表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
41/59

月菜と樹1

 旅行から帰ったのは日曜の夕方だった。


 自分の部屋に着いて、荷物も解かず、俺はベッドに腰を下ろした。


 窓の外はもう暗い。


 あの夜、ホテルのロビーでライラから聞いた話を、頭の中で並べ直す。


 俺は魔法使いと人間のハーフ。


 あの決戦で眠っていた魔力が目覚めた。


 このままでは体の中の魔力を制御できない。今の変身の関係もいつまで続くかわからない。壊れるかもしれない。固まってしまうかもしれない。人格が混ざり合っていくかもしれない。俺の中身が少しずつルナに飲まれていく。


 止める方法はひとつだけ。


 初恋のかけらを全部集めることだ。


 そうすれば俺の魔力は鎮まる。ただし鎮まる瞬間に暴走する。抑え込もうとした体と脳が、代わりに記憶を消すらしい。


 消えるのは魔法、恋に関する記憶。


 ……月菜のことを忘れる。


 どちらを選んでも月菜を失う。


 かけらを集めなければ、俺の心がルナに溶けて、樹としての俺が消える。集めれば月菜の記憶が消える。


 考えても同じ場所に戻ってくる。


 答えはもう出ていた。


 部屋に帰るまでの新幹線の中で、ずっと同じことを考えていた。窓の外の景色を見ながら、隣の月菜の寝顔を見ながら、頭の中ではずっと。


 ――月菜と距離を置く。


 告白しなし、告白させない。五つ目のかけらを集める。ただそれだけをやる。


 この気持ちに名前がついたことは、俺の中にしまっておく。仕方がないことなんだと言い聞かせる。もともとライラの魔法の失敗がなかったら、俺は月菜と話すことすらなかったんだ。俺の人生に月菜がいる時間のほうが、おかしかったんだ。


 だから戻すだけだ。


 元の場所に戻すだけだ。


   *


 枕元のスマホがちかりと光った。


『樹くん、無事着いた?』


 うさぎのスタンプ。


 少しして、もうひとつ。


『今日、たのしかったね』


『わたし、樹くんに伝えたいことがあるの』


『明日会ったら、聞いてほしいな』


 俺はスマホをじっと見た。


 既読の通知はまだつけていない。


 返信の言葉を探したが、何を書いても月菜を傷つけないで済ませる言葉がなかった。


 結局、スマホを伏せる。


 既読をつけないまま、部屋の明かりを消した。


   *


 次の日、学校に着くと声をかけられる。


「樹くん」


 下駄箱のところで月菜が待っていた。


 俺の顔を見つけると、ぱっと笑って駆け寄ってきた。


「昨日、返事なかったから、心配してたの。体調は良くなった?」

「……うん、よくなったよ」

「そっか、疲れたよね。ぐっすり眠れた?」

「うん」

「ふふ、よかった」


 月菜は俺の斜め後ろに並んで、教室まで歩き出した。旅行前と同じ距離で。


 俺は少し歩幅を広くし、早歩きをする。


 月菜が慌ててついてくる。


「ね樹くん、今日の放課後、ちょっとだけ時間ある?」

「……悪い、今日、用事ある」

「あ、そうなんだ。じゃあ明日は?」

「明日も、たぶん」

「あ……そっか、じゃあさ、その次」

「ごめん。多分ずっと忙しいと思う」

「え……」


 月菜の声がうまく聞き取れない。


 俺は前を見て歩き続けた。


 月菜の顔は見ない。


「じゃあまた、時間できたら教えて?」

「……うん」


 教室に入るまで、月菜はそれ以上話しかけてこなかった。


   *


 あれから休み時間のたびに、月菜は俺の席に来た。


 その度、俺は月菜を無視した。


 月菜の顔は、最後まで見れなかった。


 昼休みになった。


 いつもなら月菜が「一緒に食べよ」と、俺の机の横に来る時間。


 今日は来なかった。


 俺の机から少し離れた月菜のいつもの席で、月菜は琴美と二人で弁当を食べていた。時々こっちをちらりと見ていた。目が合いそうになるたびに、俺は下を向いた。


 弁当の味はしなかった。


   *


 放課後、俺はまっすぐ教室を出た。


 用事なんてなかった。


 昇降口を抜けて校門を出て、家までいちばん遠回りをする道を歩いた。歩きながら頭の中で五つ目のかけらのことを考えた。考えていないと月菜のことばかり考えてしまうから。


 月菜を傷つけている自分から目を逸らして。


 胸の辺りがずっと痛かった。


   *


<月菜>


 樹くんが教室を出ていった。


 振り返らずに早足。


 わたしは机の上で両手をぎゅっと握った。


「……月菜」


 琴美ちゃんが机の横に立っていた。


 わたしの顔をじっと見ている。


「琴美ちゃん、あのね」

「うん」

「わたし、樹くんに、なにかしちゃったのかな」


 言った瞬間、涙がぼろっとこぼれた。


 自分でもびっくりした。ずっと我慢していたつもりだったのに、琴美ちゃんの顔を見たら蓋が外れてしまった。


「あ、あれ、な、なんで……」

「月菜」

「ごめっ、ごめん琴美ちゃん、なんか涙、勝手に……」


 琴美ちゃんは何も言わずに、わたしの隣の席に座ってくれた。それから、そっとわたしの背中に手を置いた。あったかい手だった。


「昨日まで、あんなに楽しそうだったのに」

「うん」

「今日、朝、話しかけたら、いつもとちがくて」

「うん」

「わたし、旅行で、なにかまちがえちゃったのかな」

「月菜」

「お化け屋敷で、バカって言っちゃったからかな。それとも抱きついちゃったから、引かれちゃったのかな」

「月菜」

「わたし、樹くんに、伝えたいことあったのに」

「うん」

「す、すきですって、う……つたえようって」


 琴美ちゃんはしばらく何も言わずに、わたしの背中を、ぽん、ぽん、とそっと叩いてくれた。


「……月菜」

「うん」

「まだ、わからないよ」

「うん」

「明日、もう一回、話しかけてみよ」

「……うん」


 わたしは琴美ちゃんの肩に頭を預けた。


 窓の外の空が少し赤くなり始めていた。


 教室にはもう、わたしたちしかいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

新作はじめました

TS娘が幼馴染の男の子に「好き」と言われるために、あの手この手を使うお話です。
『TS娘になった僕は、幼馴染に「かわいい」と言われたい』
TSで、あったらいいなを詰め込みました。 ※癖全開です。

▶ TS娘のお話を読む
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ