいいのか? よくないのか?
「向こうでは私たちの家を使うことになるわ。支度して、また明日いらっしゃい」
※
支度を終えた俺と月菜は、ライラの家に歩いて向かっている。
俺は着替えを詰めた大きめのリュックを背負い、月菜は小さなキャリーケースを引いている。
昨日聞いた話によると、はるか昔、月に残った魔法使いたちがいたらしい。
ライラたちの先祖は、地球と月をつなぐ役目を持つ魔法使いだった。
今は校長であるライラのお母さんが、その役目を引き継いでいる。
「ライラって、結構すごい家系だったんだな」
「そうそう! ライラちゃんは何とも思ってなさそうだけどね」
小学生くらいの男の子グループとすれ違う。
リュックを背負っており、どこか遊びに行くようだ。
「本当だったら今日から夏休みなのにね。学校に通うなんて、考えてみたらすごいよね」
「言われてみればそうか。俺たち真面目な生徒だったみたいだ」
「ふふふ。樹くんは真面目だよお」
「そういえば泊まりのこと、よく許してくれたね」
「昨日あの後、ライラちゃんのお母さんがきてくれたの」
「そうなんだ」
「うん。魔法使いのことも言ってくれたんだ。早いうちから言った方がいいって。お母さんたち、びっくりしてた」
「そりゃそうだ。俺も責任を感じるよ」
「あ、大丈夫だよ!それで、行ってきなさいって。好きな時に戻れるみたいだし」
二人で歩く。
ライラの家が近づいてくる。
「今日から一緒の家、なんだね」
「ごめん、俺のせいで」
「ううん!」
月菜が首を振る。
「こんな時に変だと思うけど、楽しみなの」
「……俺も」
「ずっと付き合ってたら、その」
「い、いつか、一緒に住むんだろうなあ、て」
「うん」
「その楽しみが、早くに叶ったんだなあ、て」
「そうだね」
俺は月菜の手を取った。
「月菜」
「はい」
「思ったことがあったらすぐ言って。俺、すぐ直すから」
「そ、そんなの大丈夫だよぉ」
「遠慮しないで。月菜とずっと一緒にいたいから」
「!? い、樹くん」
それきりお互い無言になった。
勢いに任せてすごいことを言ったと思う。でも、本心だし仕方ない。
横顔を見ないようにして歩いた。
家に着くと、出てきたのはライラだけだった。
「きたね」
俺たちの様子を見てニヤリとする。
「何かあった?」
「「ありません!」」
※
「あれ、お母さんは?」
「仕事で向こうにいる」
案内された廊下の突き当たりに、昨日は気づかなかった扉があった。
表面に見たこともない魔法陣が浮かんでいる。
「ここ。入って」
促されるまま踏み込むと、目の前が真っ白になった。
まぶたを開ける。
ここではないどこか、知らない町が広がっていた。
「ここが、魔法使いの町だよ」
「え? もう着いたの?」
「おもってたより、なんか」
「うん。普通の町なんだね」
コンクリートの道、並んだ家、店、歩いている人たち。地球とそう変わらない。
旅行に行ったホテルを抜けて、ふらりと歩きに出た時と同じ感覚。
「ええ。あまり変わらないと思う。でも、上見て」
言われて空を見上げる。
普通の青空が広がっている。
けれど、その中に見慣れないほど大きな青い星が浮かんでいた。
「あれは地球」
「え!?」
「ここは月なの」
「そんなことあるわけないよお」
言い終わってから気づいた。
「え、あれえ!?」
「ルナちゃん!?」
空に月なんて見えない。
なのに俺はルナになっている。
ここが月だからか? ってことは――
「もしかしてわたし、ずっとこのままなの?」
「魔力をコントロールできるようになったら樹に戻れる」
「ふええ」
しばらく歩いて、ライラの家に着いた。
シェアハウス用なのか、かなり大きい。
「まって、ライラちゃん」
月菜が立ち止まった。
「何?」
「もしかしてこれから私、ルナちゃんと一緒に住めるってこと?」
「そうよ」
「!?」
衝撃を受ける月菜。
そして俺。
ずっとルナのまま月菜と一つ屋根の下なのか?
それって、まずくないか?
月菜はルナを見ると暴走しがちだ。それに俺も、ルナになるとうまく制御できない。
「樹くんなのは分かってるんだけど! でも、ルナちゃんと住めるんだよ!?」
「そうね」
「寝る時も、起きた時も、隣にルナちゃんがいるなんて、私、幸せすぎて怖いよ」
まずい、早くも暴走している。
月菜は俺と一緒に寝るつもりでいる。
「ルナ、ひとりでねれるもん」
「えええ!?」
「おねえちゃんとは、べつだもん」
月菜が両手を頬に当てた。
「ルナちゃん、そんな事言わないで一緒にねよう? ね?」
「もうおとなだもん。おとなはべつべつで、ねるんだよ」
「そんなあ」
「月菜、諦めて」
「ううう」
「じゃあせめて、おふ……」
言いかけて、月菜は顔を赤くする。
「そ、そっか。樹くんなんだよね」
「そうだよ! おねえちゃんの、えっち!」
「〜〜!?」
ライラが玄関の鍵を開ける。
月菜はなぜか落ち込んで、両手を地面につけていた。
よし、いろんな意味で気を引き締めていこう。




