夢の中の女の子
読んでいただきありがとうございます!
後日譚、いろんなキャラクターのお話もいつか書いてみたいと思います。
たまに夢を見る。
夢の中で俺は女の子になっている。
金髪で髪が長くて、体は小学生くらいまで縮んでいる。声も俺の声じゃない。舌足らずで甘くて、まだ幼い女の子の声だ。
変な夢だ。目が覚めるといつも、なんでこんな夢を見たんだろうと思う。
そのくせ夢の中の俺は、なぜかそれを当たり前のことみたいに受け入れている。焦りもしないし驚きもしない。ただ「またか」と思っている。
その日の夢もそうだった。
休日の昼間。
ルナになった俺は部屋の中でしばらく途方に暮れていた。
なったものは仕方がない。じたばたしても戻らないことはもうわかっている。
問題は、この体になると心まで幼くなることだった。
じっとしていたくない。外に出たい。日の当たるところを歩きたい。窓から差し込む光を見ているだけで、足がむずむずしてくる。ルナの心がそういうことを言ってくるのだ。
……仕方ないな。
俺は家を出ることにした。
昼の街は明るくて気持ちが良い。。
このまま川沿いでも歩いて、日が暮れるまで時間を潰そう。
そう思っていた。
商店街の手前で声がした。
「あ、ルナちゃん!?」
「ルナ」
振り返ると、私服姿の月菜と、その隣にライラが立っていた。
……やばい。
こんな時間に会うとは思っていなかった。しかも二人揃ってなんて。
「おねえちゃんたち、こんにちは」
俺はなんとか声を出してお辞儀をする。
月菜がしゃがんで俺と目線を合わせた。
「こんにちは! ルナちゃん、こんな時間に珍しいね。ひとり?」
「うん。おさんぽ」
「そっかあ。危なくない?」
「へいき!」
言いながら、俺は隣のライラをちらっと見た。
あいつは特に驚きもせず、いつもの顔で俺を見下ろしていた。
「……あれ?」
立ち上がって、ライラと俺を交互に見る。
「ライラちゃん、さっき『ルナ』って呼んだ?」
「呼んだ」
「なんで名前知ってるの!?」
月菜の声がひっくり返った。
「わたし、まだ紹介してないよね!? えっ、いつ!? どこで!?」
ライラは少し考えるような間を置いて、答えた。
「前に、会ったことがある」
「え!? どこで!?」
「夜の公園」
「夜の公園!?」
月菜が両手を口に当てた。
「ル、ルナちゃん、夜の公園にいたの!?」
「え、あ、えっと」
「ライラちゃんも!?」
「わたしは、散歩」
「ええ!二人とも不良さんなの!?」
なんとも言えない沈黙が流れた。
月菜は納得しきれていない顔で、しばらく二人を見比べていた。
「……それになんか二人、仲いいね?」
「そう?」
「うん。なんか通じ合ってるみたいな感じ」
鋭い。
俺は慌てて視線を逸らした。ライラは何食わぬ顔で、コートの袖を直していた。
「お、おねえちゃんたちは、なにしてるの?」
苦し紛れに話題を変える。
「あ、そうだ!」
月菜がぱっと手を打った。切り替えが早い。
「ルナちゃん、私たち今から旅行で着る服買いに行くの。一緒に行こう!」
「え」
「ね、行こ!」
そう言う前から、月菜はもう俺の手を握りしめて歩き出していた。
「あ、あ、まってよお」
「あはは、ごめんごめん」
反対側から、ライラも手を握ってくる。
「両方から持てば、はぐれない」
理屈は通っている。通ってはいるが、両側から引っぱられて足がもつれた。ルナの足は短いのだ。
「わ、わ、はやいってばあ」
「あ、ごめん。ゆっくり行こうね」
月菜が歩幅を合わせてくれた。
電車に乗って、中心街へ出た。
三人がけの席に並んで座ると、俺だけ足が床に届かなかった。ぶらぶらさせていると月菜がそれを見て、ふふっと笑った。
「かわいい」
「むーわらわないで」
「ごめんごめん。かわいいから」
窓の外を知らない街が流れていく。ビルが増えて、川を渡って、また建物が増える。
夢の中なのに景色がやたら鮮明だ。ガラスに映った自分の顔まではっきり見えた。
金色の髪の小さな女の子。
……いつ見ても、慣れない。
連れていかれたのはガラス張りの天井が高い、やたら明るい店だった。
入口に置かれたマネキンには値札が見えない。見えないというのは、たぶんそういうことなんだと思う。
いつも「◯まむら」で着こなしている俺には、縁のない場所だった。
「ルナ、こんなところはいってもいいのかな」
「うん。大丈夫だよ」
「みんなおしゃれだよお」
「ルナちゃんもおしゃれだよ? ほら、髪きれいだし」
「ルナも遠慮することない」
ライラが後ろから背中を押してきた。
押されるがままに店の中に入る。
……まあ、月菜が楽しそうならいいか。
――そう思ったことを、俺は後悔することになる。
「わああ、かわいい!」
店に入った瞬間、俺の口から声が出ていた。
ルナのほうが勝手に反応している。ふわっとしたスカートや袖の膨らんだブラウスを見て、目が輝いてしまう。まずい。俺はあんなの着れないぞ。
「ルナちゃん、ああいうの好きなの?」
「す、すきだけど、すきじゃないもん」
「えええ?どっち?」
「ライラちゃん、どっちだと思う?」
「ルナはこういう服、好きだとおもうよ」
「ちがうもん!」
二人に笑われた。
ライラも何も言わないが、楽しそうに服を見繕っていた。淡い色のカーディガンを一枚取って、鏡の前で肩に当てている。
「ライラ、それかうの?」
「迷ってる」
「にあうとおもうよ」
「そう?」
ライラは少し黙って、それを腕にかけた。
「じゃあ、買う」
「うん!いいとおもう!」
月菜が横で「ルナちゃんのに言われたら、買うよねえ……」と、なぜか感心していた。
「ルナちゃん、着てみるから見てね!」
月菜が数着抱えて、試着室のほうへ向かう。
「あ、一着持っててくれる?」
押しつけられて、そのまま連れていかれた。
……それくらいなら、まあ、大丈夫か。
しゃっ、とカーテンが閉まった。
中で衣擦れの音がして、しばらくして、また開いた。
「どうかな?」
白いニットに、チェックのスカート。いつもの制服とも、この前の私服とも違う。
「わああ、おねえちゃんにあう!」
素直に声が出た。本当にそう思う。
「ほんと?」
「うん! すごくにあってる!」
「えへへ、ありがと!」
月菜はくるっと一回転して、鏡を覗き込んだ。
「スカート、ちょっと長いかな」
「ながくないよ。かわいい」
「ルナちゃんが言うなら大丈夫かも」
嬉しそうに笑って、また中に入っていった。
もぞもぞと、布の擦れる音がする。
「あ、ルナちゃん、次の服くれる?」
「はーい」
「中に入ってもいいからね。ほら、おいで?」
「ふえっ!?」
俺は反射的に飛び退いた。
「だ、ダメだよ!」
「ええ〜? いいよお。女の子なんだから気にしないよお」
「ダメだもん! あ!そこあけないで!」
カーテンの隙間から手だけが出てきて、俺はその手のはるか手前から服を投げ渡した。
「ルナちゃん、そんなに遠くから?」
「これでいいの!!」
試着が終わって、月菜は服を決めたようだった。
紙袋を胸に抱えて、鼻歌まじりに戻ってくる。
「決めた! これで旅行いく!」
「よかったね」
「うん! ……あれ? ライラちゃんどこだろ」
二人で店内を見回す。マネキンの陰にも、鏡の前にもいない。
「さっきまでカーディガンのとこにいたのに」
「あっちかな」
「あ、いたいた! おーい、ルナちゃんこっちだよ〜」
俺の手を引いて、月菜が歩き出す。
下着コーナーだった。
「〜〜〜〜っ!!」
ライラは真顔で、こっちに片手を上げた。
「ルナ。どっちがいいと思う」
「し、しらないもん!!」
「ルナちゃん、顔まっか」
月菜が横から覗き込んでくる。
「おねえちゃんのバカーーー!!!」
俺はダッシュで逃げた。
「な、なんでえええ!! ルナちゃーーーん!!」
月菜の声が後ろから追いかけてきた。
*
ライラとは駅で別れた。
月菜と二人の帰り道。
俺はうつむいて、無言で歩いていた。
その様子が月菜の目には、まだ怒っているように映ったらしい。
「……ルナちゃん」
「うん」
「ごめんね。驚かせちゃって」
「……いいの」
「ほんとにごめんね」
月菜が立ち止まって、なにかを差し出してきた。
アイスだった。いちご味。
「いつのまに」
「さっき、コンビニで! 仲直りのしるし」
俺は少しためらってから、受け取った。
「おねえちゃんありがとう! すごくおいしい」
夢中になって食べてしまった。冷たくて甘くて、頭の中の余計なものが少し流れていった気がした。
その様子を見て月菜がほっとした顔をした。
「よかったあ」
「なにが?」
「ルナちゃんが笑ってくれて。わたし、嫌われたらどうしようって」
「きらってないよ」
「ほんと?」
「ほんと」
月菜は嬉しそうに、俺の隣を歩いた。
しばらく歩いて、月菜がふと空を見上げた。
「今度ね、樹くんたちと旅行にいくんだ」
「りょこう?」
「うん。遊園地。二泊三日なんだよ」
「にはくみっか!」
「そう! 翔くんがくじで当てたんだって。すごくない?」
「かけるくんすごい」
「わたしも、いまだに信じられない」
月菜は笑って、それから少し声を落とした。
「へへへ、楽しみなんだ」
「うん」
「観覧車も乗れるし、パレードもあるんだって」
「たのしみだね」
「うん」
少し間があった。
「でもね、やっぱり」
「うん?」
「樹くんと一緒にいられるのが楽しみで」
俺は、アイスを持ったまま止まりそうになった。
「……そうなんだ」
「うん」
月菜は紙袋を、そっと胸に寄せた。
月菜は袋を見下ろして、少し照れくさそうに言った。
「服、可愛いって思ってくれるかな」
「うん。ぜったいおもうよ」
「ほんとに?」
「……ぜったい」
「……ふふ、そうだといいなあ」
月菜が笑った。
「だっておねえちゃん、かわいいもん!」
「――ルナちゃんは、本当にかわいいねえ。このこの〜」
月菜がしゃがんで、ぎゅっと抱きしめてきた。
「く、くるしいよお」
「もうちょっとだけ!」
そう言って笑いながら抱きしめてくる月菜は、やっぱり可愛かった。
*
――そこで、目が覚めた。
天井が見えた。自分の部屋の天井だった。
手を持ち上げてみる。ちゃんと男の手だった。声を出してみると、いつもの俺の声だった。
変な夢だ。
いつもそう思う。
いちごのアイスの味を思い出せる。
枕元のスマホを取って俺は月菜にメッセージを打った。
『今日時間ある?』
なんで急にそう打ったのか、自分でもわからなかった。
返事はすぐに来た。
『あるよ!』
うさぎのスタンプが、続けて三つ届いた。




