観覧車でライラと
昼を回った頃、潤が「観覧車に乗りたい」と言い出した。確かに絶叫系しか乗っていないため、今までのメニューは潤にとって大変だっただろう。俺も賛成した。
ゴンドラには、二人ずつ乗ることになった。
「オッケー!じゃあ、二人ずつだな」
「組み合わせ、どうしよっか?」
「今までと一緒でもいいけど、他のペアでも面白そうよね」
結局、くじになった。翔がスマホのアプリをダウンロードし、各々ひいていった。
――結果。
樹とライラ。潤と翔。月菜と琴美。
「……そうなるか」
「ん、樹、よろしく」
「うん。よろしくね」
「ポップコーンは任せて」
ライラと二人なのは気楽だ。観覧車を純粋に楽しめそうな気がする。
順番にゴンドラに乗り込む。
俺とライラのゴンドラの扉が、かしゃん、と閉まった。
*
ゴンドラが、ゆっくり、地面を離れた。
ライラは、向かいの席に腰かけて、窓の外を、ぼんやり見ていた。
窓の外の光が、ライラの横顔にあたっていた。大きな瞳。奥のほうに星が沈んでいるみたいな、吸い込まれそうな色。特徴的な青い髪が、頬の白さをよけいに際立たせていた。
それに、なんだかいつもより雰囲気が柔らかいような。
もしかして。
「たのしい?」
ライラに聞く。
「うん。楽しい」
「そうか。良かった」
「……こういう時間、想像してなかった」
ライラが続ける。
「同年代の子とこんなに一緒にいるのも、グループの中にいるのも。こんな時間、知らなかった」
ゴンドラが、少しずつ、高くなっていく。
眼下に、パークが、まるごと見えてきた。カラフルな屋根が、おもちゃみたいに並んでいる。人が、豆粒みたいに、動いている。遠くに、街と、山と、その向こうの空が見えた。
「わたしのお父さんは、外国の人」
「うん」
「魔法使いの家系。お母さんは日本人だけど、同じ魔法使い。私の人生は、生まれたときから決まってた」
「決まってた、って」
「魔法使いとして生きる。かけらを鎮めて、街を守る。私にしかできないから」
「……そっか」
「昔から、学校はふつうに通ってた。でも、家に帰ったら、ぜんぶ魔法の勉強」
言い方は、いつもと同じだった。抑揚がない。
でも、少しだけ今日は違う気がする。ずっと胸のあたりにあったものを、静かに、順番に、下ろしているような。たまたま、前にいるのが俺なだけだ。
「はじめて魔法が使えたとき」
「うん」
「わたし、失敗した」
ライラは、自分の毛先を、指でつまんだ。
「代償で、髪が、こうなった」
青い髪が、指先で、ゆらりと揺れた。
「私が使う魔法の力は、偽物」
「偽物?」
「そう。私が使えるのは、魔法使いの血統?ていうのがいいからだって。お父さんたちが言ってた」
「――そうなんだ」
「うん」
「みんなが普通に感じる感情が、私にはよくわからない。だから、私はみんなとうまく馴染めなかった」
少しだけ、間があった。
「髪が青くなって、決定的になった」
事実を、ただ事実として置くような声。
俺は、何と言ったらいいかわからなかった。
「大変だったな」も違う。「頑張ったな」も違う。ライラが求めていない言葉を、ここで並べたくなかった。
だから、ただ、黙って、向かいに座っていた。
ライラが、ふ、と息を吐いた。
「樹には悪いと思ってる。わたしの失敗で、樹はああなった。ずっと思ってる」
「うん」
「でも、感謝もしてる」
「……なんで」
「樹と話すようになってから、楽しいって思うようになった」
ライラが、こっちを見た。
窓の光の中で、大きな瞳が、まっすぐ俺を見ていた。
「たのしい、って、こういうことなんだね」
「……うん」
「知らなかった」
ライラは、少しだけ、首をかしげた。
「恋するって気持ちは、まだわからない。でも、わたしもきっと、いつか恋をするのかもしれない」
「……そっか」
「かけらが生まれたら、よろしくね」
冗談みたいに、さらりと言った。
「……うん。任せて」
ライラは、少しだけ、目を細めた。ほんの少しだけ、笑ったのかもしれなかった。
「俺も、」
言葉を、選びながら、続けた。
「まあ、感謝、してるよ」
「うそ」
「うそじゃない。……はじめは、恨んだけどね」
「うん。当然」
「でも、月菜に会えたのは、あの夜だった」
自分で言って、少し胸が詰まった。
あの夜、ライラの魔法が失敗しなかったら、俺だって今もひとりだったかもしれない。月菜のことなんて、挨拶を律儀にしてくるやつ、と思ったまま卒業していたと思う。
「月菜と、もっと話したい」
「うん」
「月菜に笑顔でいてほしい」
ライラは、少しの間、黙っていた。
それから、静かに、口を開いた。
「それって、」
そこで止まった。
「ううん」
「……なんだよ」
「なんでもない」
ライラは、ふ、と笑った。こんなに笑顔になったライラは初めて見るかもしれない。
見ていて、こちらも思わず笑ってしまうような。
「樹」
「うん」
ライラは手を伸ばし、俺の両手をぎゅっと握る。
「がんばれ」
そう言って、また笑った。
*
ゴンドラが、頂上を、越えた。
パークの光が、ゆっくり、下へ流れていく。
ライラは俺の手を離して、また窓の外に、目を戻した。それから、ぽつりと付け足した。
「降りたら、わたし、ポップコーン、もう一回買う」
「……最後にそれ言うんだ」
「大事」
「大事なんだ」
「うん」
俺は、少し笑った。
ゴンドラはゆっくり地面に近づいていく。下の乗り場で月菜がこっちに向かって大きく手を振っているのが見えた。琴美と何か楽しそうに話しながら。
俺はその姿を窓越しにしばらく見ていた。




