月菜と琴美で恋バナ
年が明けて、三学期が始まった。
冬休み明けの学校には、まだどこか正月の名残がある。誰がどこに行ったとか、お年玉がいくらだったとか、そんな話があちこちで飛び交っていた。
昼休み。わたしと琴美ちゃんは、いつもの中庭のベンチでお弁当を広げていた。
いつもは寒いけど、今日は暖かい。冬の日差しがまっすぐ降ってくるから、コートを着ていなくてもぜんぜん平気。それに教室より静かで、二人でこそこそ話すのにちょうどいいのだ。
「月菜、聞いて」
琴美ちゃんが箸を置く。妙にあらたまった声だった。
「わたし、翔くんと付き合うことにしたの」
「えええ!?」
わたしの声が中庭じゅうに響いてしまった。
渡り廊下を歩いていた男子がこっちを見る。恥ずかしい。でも今はそれどころじゃない。
「おめでとう、琴美ちゃん!」
「ありがとう」
「いつ? いつ!?」
「年末。神社で」
「初詣! いいなあ、そういうの」
「そうかしら」
「そうだよ! 特別な日だもん」
琴美ちゃんが照れくさそうに髪を耳にかける。
ちなみに、わたしが樹くんと付き合うことになった報告は冬休みのうちにもう伝えてあった。全部、電話で。
あのとき琴美ちゃんは、ひとしきり聞いたあとに「よかったわね」とだけ言ってくれた。
それだけだったけど、喜んでくれているのはちゃんとわかる。
「よかったねえ。翔くんもずっと頑張ってたもんね」
「……知ってたの?」
「うん。旅行の時から、なんとなく」
「そう」
琴美ちゃんは少しだけ笑って、それから水筒のお茶をひとくち飲んだ。
「それで、月菜に聞きたいことがあるのよね」
「なんだろ。わたしに答えられるかなあ」
琴美ちゃんが水筒のふたを置いて、まっすぐこっちを見る。
「あなたたち、どこまでいったの?」
「ごほっ、ごほっ」
卵焼きが変なところに入ってしまった。
「こ、こここ、琴美ちゃん!?」
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ!」
わたしは慌ててお茶を飲む。琴美ちゃんは涼しい顔で背中をさすってくれた。手つきがお母さんみたい。
「だって気になるじゃない」
「な、なんで!」
「樹くんに変な時期があったとはいえ、あなたたち、いい雰囲気になってから結構経つわよね」
「そ、そんなこと」
「まさか、もう大人に?」
「こ、琴美ちゃん!!!」
全力で否定した。
両手をぶんぶん振って、首も横に振る。おかげでお弁当箱がひざの上でずれてしまった。
「ないから! そういうのはないから! ぜんぜん!」
「そう」
「ほんとに!」
言いながら、この前のことを思い出してしまう。
大晦日の帰り道。街灯の下。雪。
肩を掴まれて、目を閉じて。
――こつん、と、おでこに。
……えへへ。
思い出しただけで頬がぽかぽかしてくる。
「あら」
琴美ちゃんの箸が止まった。
「何かはあったみたいね」
「な、ないよ!?」
「今の顔で何もないは無理があるわ」
わたしは水筒を持って顔を隠す。
「……こ、琴美ちゃんは」
「なに?」
「ど、どこまで、いったの?」
勇気を出して聞いてみた。
琴美ちゃんはあっさり答える。
「キスまでよ」
「ごほっ、ごほっ、ごほっ」
今度はミニトマトだった。
「月菜、落ち着いて」
「落ち着けないよ! もう!?」
「もう、って言われても」
琴美ちゃんが少し困ったように笑う。
「まあ、色々あったものね。大晦日、初詣。冬休みだからお出かけ。そういうタイミングはたくさんあったわ」
「ふ、ふーん」
平気なふりをして相槌を打つ。声が裏返っていた気がする。
……いいなあ。
わたしは、まだ。
手を繋ぐのは、できるようになった。初詣のときもわたしから握ったし。あのときの樹くんの手はあったかくて、指を絡めたらちょっとびっくりされたけど、向こうもしてくれて、それがすごく嬉しかったなあ。
でも、腕を組めるかと言われると、たぶん気合を入れないと無理。すごく気合を入れて、それでも三回に一回くらいしかできない気がする。
……わたし、恋愛下手なのかもしれない。
こんなに好きなのに。こんなに毎日考えてるのに。いざ隣に立つと、心臓ばっかりうるさくなって、体が固まっちゃうんだもん。
「ごめんなさい」
琴美ちゃんがふいに言う。
「こういうの、ペースがわからなくて。気になったの」
「ううん! 大丈夫」
わたしは手を振ってみせた。
「でも、いいなあ。わたしも樹くんと」
そこまで言って、口を押さえる。
言っちゃった。
顔が熱い。今度こそ真っ赤だと思う。
琴美ちゃんが、ふっと微笑んだ。
「わたしも、あなたたちが羨ましいと思うわ」
「そ、そう?」
「ええ」
お茶をひとくち飲んで、琴美ちゃんが冬の空を見上げる。
「お互い、ペースが違ってもいいのよね」
その横顔は幸せそうだった。
翔くんとうまくいってるんだろうなあ。
昼休みの終わりのチャイムが鳴って、わたしたちはお弁当を片付けた。
中庭から昇降口のほうへ回って、渡り廊下を歩く。
その途中だった。
前から樹くんが歩いてきた。
潤くんと一緒。たぶん購買の帰りだと思う。手にパンの袋を持っている。
目が合った。
あ、と思う。
なにか言おうとして、口を開きかけた。
でも、隣に潤くんがいるし、琴美ちゃんもいるし、廊下だし。
どうしよう、と思っている間に、樹くんはもうすぐそこまで来ていて。
すれ違う、その一瞬。
樹くんが、小さく手を振ってくれた。
腰のあたりで、ちょっとだけ。
誰にも気づかれないくらいの高さで、指先だけを、ふるっと。
わたしが気づいたのを確認すると、樹くんは急に恥ずかしくなったみたいに、ぱっと前を向いてしまう。
樹くんの耳が、赤くなっていた。
……うれしいなぁ。
それだけで。
胸のあたりが、ふわっとあたたかくなってしまう。
振り返ったら、樹くんの背中がもう遠くなっていた。
「……わたしって、単純みたい」
小さくつぶやいたつもりなのに、隣の琴美ちゃんが「そうね」と即答してくる。
「聞こえてた!?」
「ばっちり」
「言わないで!」
琴美ちゃんは笑って、わたしの背中をぽんと叩いた。
午後の授業。
黒板の字をノートに写しながら、頭の中は別のことでいっぱいだった。
ペースが違ってもいい。
琴美ちゃんはそう言ってくれた。
わたしと樹くんは、たぶんゆっくり。
手を繋ぐのに何日もかかったし、おでこにされただけであんなに泣いちゃったし。
でも。
いつか、もっと先に進むのかなあ。
腕を組んで、並んで歩いたり。
もっと、その、いろいろ。
――ばちん。
シャーペンの芯が折れた。
前の席の子が振り返って、不思議そうな顔をする。
「なんでもない!」
わたしは慌てて教科書に顔を伏せた。
そこから私は、しばらく顔を上げられないのだった。




