↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
34/62

新幹線と壁ドン

 旅行当日になった。

 俺が駅に着いたのは、集合の五分前。待ち合わせ場所である銅の時計台の下には、もうみんな揃っていた。


 「お、樹だ」

 「樹くん、おはよう」

 翔と琴美が俺を見つけて声をかけてくる。

 「ごめん、遅くなっちゃった」

 「大丈夫よ。私たちもついさっき来たもの」

 琴美はグレーのニットに、黒のロングスカート。首元に細いマフラーを巻いていた。


 周りを見回す。

 ライラは、潤と話しており、紙袋を両手に提げていた。中身は全部お菓子だった。

 ライラは白いコートを着ていた。膝下のスカートから黒いタイツの足がのぞいている。

「ライラさん、それ、いつ買ったの?」

 潤が聞くと、ライラは当たり前のように話す。

「三十分前に着いたから、その時。新幹線の中はお菓子って決めてたの」

「買いすぎじゃないか……?」

 潤は衝撃を受けた顔をしている。きっと今までのライラのイメージが一気に崩れたのだろう。わかるよ、その気持ち。

 買い込んだ袋を、少しだけ持ち上げてみせる。

「必要最低限」

「え、最低限でそれなの?」

「そう。車内販売に期待」

 聞かなかったことにしよう。


 もう一人、月菜と目が合う。

 薄いベージュのコートに、下はチェックのスカート。髪をいつもより少しだけ、丁寧に整えているのがわかった。いつもより、なんていうか女の子っぽいというか……うん。旅行って、すごい。


「樹くん、おはよう」

「うん、おはよう」


 お互いに目をそらす。だめだ、正面から見ていられない。

 頬が、赤くなっていく。朝の空気が冷たいせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


「よし、全員そろったな。行くぞ」


 潤が時計を確認して、先に歩き出した。翔が「旅行だー!」と叫んで、琴美に「声大きいわよ」と注意されている。


 改札を抜けて、ホームへ上がる。


 銀色の車体が、静かに滑り込んできた。


   ※


 三列がけの座席を、向かい合わせに回した。窓側から月菜、琴美、ライラ。向かい合って樹、翔、潤。

 それぞれ買ってきたお菓子が膝の上に乗っている。


「ライラさん、これ、食べる?」

 琴美がライラにお菓子を差し出す。チョコレートが染み込んだラスクのお菓子。

「食べる。琴美はいい人」

「え、ライラさん。俺のスナックも食べる?」

「食べる。翔もいい人」

 差し出されるがままに食べているライラ。なんて言うか、

「なんか俺、餌付けしてるみたいなんだけど」

「私も。ライラさん、可愛い」

「琴美ちゃん、可愛い女の子好きだもんね」

「ええ。ライラさんは私の可愛い女の子ランキングの上位に入るわ」


 琴美が微笑みながら、ライラの前に袋を寄せた。ライラは真顔でチョコを摘まむ。


「西尾さん、それは?」

 潤が月菜の持ってきたお菓子を指差しながら聞く。確かに、あまり見たことがない形をしている。なんだろう。雪だるま?みたいな形。

「これね、ラムネ味のグミなんだけど、形が可愛いからつい買っちゃうの」

「へえ、確かに可愛らしい形をしてるな」

「うんっ、みんなも食べて食べて」


 月菜がみんなにグミを渡す。

 確かに美味しい。


「うま」

「でしょ!?」

「西尾さん、やるなあ」

「えへへ、よかったあ」


 褒められた月菜が、両手を頬に当ててふにゃっと笑った。


   *


 しばらくしてから、月菜がすっと立ち上がった。


「あ、ちょっと、お手洗い」

「月菜、気をつけてね」

「大丈夫だよぉ、すぐそばにあるもん」


 月菜が席を離れる。


 それを目で追ってから、しばらくして。


 ……俺も今のうちに行っておこう


「俺もトイレ行ってくる」


 通路を進む。前方の車両と車両のあいだ、洗面所のあるスペースに出た。


 月菜と会う。用を済ませて出てきた直後らしい。俺と目が合って、ぱっと表情が明るくなる。


「あ、樹くん」

「うん、俺も、今から」

「ふふ、待ってるね」

「いいよ、先戻ってて」

「ううん。ひとりで戻るより、二人の方が楽しいもん」


 そう言われると、断れなかった。


 俺が男性用を出た頃には、月菜は洗面所の鏡の前で、髪をちょっと整えていた。俺に気づいて、鏡越しにこっちを見て、はにかむ。


「お待たせ」

「うん、じゃあ戻ろっか」


 二人並んで車両と車両を繋ぐ狭いスペースを歩き出そうとした、その時だった。


 ぐらり、と車両が横に揺れた。


 カーブに入ったのか、思ったより大きな揺れだった。月菜のバランスが後ろに崩れる。


「危ないっ」


「わっ、」


 反射的に手が出た。


 月菜の手首を掴んで、引き寄せる。しかし俺の体勢も崩れているため、うまくいかない。


 こつ、と、月菜の背中が壁にあたった。


 俺は、月菜の手を掴んだまま、その顔のすぐ横に、もう片方の手をついていた。


 ……これって、壁ドン、というやつでは。


 自分でやっておいて、状況が理解できなかった。


 月菜の顔が、すぐ目の前にある。


 驚きに見開かれた目が、そのまま俺を見上げている。まつげの一本一本まで見えて、頬がゆっくり、じわ、と赤くなっていく過程まで見えてしまった。


 どちらも、動けなかった。


 手を離せばいいのに、離せなかった。壁についた手を引けばいいのに、引けなかった。月菜も、俺の手首を掴めば振りほどけるはずなのに、その手はゆるく開かれたまま、俺の袖のあたりに、ちょんと触れていた。


 月菜の唇が、小さく動いた。


「……いつき、く」


 声にならなかった。


 俺の口も動きかけて、何も出なかった。


 俺が顔をちょっと前に出せば、唇が触れる距離。


 頭がくらくらする。


 外を景色が流れていく音だけが、ごう、と遠くに聞こえる。


「なにしてるの?」


 真横から声がした。


 俺と月菜が、揃って首を横に向ける。


 ライラが両手を後ろで組んでこっちを見ていた。


 ぴくりとも表情を変えていない、いつもの顔で。


「あ、」

「あ、」


 俺と月菜は同時にぱっと離れた。


 距離を、一メートル。念のため、もう一メートル。


「ち、違うの、ライラちゃん、これは、揺れて、それで、樹くんが、支えて」

「そ、そうだよ。危ないと思って、それで」

「ふーん」


 本当のことを言っているのに、なんかそわそわする。

 月菜は両手をぱたぱた動かしながら、耳まで真っ赤だった。


 ライラは俺と月菜を交互に見て、それから、


「ごめん」

「え?」

「二人の邪魔、した?」

「「してない!!」」

「そう」


 ライラは、それだけ言って、す、とトイレの扉のほうへ歩いていった。


「……行こう」

「う、うん」


 月菜は俺の隣を、うつむいたまま歩いた。まだ耳が赤い。


「……あの」

「うん」

「ありがと。……支えてくれて」

「……うん」


 それきり、席に戻るまで、二人とも何も話さなかった。


   *


 席に戻ると、翔がにやっとした。


「遅かったな」

「……別に」

「西尾さん、なんか顔赤い?」

 潤が聞く。こいつは本当に人をよく見ている。

「あ、あついの! 新幹線、あついの!」

「そ、そうそう。ちょっと暑いよね!」


 月菜が咄嗟に答える。俺もそれに便乗した。

 琴美が月菜を見て、何かを察したのか静かに言葉を添える。


「あついよね、今日、なんだか」

「琴美ちゃん……!」

「うん、あついよ、ほんとに」

「琴美ちゃん、大好き」

「私も月菜のこと、大好きよ」


 月菜が琴美の肩に、ぽすん、と頭を預けた。琴美は月菜の頭をぽんぽんと撫でている。


 そのあと戻ってきたライラは、席につく前に、ちらりと俺を見た。


 目が合った。


 ライラは何も言わずに、自分の席にすとんと収まって、袋のクッキーに手を伸ばした。


 その一連が、いちばん怖かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

新作はじめました

TS娘が幼馴染の男の子に「好き」と言われるために、あの手この手を使うお話です。
『TS娘になった僕は、幼馴染に「かわいい」と言われたい』
TSで、あったらいいなを詰め込みました。 ※癖全開です。

▶ TS娘のお話を読む
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。