打倒!青い鳥 〜神社へ偵察〜
次の日の朝、俺は自分の部屋のカーテンを開けて空を確認した。
雲はなく、気持ち良い秋晴れ。そして西の空に、うっすらと白い月が残っている。
つまり今日の俺は、外に出たらルナになる。1日中、樹ではいられない。
月城神社に偵察に行く。
このままだと、日曜日のお祭りどころじゃなくなる。
昼間偵察に行って、何か攻略のヒントを探そう、と。
そう決心し、玄関のドアを開けた。
*
昼前の月城神社は誰もおらず、しんとしていた。
石段を、ルナの短い足でよいしょよいしょと登る。
隣を歩く月菜は、私服にリュックという遠足スタイルだった。
学校は「体調不良」で早退してきたらしい。
「うう、緊張した。サボりって、心臓に悪いね」
「おねえちゃん、まえもサボったのに」
「あれは緊急事態! 今日のは、計画的というかなんと言いますか」
「あのときのクレープ、おいしかったね。おねえちゃんと、またたべたいな」
「いいねえ。また一緒に行こっか。あ!今日の帰りに寄っちゃう!?」
「おねえちゃん、ふりょうさんだ」
「ううう、やっぱりやめときます」
石段を登り切ると、境内が見えた。
「あ、ルナちゃん、見て。準備してる」
おじさんたちが祭りのヤグラを組んでいた。
「よし、聞き込み開始だね! ……あ、でも、なんて聞こう? 青い鳥見ましたかって聞いたら、変な人かな」
「へんなひとだとおもう」
「だよね! うーん」
ライラから聞いた話だが、かけらの子たちの姿は、普通の人には見えないのだそうだ。魔力に目覚めた魔法使いだけが見えるものらしい。
考えあぐねていると、社務所から箒を持った巫女さんが出てきた。二十代くらいの、優しそうな雰囲気の人だった。俺たちに気づくと、にこりと会釈してくれる。
「あら、こんにちは。おまいり?」
「こ、こんにちは! ええと、その、はい! おまいりです!」
月菜がぎくしゃくと答えた。サボっていることの後ろめたさがあるのだろう。
巫女さんは、ちんまりした俺を見て、ふふ、と目を細める。
「かわいい妹さんね」
「いもうとじゃないよ! ……あ」
余計なことを言った、と思った時にはもう遅い。巫女さんがきょとんとしている。月菜が慌ててフォローに入った。
「し、親戚の子です! 預かってて! ほらルナちゃん、ご挨拶!」
「……こんにちは。ルナです」
「はい、こんにちは。ルナちゃん」
巫女さんはにこにこと流してくれた。
あ、危なかった。
*
お参りを済ませて、境内をぶらぶらと見て回る。攻略のヒントなんて、そう簡単に落ちているわけもなく、月菜は「うーん、うーん」と唸りながら歩いていた。ぐるぐる歩いていると、不意にかけらの気配を感じた。
絵馬掛け所だった。
木の枠に、たくさんの絵馬が、かちゃかちゃと風に揺れている。合格祈願、健康祈願、家内安全。いろんな人の願いごとが、ぎっしり並んでいた。
その一枚に、目が吸い寄せられた。
なんでかはわからない。ただ、あの感覚。かすかな気配がその絵馬から、ほんのりと立ちのぼっていた。
「おねえちゃん、これ」
「ん? 絵馬?」
二人で、その絵馬を覗き込んだ。
古い絵馬だった。日に焼けて、字も少し薄くなっている。丁寧な、でもどこか不器用な字で、こう書いてあった。
――彼女がずっと幸せでありますように。
「……ねえ、ルナちゃん。これ」
「うん。なんか感じる」
「誰が書いたんだろう?どれどれ」
「おねえちゃん、あんまりのぞくの、めっ」
「ご、ごめんごめん!」
後ろから声がかかる。
「その絵馬が、気になる?」
振り返ると、さっきの巫女さんが立っていた。箒を持ったまま、俺たちの視線の先の絵馬を見て、少し懐かしそうな顔をする。
「それね、私、覚えてるの。奉納していった子のこと」
「し、知ってるんですか!?」
月菜が食いついた。巫女さんは、ええ、と頷いて、絵馬掛け所の脇のベンチを手で示した。三人で、並んで腰かける。
「もう何年か前になるかしら。先代の巫女がいたの。私の前にご奉仕していた子。同じ高校の子でね、週末だけ、ここで巫女をしていて」
巫女さんは、遠くの鳥居のほうを見ながら話した。
「その子のこと、好きだった男の子がいたのよ。同じ学校の同級生。週末になると、必ずおまいりに来てた。お賽銭を入れて、手を合わせてね」
「おまいりするなんて、えらいこだね!」
「ふふふ、そうね。……でもね、きっと本当は男の子は、先代のことが好きだったのよ」
「……その子は、気づいてたんですか?」
「先代は、気づいてなかったと思う。でも私は、社務所からよく見てたから。その男の子、目が悪くてね。生まれつき、視力がすごく弱かったの。遠くのものが、ぼんやりとしか見えなかったんだって。だから境内でも、いつも目を細めて、一生懸命、先代のほうを見てた。あの必死な姿が、忘れられなくて」
俺は、どきりとした。
目。
あの青い鳥の、額にひとつだけある、大きな金色の目を思い出した。
待て、普通、鳥の目は2つだ。なんであいつは1つだった?
「先代にはね、許嫁がいたの。家同士で決まってた人。本人もそれを受け入れてた。男の子も、たぶん、どこかで知ったのね。ある日、その絵馬を書いて、奉納して……それから、来なくなったの」
巫女さんは、もう一度絵馬を見た。
「自分の願いごとじゃなくて、彼女の幸せを書いていくなんて。まだ高校生だったのにね。……ごめんなさい、こんな話。ただ、その絵馬を気にしてくれる人、初めてだったから。嬉しかったの」
「……ううん。聞けて、よかったです」
月菜が、小さく言った。
「あの」
「なぁに?ルナちゃん」
「みこのおねえちゃん、もしかして、そのおとこのこのこと、すきだったの?」
すると、巫女のお姉さんが、どこか遠くを見て答えた。
「ええ、そうね。きっと好きだったんだと思うわ」
*
帰りの石段で、月菜はずっと黙っていた。
石段を降り切ったところで、ようやく口を開く。
「ルナちゃん。あの青い子、男の子の初恋なんだね」
「うん。たぶん」
生まれつき、よく見えなかった目。一生懸命、細めて、彼女を見ていた目。あの鳥の、額のまんなかの大きなひとつ目は、きっとあの子の「見たい」が形になったものなんだ。
「……ん? まって」
俺は、はた、と気づいた。
「ルナちゃん?」
「おねえちゃん! あのとりさんのじゃくてんは、おめめさんかも!」
「……あ!」
月菜も、ぽんと手を打った。
「ひとつ目! 見えにくかった男の子!だから、わたしたちのこと、じーっと見てたんだ! よく見えないから!」
「とまって、じっとしてれば、わかんないかも!」
「じゃあじゃあ、こういうのはどう? 気づかれないように、そーっと近づいて、近くからレイ!」
「とまって、うごいて、とまって、うごいて……」
「それってつまり――」
二人の声が、そろった。
「「だるまさんがころんだ!」」
言ってから、二人で顔を見合わせた。命がけの作戦名が、それでいいのか。
きっと、それでいいんだ。わかりやすさが大事なのだ。
「よし、作戦名決定! 『だるまさんがころんだ大作戦』!」
「だいがついた!」
「大事な作戦だから!」
月菜がぐっと拳を突き上げて、それから、ふと真顔になった。
「……あ、でも、近づくってことは、あの寒いところに、長くいるってことだよね」
「さむいの、こまる。てが、かじかじになる」
「かじかじになるね。……よし! 厚着です! もこもこ作戦も追加!」
「もこもこ!」
だるまさんがころんだ、かつ、もこもこ。魔法少女の戦いとは?と思わなくもない。でも、あの凍える境内で杖を握れなくなったら終わりなのだ。もこもこは、いや、あったかさは大事だ。
振り返ると、月城神社の山が、夕陽の中で静かに立っていた。
日曜日にあの参道に屋台が並んで提灯が灯る。
そのはずの景色を、俺は月菜と並んで、しばらく見上げていた。




