すれ違う昼休み
次の日の昼休み前、俺は自販機の踊り場でライラを捕まえた。缶ジュースを買っているところだった。
「ライラ、ちょっといい?」
「ん。おごり?」
「なんでそうなるの。……昨日の夜のこと、聞きたくて」
ライラは缶を開けながら、こくりと頷いた。やっぱり見ていたようだ。いつも思うが、助けてくれてもいいと思う。
「あの青い鳥、なんなの?レイはすり抜けるし、周りは凍るし、魔力の量が今までのと全然違う」
「今、スーパームーン。テレビのニュースで見てない?」
「……スーパームーン?」
ライラはベンチに腰かけて、ジュースをひとくち飲んだ。
「初恋のかけらは、月が満ちると強くなる。満月がいちばん強い。しかも、今一番月が近い時期。昨日のあの子は、たぶん、いちばん強い状態だった」
「なにそれ。そういう大事なことは先に――」
「言うタイミング、なかったから」
「またそれか」
俺はため息をついて、隣に腰を下ろした。
「なんで月なの?かけらと月に、何の関係があるの」
「もともと、わたしたち魔法使いは、月に住んでいたから」
ライラはあっさり言った。あっさり言うことじゃない気がした。
「……月に、住んでいた?」
「うん。私も詳しくは知らない。ずっと昔、月から来たって聞いている」
「ちょ、ちょっと」
「昔は魔法使いが迫害されてた時期があったから、姿を隠したの。魔女狩りって、知ってるでしょ?」
「それは聞いたことがあるけど」
なんだって?月?魔法使いは宇宙人だったのか?
一気にファンタジーだ。だが、元々魔法なんてものが使えること自体がファンタジーだよな。
「魔女狩りで、もう魔法使いは全然いないけどね。それに僅かに残った人は、自分が月の血を引いてるって知らないまま、普通に暮らしてる。私は、家庭が特殊だったから、例外」
缶を両手で包むように持って、ライラは続けた。
「魔力は、恋から生まれる。それで、月の力で強くなる。だから初恋のかけらも、月が満ちると力を増す」
「……じゃあ、あの鳥をどうにかするには」
「新月。月の力がいちばん弱い夜なら、あの子も弱る」
「新月か。……ん? 待てよ」
俺はふと、引っかかった。
「かけらって、そもそもなんで生まれるの? 叶わなかった初恋なんて、世界中にいくらでもあるよ。なんでかけらで溢れないの?」
「いいところに気づいた」
ライラは少しだけ目を細めた。どうやら褒められたらしい。
「初恋のかけらはね、誰の想いからでも生まれるわけじゃない。わたしたち月の住人が、産んでしまってるの」
「……どういうこと」
「月の血を引く人の恋は、魔力そのものだから。叶わないまま行き場をなくすと、あふれて、形になる。それが、かけら。あの子たち」
俺は、昨夜の青い鳥を思い出した。ぞっとするほど綺麗だったあの姿。あれが、誰かの恋そのものだって言うのか。
「じゃあ、グリフォンも、ユニコーンも、あの青いのも……月の血を引いてる誰かの、初恋ってことだ」
「ん。そう。樹、よくできました」
そこまで言って、ライラはふと、思いついたような顔をした。
「あ。そうだ。樹も月の出身かもしれない。調べてあげる」
「え? 俺?」
言うが早いか、ライラはすっと手を伸ばして、俺の頭にぽんと手のひらを置いた。おい、ここ学校。人が通ったらどうすんだ。
「……んー」
ライラは目を閉じて、真剣な顔になった。手のひらから、なにかを探るような、かすかなくすぐったさが伝わってくる。
「なんか、わからない」
「わからないのか」
「わたしの魔法は、感じるんだけど。ほら、あの夜の、失敗したやつ。あれはずっと樹の中にある。でも、あと、なんか……」
ライラの眉が、ほんの少しだけ寄った。頭に置いた手が、こつこつ、と俺の頭を軽く二回叩く。スイカの熟れ具合を確かめる人みたいだった。
「うーん」
「うーんって」
「なんか、ある気がするんだけど、わたしの魔法が邪魔で、よく見えない。樹、不良品」
「ライラのせいでしょ!……で、結局どっちなの?」
「わからない。以上」
「投げたな!?」
ライラは俺の頭から手を離して、何事もなかったように缶ジュースを飲んだ。もやもやだけが残った。俺の頭は、電波の悪いテレビのままらしい。
「とにかく、新月。それまでは、あの山に近づいちゃだめ」
「わかった。……ねえ、最後にもう一個だけ」
「ん?」
「そういう話、なんでいつも小出しにするの?」
「一気に言うと、樹の頭から、こぼれるから」
「俺の頭の容量、どれくらいだと思われてるの」
ライラは答えずに、ふ、と笑って歩いていった。
*
――その頃、廊下の角。
わたし、月菜は、お弁当を抱えたまま、固まっていた。
踊り場のベンチ。樹くんと、ライラちゃん。二人で並んで座って、なにか真剣な顔で話し込んでいる。ライラちゃんが樹くんに顔を寄せて、樹くんがそれに頷いて。時々、ふっと笑い合ったりして。
……また、二人だ。
今日こそはお昼、一緒に食べようって、誘いに来たのに。
昨日、教室の外で聞いてしまった声が、勝手に耳の奥で再生される。
あの時の、樹くんの短い間。
二人の間には、わたしの知らない空気があった。秘密の相談、みたいな。わたしが入っちゃいけない感じの、二人だけの。
――と、思っていたら。
ライラちゃんが、樹くんの頭に、手を、置いた。
「〜〜〜っ!?」
わたしは声にならない悲鳴を上げて、廊下の角に引っ込んだ。心臓がばくばくする。今の、見た? 見ちゃった? 頭。頭なでなで。いや、なでなではしてなかったけど、でも、頭!
そうっと、もう一度だけ覗く。
ライラちゃんはまだ樹くんの頭に手を置いたまま、目を閉じて、真剣な顔をしていた。樹くんも、嫌がるでもなく、されるがままになっている。
――やっぱり、そうなんだ。
やっぱり、ライラちゃんなんだ。
だって、頭に手を置くんだよ。恋人じゃなかったら、あんなの、しないよ。漫画で読んだもん。
昨日、廊下でこっそり聞いた「いる」の答えが、目の前で答え合わせされてしまった気分だった。
胸の真ん中が、ぎゅうっと縮んだ。
お弁当の包みを両手で抱え直す。今日の卵焼きは、たこさんウインナー付き。ライラちゃんとの約束のやつ。楽しみにして朝がんばって作ったのに。なんだか急に、包みが重たくなった気がした。
「……きょうは、教室で食べよ」
わたしは、そうっと回れ右をした。
二人に見つからないように、そうっと、そうっと。
自分の席に戻って、ひとりでお弁当を開ける。たこさんウインナーと目が合った。
「……たこさん」
つん、と箸でつつく。
お祭りのこと、聞かなくてよかった。
誘わなくて、よかった。
もし誘ってたら、今ごろ樹君を困らせてたはずだから。
そう自分に言い聞かせて、わたしは卵焼きを口に運ぶ。
朝、いつもより早起きして焼いたやつ。ライラちゃんが「甘いのがいい」って言うから、砂糖を少し多めにして。樹くんは甘いのが平気かなって、そんなことまで考えながら焼いて。
だけど、味がしない。
……ずるいなあ、わたし。
だって、わたしは何もしてない。
好きだって言ったこともない。誘ったこともない。ずっと、明日にしよう、明日はもう一言、って先延ばしにしてきただけ。
その間に、ちゃんと隣にいた子がいた。それだけの話だ。
悔しがる資格なんて、どこにもないのに。
教室の窓から、秋の日が斜めに差している。廊下の向こうで、誰かが笑う声がした。きっと、面白いことがあったんだろう。
――樹くんが、笑ってるといいな。
思って、自分でびっくりした。
そんなふうに思えるほど、わたし、いい子じゃなかったはずなのに。
でも、そう思ってしまう。あの人が、わたしの知らないところで、楽しくて笑えているなら。それはたぶん、いいことなんだ。
箸を置いて、わたしは小さく息を吐いた。
胸の奥のほうが、じんわり、痛い。
大丈夫。こうなることも考えてた。思っていたほど悲しくないよ。泣くほどじゃない。ただ静かに、しくしくと痛むだけ。けど、この痛みはたぶん、誰にも言えない。ルナちゃんにも、言うことじゃない。
朝、あんなに楽しく切ったのに。
足の一本一本まで、丁寧に。
お弁当に一粒、雫が落ちた。
残ったたこさんウインナーを、ひとつ、口に入れた。
……おいしい、はずなんだけどな。




