クレープより甘いもの <ライラと潤>
わたしが一番変わったと思うのは、人とご飯を食べるのが好きになったことだと思う。
遊園地の旅行から帰ったあと、わたしは潤を連れ回して買い食いをするようになった。
そういえば最近、潤は眼鏡をかけるようになった。本人には言っていないが、似合っていると思う。
一緒にいて楽だし、月菜と琴美にはそれぞれ相手がいる。
「次、コロッケ食べに行く」
「ああ」
「次、コンビニのおでん食べたい」
「行こう」
「次」
「わかった」
商店街を三往復したところで、潤が足を止めた。
「なあ、ライラさん」
「何?」
「俺が一緒でいいのか?」
「うん」
わたしは即答した。
「一人で食べるより、人と食べたほうがおいしい。今も潤と一緒だから、おいしい」
「……そうか」
潤はそれだけ言って、また歩き出す。
わたしが言うことじゃないが、潤は表情があまり変わらない。ずいぶん一緒にいる時間が増えたのに、笑ったところを見たことがない。
*
「ライラさん、変わったよな」
肉まんの湯気を吹きながら、潤がそう言った。
「そう?」
「よく笑うようになった」
「え?」
「気づいてないのか?」
わたしは肉まんを持ったまま固まった。
「笑って、る?」
「ああ。食べてる時とか。あと、月菜さんと琴美さんと話してる時。樹も」
思わず手を口元にやる。指先で確かめてみても、自分の顔がどうなっているのかはわからない。
「わからない」
「そうか」
それきり潤は何も言わなくなった。
わたしは、笑っているんだろうか。
*
角を曲がると、甘い匂いがした。
クレープ屋だった。そういえば月菜が前に「絶対食べたほうがいいよ!」と力説していた気がする。
「潤。次、クレープ食べる」
「ああ」
二人で列に並んだ。前に女子高生が三人いて、メニューの前で長いこと悩んでいる。
順番が来た。
「いちごのクレープください」
月菜の一推しを注文する。
「はい、五百円になります」
スマホの決済アプリを開いた。
残高、四百円。
……足りない。
「あ、ごめんなさい。やっぱりキャンセルしま……」
言い終わる前に、横から手が伸びた。
「これでお願いします」
潤だった。
「え?」
戸惑っている間に会計が終わってしまう。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
潤が受け取って、そのままこっちに差し出してきた。
「ライラさん、はい」
「あ、ありがとう」
おずおずと受け取る。紙に包まれたクレープは思ったよりあたたかかった。
*
店を離れて、少し歩いてから、わたしは足を止めた。
「あの、どうして?」
「え?」
「連れ回してるのに」
「連れ回してる?」
「わたしに、クレープを買ってくれる理由がない」
潤は少し黙った。
それから、ああ、と。
「そういうことか」
「うん」
「俺さ」
潤は前を向いたまま答えた。
「ライラさんの、食べてる時の顔、好きなんだよ」
「…………え?」
「幸せそうに食べるだろ」
潤がこっちを見た。
「見てると、俺も嬉しくなる」
そして、笑った。
初めて見た。
潤は私と同じで笑わない人だと思っていた。そう思っていたのに、私に向けて微笑んでいる。
「え、あ……」
変な声が出てしまう。
なんだろう。
潤の顔が、うまく見られない。隣にいるのは本当に、潤なのだろうか。
視線を落とす。
手の中のクレープ。
白い生クリーム。
赤いいちご。
さっきまであんなに食べたかったのに、今はそれどころじゃない。
胸のあたりが、ぎゅっとする。
苦しい。
でも、嫌じゃない。
むしろ――。
「ライラさん?」
潤の声がして、顔を上げる。
「っ」
近い。
潤が、わたしの顔を覗き込んでいた。
「どうした?」
「……なんでも、ない」
「でも――」
潤がさらに顔を寄せてくる。
近い。
眼鏡の奥の目まで、はっきり見える。
だめ。
今はだめ。
頬と耳が熱い。
たぶん、今までで一番変な顔をしている。
なのに潤は、じっとわたしを見ている。
見られたくなくて逃げようと思った。
でも、足が動かない。
わたしは手に持っていたクレープを、そっと持ち上げた。
顔が隠れるくらいまで。
「ライラさん?」
名前を呼ばれる。
クレープの向こうに潤がいる。
顔が熱い。
心臓がうるさい。
見られたくない。
でも、離れてほしくない。
おさまれ。おさまれ。
クレープを両手で持って、真っ赤になった顔を隠す。
「……見ない……で」
「…………」
クレープをほんの少しだけ下げる。
潤と目が合った。
「……っ」
すぐに隠す。
その瞬間。
「……かわいい」
「…………え?」
聞こえた。
聞こえてしまった。
「いや、なんでもない」
「今、かわいいって……」
「クレープ食べないのか?」
「……食べる」
わたしはクレープの後ろに隠れたまま、小さくかじった。
生クリームといちごが混ざって、口の中でとろける。
甘いと思う。でも、味がよくわからない。
「どうだ?」
「……おいしい」
「そうか」
そう言った潤の顔も心なしか赤い気がする。
「……明日も、一緒に何か食べたい」
「ああ、俺でよければ」
明日は何を食べよう。
コロッケでも、おでんでも、肉まんでもいい。
潤と一緒なら、きっとおいしい。
今の私は、笑っているのかもしれない。
読んでくださり、ありがとうございました!




