ルナちゃんとの秘密を思い出すたび、わたしだけ恥ずかしい
<月菜視点>
「わたし、ルナちゃんにもう一度会いたいわ」
放課後の教室。琴美ちゃんが唐突にそう切り出した。
窓の外はもう夕方で、机の上がオレンジ色に染まっている。同じく帰り支度をしていたライラちゃんと樹くんの手が止まった。
「そ、そうなんだ」
わたしの返事は、われながら不自然だったと思う。
「ルナちゃん? 誰だっけ?」
樹くんが聞く。
「あら、樹くんはそういえば遊園地で会わなかったものね」
琴美ちゃんは机に頬杖をついて、うっとりした顔になった。
「わたしが出会った中での美少女ランキング第一位よ。あの子は本物」
「そんなになの?」
「そんなに。ふわふわの金髪でね、目がこう、くりっとしてて、幼くて」
「へえ。小さい子なんだ」
「声もかわいいの。ちょっと舌足らずで」
「琴美ちゃん、覚えすぎじゃない?」
「一度見たら忘れないわ。ああ、もう一度会いたい……あ、月菜も同率で一位だから安心して」
「へ、へえ。うれしいな〜」
「ルナには、もう会えないと思う」
ライラちゃんが、いつもの抑揚のない声で言う。
「そ、そうそう! 引っ越しちゃったから!」
わたしは慌てて乗っかった。
「引っ越し? どこへ?」
「え、えっと、遠いとこ」
「そう。残念ね」
琴美ちゃんは本気でしょんぼりしている。それからふと顔を上げて、こっちを見た。
「月菜はルナちゃんと一緒にいたんでしょ? ならせめて、ルナちゃんのお話を聞きたいわ。補給したいの」
「ほ、補給って」
「わたしの中のルナちゃん成分が切れかけてるの」
「そんな成分ある?」
「あるわ」
琴美ちゃんの目が真剣だった。断れる雰囲気じゃない。
「ん〜、そうだなあ」
ルナちゃんとの思い出。
たくさんある。夜のこと、公園のこと、いっしょに笑ったこと。手を繋いで歩いたこと。
そういえば、ルナちゃんって樹くんだったんだよね。
樹くんは覚えてないと思うけど、本人の前でその話をするのって、なんだか不思議な感じ。
私もルナちゃんのこと、話したいな。軽い気持ちで話し始める。
――このときのわたしは、まだ、事の重大さをまったくわかっていなかった。
「あのね。一緒に乗り物に乗ったことあるよ」
「乗り物?」
「え、えっと、ほら、遊具みたいな」
杖に乗って空を飛びました、とは言えない。
「へえ。二人乗りのやつ?」
「そう、そんな感じ」
「羨ましいわ」
琴美ちゃんが身を乗り出してくる。
「どんな感じだった?」
「へへへ、二人でぎゅっとくっついてね」
「くっついて」
「うん。落ちちゃうといけない、から……あれ……?」
言いながら、あのときの感覚がよみがえってきた。
わたしの後ろにちいさな体。ふわふわの金髪が風に流れて。ルナちゃんは落ちないように、私のお腹の辺りを必死に――
「いけないから?」
樹くんが聞いてくる。
わたしの声が、だんだん小さくなった。
「私のお、お腹に手を回して、こう、ぎゅっと……」
自分で言って、耳が熱くなる。
あれって、樹くんだったんだよ、ね。
「かわいいわね」
琴美ちゃんが満足そうにうなずいた。
その隣で、ライラちゃんがものすごい顔で樹くんを見ていた。
「樹。そんなことしてたの」
「え? ライラ、何か言った?」
「何でもないわ」
「月菜、まだあるわよね」
琴美ちゃんはまだ聞きたいようだ。
「う、うん。えっと」
わたしは記憶をたどる。
「あの、二人で川に落ちちゃったことがあって」
「川!?」
「うん。びしょ濡れになっちゃって、うちに連れて帰って、その、おふ、ろ……」
「「一緒に入ったの!?」」
琴美ちゃんはもちろんだけど、なぜかライラちゃんまで、すごい顔とすごい声で聞いてきた。
二人分の圧が、正面から飛んでくる。
「え、ライラ。女の子同士なんだから、別に普通だろ?」
樹くんが不思議そうに言う。
ライラちゃんが、信じられないものを見る目で樹くんを見た。
「樹は黙ってて。変態」
「なんで!?」
「月菜になんてことしたの」
「俺、関係なくない!?」
「う、ううん! 入ってないから!」
わたしは慌てて訂正した。
「ルナちゃん、一緒に入るの嫌がったから。別々で」
「なんだ」
「でもね、髪はドライヤーしてあげたかな」
「ドライヤー」
「うん。私の、あ、脚の間に入れて、ちょっとずつ」
脚の間。私、樹くんにそんなことしてたってこと!?
「恥ずかしがり屋さんなのね。それもポイント高いわ」
琴美ちゃんが、真顔でメモを取るような仕草をする。
「次に見つけたら、無理やり一緒に入ることにするわ」
「琴美、やめた方がいい」
「え?」
「何でもない」
「そ、そういえ、ば」
わたしの声が震えた。
「どうしたの? 顔がびっくりするくらい赤いけど」
樹くんが心配そうにこっちを見る。
樹くんの顔が見れない。
「あの、ね」
「うん」
「わたし、ルナちゃんの前で、何回か」
「うん」
「……着替えたこと、ある」
「へえ」
樹くんは、平然としていた。
「まあ、それも普通なんじゃないの? 男の前だったらだめだけど、女の子でしょ?」
ライラちゃんが頭を抱えた。
「今までの話も、別に普通だと思うよ。お風呂も、着替えも、抱きつくのも」
それを聞いて、私の感情がはじけた。
「い、い、」
「い?」
樹くんがきょとんとしている。
「――樹くんの、ばかあああああーーーーー!!!!!!」
わたしは鞄をひっつかんで、教室を飛び出した。
廊下を走る。顔が熱い。涙目になっているのが自分でもわかる。恥ずかしくて恥ずかしくて、どうしようもなくて、走るしかなかった。
後ろから「え、なんで!?」という樹くんの声と、「自業自得」というライラちゃんの声と、「あらあら」という琴美ちゃんののんびりした声が、まとめて追いかけてきた。
次回から更新頻度が不定期になると思います。
気長にお待ちいただけると嬉しいです。




