月明かりに生まれた魔法使い
「魔法使いになりたいって、思えばいいの?」
「うん。つよく、ねがって」
「……」
月菜が、じっと俺の顔を見ている。目線が、ぴたっと合ったまま動かない。
なんだ?
「つ、つきな、おねえちゃん?」
「……」
「あ、あの、おでこ、くっつけ……」
「い、いただきます……」
「……いただきます?」
「あっ、ちがっ、ちがうのっ、ちがくてっ!」
月菜はぼっと真っ赤になって、ぶんぶん首を振った。手すりから体が落ちそうな勢いだ。
「な、なんかね、ルナちゃんが、あんまり可愛くて、ほっぺとか、ふわふわしてそうで、それでっ、それでっ」
「たべものじゃ、ないよぉ……」
「わかってるっ! わかってるのっ! 口が勝手にっ!」
月菜は自分の口を両手で押さえた。押さえた指の間から、うわあ、うわあ、と情けない声が漏れている。俺のほうも、鈴を転がすような声で「たべものじゃない」と抗議している自分の情けなさに、耳の先まで熱くなっていた。中身は高校生男子だぞ。食べ物扱いされる筋合いはない。
「もっ、もう一回! もう一回やらせて! 今度はちゃんとする!」
「……うん」
月菜はごしごしと頬をこすって、深呼吸をひとつ、ふたつ。それから、今度こそ、と目をぎゅっと閉じて額を合わせた。
額を合わせたまま、しばらく二人とも動かなかった。夜風がベランダのカーテンを揺らす音だけが、やけに大きく聞こえる。
やがて、月菜の胸のあたりから、光の粒がひとつ、ぽう、と生まれた。
それを合図にしたみたいに、光はみるみる増えていく。金色と銀色が混ざり合った粒が、まるで小さな星屑をまき散らすみたいに月菜の周りを舞い始めた。粒はくるくると渦を巻きながら立ち昇り、細い光の帯になって彼女の体を包んでいく。パジャマの裾のあたりで光が弾けて、シャボン玉が割れるみたいにぱちぱちと小さな輝きをまき散らした。
その光の粒のいくつかが、まるで意志を持っているみたいに月菜の右手に集まっていく。手のひらの上でぎゅっと収束したかと思うと、次の瞬間、目もくらむような閃光が一度、大きく弾けた。
「……っ」
月菜が思わず目を細める。光が収まると、そこには一本の杖が握られていた。
銀と金が絡み合うように編まれた細い柄。その先端には、三日月の形をした金色の月に、透き通った青い宝石がひとつ、しっとりと収まっている。青い宝石の奥では、まだ名残の光の粒がいくつか、ゆっくりと渦を巻いている。
「……杖だ」
「おねえちゃん、なった、みたい」
俺の声も、少し掠れていた。
月菜は、杖を両手でそっと持ち直した。月明かりにかざして、青い宝石の中で光の粒が渦を巻いているのを、まん丸な目でじいっと見つめる。
月菜は杖を、ぎゅうっと胸に抱きしめた。両腕でしっかりと、まるで大切な人形を抱くみたいに。頬をその冷たい柄にすり寄せて、そのままぎゅうぎゅうと抱きしめている。
「わたしのっ、わたしの、魔法の杖っ……!」
「うん、できたねっ」
「うれしっ、うれしいっ、うれしいよぉ……!」
俺のほうも、それを見ていたら、なんだか胸のあたりが、じんわり温かくなってきてしまった。うまくいった。ちゃんと、うまくいった。
「よ、よかったねっ、つきなおねえちゃんっ」
「うんっ、うんっ!」
気づいたら、俺は宙に浮いたまま、ぴょこぴょこと跳ねていた。両手を拍手みたいに小さくぱちぱちしながら、ふわふわ、ふわふわ、上下に飛び跳ねている。重力がないから、跳ねるとよく浮く。浮きすぎる。頭が二階の屋根の樋にこつん、と当たった。
「あっ、るなちゃん、屋根!」
「あ、いた」
「ふふふっ、じっとしてて!」
月菜が下から俺の裾をちょんちょんと引っ張って、位置を戻してくれた。俺はしゅん、と月菜の目の高さまで戻る。頭のてっぺんを、両手でぽりぽり撫でた。地味に痛い。
月菜がふふっと笑って、抱きしめていた杖をもう一度、月明かりにかざした。
「私、魔法使い、魔法少女?かな。本当になっちゃった」
「つきなおねえちゃんが、そしつあったから」
「るなちゃんのおかげ!」
「そ、そう?」
「そうだよ!ありがとうっ!」
断言された。反論する隙がなかった。俺はその様子を見ながら、なんだかもう笑うしかなかった。
その時、遠くで物凄い魔力を感じた。
胸の奥、というより、もっと違う場所――ライラと繋がっているという、あの感覚の奥のほうで、何かがざわりと粟立った。
さっき目を閉じたときに見えた、あの温かい光とは違う。もっと粘ついた、嫌な感じ。何かが腐って固まってしまったような、重たい気配。
「……いる」
「え?」
「たぶん、はつこいのかけら。ちかくに」
言い終わると、遠くで何かが軋むような、甲高い音が響く。屋根瓦が乾いた音を立てて割れる。
月菜が、はっと顔を上げる。俺も同じ方向を振り返った。夜の住宅街の向こう、屋根の連なりの上あたりで、黒い影が羽ばたいて、暴れているのが見えた。
「今の、音……」
「あばれてる。いかなきゃ、だめかも」
「つきなおねえちゃん」
「え……あ、うん」
「あぶないかもしれないけど……いっしょに、きてくれる?」
月菜は杖をぎゅっと握りしめて、それから、はっきりと頷いた。
「うん。いく」
「よし! 魔法少女月菜、はじめての、しゅつどう!」
月菜が杖をびしっと夜空に掲げた。なんて頼もしいんだろう。俺は感動してしまった。
「……あ」
「どうしたの、つきなおねえちゃん」
「……私、パジャマだった」
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