やっと、見つけた
決戦の夜が来た。
いよいよ今日、あの青い鳥を倒すんだ。
そんな気持ちを抱いたまま月菜の部屋に着くと、広がっている光景に目を疑った。ベッドの上に服が並べてあったからだ。小さい服が。あきらかに、ルナのサイズの服が。
「じゃーん! ルナちゃん、今日はこれです!」
月菜が両手で掲げたのは、白いもこもこのコートだった。フードにうさぎの耳がついている。可愛らしいうさぎの耳が。
「……おねえちゃん。それ、なあに」
「わたしが小さいときの服! もこもこ作戦でしょ? ルナちゃんの服、薄いから、探しといたの!」
「かわいすぎるとおもう!」
「かわいいは正義! ほら、ばんざーい!」
「じぶんできれるもん! きれる、きれるからっ、ひっぱらないでぇ!」
抵抗むなしく、俺はもこもこに包まれた。うさ耳フードをかぶせられ、手袋をはめられ、マフラーをぐるぐる巻かれる。月菜は一歩下がって俺を眺めると、両手で口を押さえて、ぷるぷる震え出した。
「~~~っ、かわいい! かわいいよルナちゃん! 写真! 写真撮っていい!?」
「だめ! ぜったいだめ!」
「一枚だけ! ダメならせめて、心のアルバムに――」
「こころのアルバムはとめられないけど、カメラはだめ!」
鏡に映った自分を見て、俺は膝から崩れそうになった。完全にうさぎだった。これから決戦に行く者の姿ではないと思う。でも、悔しいくらいにあったかかった。
*
夜の月城神社は、今日も白く凍っていた。
石段の下で杖を降りて、そこからは歩き。境内が近づくにつれ、空気がきんと冷えていく。もこもこ越しでも、頬に触れる冷気が刺すようだった。もこもこがなかったらと思うと、うさ耳にも感謝しかなかった。ちなみに、月菜も俺とお揃いのウサ耳コートに身を包んでいる。
鳥居の陰から、そっと覗く。
いた。境内の真ん中の上空。青い炎の鳥が、三本の尾をゆらゆらさせながら、ゆっくり旋回している。金色のひとつ目が、時折、ぎょろりと闇を見回した。
「……いいね、ルナちゃん。作戦どおり」
「うん。あのこがこっちみたら、とまる。みてないあいだに、すすむ」
「だるまさんがころんだ、開始です」
月菜が、鳥居の陰からすっと出た。杖を構えたまま、忍び足で境内を進む。俺はその斜め後ろを、ちょこちょこついていく。
ひとつ目が、ぎょろり、とこちらを向いた。
「――っ!」
二人、同時に止まった。
月菜は片足を上げかけた変なポーズのまま。俺は両手を前に出した謎のポーズのまま。心臓がばくばく鳴る。金色の目は、俺たちのあたりをぼんやりと眺めて――そのまま、す、と通り過ぎた。
見えてない。止まってれば、ほんとに見えてないんだ。
目が逸れた。進む。じり、じり、と石畳を踏む。また目が来る。止まる。
目が逸れる。進む。止まる。進む。止まる。
境内の半分まで来た。もう少し。あと十歩も近づけば、レイの必中距離。月菜と目配せする。月菜がこくりと頷いて、杖をそっと構え始めた。
鼻の奥が、むず、とした。
……まって。うそ。このタイミングで?
寒さで、ずっと鼻がすんすんしていたのだ。もこもこでも鼻までは守れなかったのだ。むずむずが、ぐんぐんせり上がってくる。俺は口を押さえた。目に涙がにじむ。だめ、とまれ、とまってくれ、俺の鼻――
「……へ、」
月菜が杖を構え切った。宝石に光が満ちる。あとは撃つだけ。
「くちゅん」
しん、と境内が静まり返った。
うさ耳フードの下で、俺はおそるおそる顔を上げた。
金色のひとつ目が、まっすぐ、こちらを見ていた。
「「――――」」
「レイっ!!」
月菜が撃った。温かい光の筋が夜を裂く。でも、わずかに遅かった。青い炎がぶわりとほどけて、光はその隙間を、むなしく通り抜けた。
「ちらばった!? ルナちゃん、逃げ――」
ばらばらにほどけた炎が、再び集まりながら、翼をひと振りした。青い火の玉が、雨みたいに降ってくる。
「シールド!」
ドームが展開する。どん、どん、と火の玉が弾ける。
でも一発、ドームの端をかすめたやつが跳ねて、こっちに――
「ルナちゃん!!」
右肩に、衝撃が来た。
熱くない。熱くないのに、痛い。びき、びきびき、と音を立てて、右肩から二の腕にかけて、白い霜が這い上がってくる。もこもこのコートの右半分が、一瞬で凍りついた。腕が、動かない。冷たさを通り越して、肩から先の感覚が、なくなっていく。
「あ……うで、うごかな……」
「ルナちゃん! ルナちゃんっ!!」
「おね……ちゃ……」
月菜の悲鳴が、遠くに聞こえた。
凍った右肩がずしりと重くて、俺はその場に、ぺたんと座り込んだ。
立てない。
視界の端で、月菜が駆け寄ってこようとして――その月菜と俺の間に、ふわり、と大きな影が降りた。
青い炎が、目の前にあった。
見上げるほど近くに。氷の結晶みたいな羽の一枚一枚が、綺麗で、冷たくて、息が白く凍る。
金色のひとつ目が、ゆっくりと、俺を覗き込んだ。
大きい。
俺の体より、目玉のほうが大きい。
金色の中の黒い瞳孔が、きゅう、と絞られて、座り込んだ俺に、焦点を合わせる。
その瞬間。青い炎が、小さく揺らめいた。
まるで――
「やっと、見つけた」
そう呟いたように。




