今日、月菜にキスをする + 第一部のあらすじ
〜ここまでのあらすじ〜
高校一年生の樹は、同じ高校に通う魔法使い・ライラの魔法によって、月が出ている間、金髪の幼い少女「ルナ」に変身する体質になってしまう。
元の姿に戻るには、魔力の塊である五つの「はつこいのかけら」を集めなければならない。
樹はルナの正体を隠したまま、自分に恋をしている少女・月菜と共に、かけらを探すことになる。月菜と過ごす時間を重ねるうちに、樹もまた彼女に惹かれていく。
しかし、すべてのかけらを集めたとき、樹は魔法と月菜に関する記憶を失ってしまう。
それでもクリスマスの夜、樹は月菜への想いを取り戻す。
こうして二人の初恋は、ようやく結ばれたのだった。
――俺は今日、月菜にキスをする。
月菜と付き合ってから半年あまりが過ぎ、俺たちは二年生になった。
夏休み前最後の日。
放課後、俺たちはいつものようにデートをしていた。
夕飯を食べ終えて店を出ると外はもう暗くなりかけていた。
海岸沿いの道を月菜と並んで歩く。
「あ、見て見て!」
月菜が俺の手を取って走り出した。
「わ、ちょっと」
「はやくはやく!」
防波堤の切れ目まで引っ張られる。
水平線に夕日が半分沈んでいた。
「夕日が沈んでる! 樹くん、きれいだよ」
「うん。きれいだ」
「明日から夏休みだね。あっという間だねぇ」
「月菜はどこか行きたいとこある?」
「よくぞ聞いてくれました」
月菜が指を一本ずつ立てていく。
「海でしょ、お祭りでしょ、プールでしょ、あと水族館。あと花火。あとかき氷食べたいし、あとはうーん」
「かき氷は行き先じゃなくない?」
「行き先だよ! 私たちはみんなかき氷につられるんです」
「そうか」
「そうです」
「たくさんだね」
「へへへ」
月菜が照れたように笑う。
「樹くんと付き合ってはじめての夏休みだもん」
「そうだね。俺も今年の夏休みは楽しみだな」
「あ、でもね」
「え?」
「……金魚すくいは、やりたい、かも」
まただ。
俺と話していると、ときどき月菜は暗い顔をする。
聞いてみても「んーん。なんでもないよ」と笑うんだ。
月菜が俺の様子に気づいて、口を開く。
「ごめん。なんでもないの」
「……そっか」
「俺、月菜と一緒なら、どこでも楽しいと思う」
月菜が驚いた顔をし、やがて微笑んだ。
「私も、樹くんと会えるならどこでもいいかな」
「……うん」
日が沈みきって空に星が瞬きはじめた。
波の音だけがずっと続いている。
――今なんじゃないか。
俺はずっと不安だった。
さっきみたいな時間を重ねるたび、いつか月菜を失うんじゃないかと思ってしまう。
失うなんて考えられないほど、俺の中で月菜が大きくなり過ぎている。
繋いでいた手をそっと離す。
「あれ」
月菜が離れた手を見た。
俺は月菜を正面から見つめる。
両手を月菜の肩に置く。
「ひゃっ」
月菜の肩がびくんと跳ねた。
「い、樹くん?」
月菜の目がぐるぐると泳ぐ。
顔から耳から首まで、見ている間にみるみる赤くなっていく。
「する、の?」
「……」
月菜はぎゅっと目を閉じた。
顔を近づける。
「……っ」
月菜が息を止めたのがわかった。
肩に置いた手のひらに、月菜の震えが伝わってくる。
俺の心臓も、痛いくらい速く鳴っていた。
まつげが震えている。
月菜が、そっと目を開けた。
その瞳に、昇り始めた月が映っている。
――その瞬間、俺の体が光った。
「え?」
なんだこれ。体がほどける感覚。
この感覚を俺は知っている。
どこで? いつ?
思い出せない。
「ふえ」
視界が下がっている。
肩に置いていたはずの手がずるずる下がる。
「な、なにこれえ!?」
今の、俺の声?
自分の声が高い。
高いというより、幼い? まるで、そう。
幼い女の子みたいな声。
「うそ」
月菜が両手で口を押さえていた。
「ルナちゃん……?」
「るな?」
言った瞬間に自分でぎょっとした。
喋り方に違和感。舌がうまく回らない。
「な、なんでわたし、こんなこえなの?」
手を見る。ちいさい。
髪が視界に落ちてくる。金色。ふわふわ。
「……ええ!? なんなのお!?」
「樹く、ルナちゃん? 落ち着いて!」
「おちつけないよお!」
「だよね! 私もそうかも!」
俺はその場でくるくる回って自分の姿を見ようとした。
どんな手品なんだ? いや、手品なのか?
そう思うのに。
この小さい手も、下がった視界も、ふわふわした髪も服も。
全部、俺は知っている。
「つ、つきなおねえちゃん」
「うん!?」
「わたし、いままで、こうなったことある?」
「えーと……それはその……」
月菜が言葉に詰まる。
それからしゃがみこんで俺と目線を合わせた。
しばらく黙って俺の顔を見つめている。
目がだんだん潤んでいく。
「……ルナちゃんだ」
月菜がひときわ大きく息を吸った。
その顔を見ていたら、勝手に口が動いた。
「つきなおねえちゃん」
「うん」
「えっと、ひさしぶり……?」
月菜の目から、ぼろっと涙がこぼれた。
「……うん」
何かを思い出すかのように、月菜が笑った。
「ひさしぶり、ルナちゃん」
波の音が続いている。
月の下で、俺はまだ何もわからないままその笑顔を見上げていた。
お読みいただきありがとうございます。
引き続き不定期更新になるかと思いますが、よろしくお願い致します。




