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月夜を纏うスニーカー

その夜の月は、やけに大きかった。

空気が澄んでいるせいか、いつもの満月より距離が近い。ルナになった俺は、月菜の家へ向かう道すがら、その圧を感じるほど明るい月を見上げていた。


例のごとくライラに浮かされて運ばれ、月菜の部屋で待つことしばし。

「お待たせ! ……ふふん、今日は着替え、早かったでしょ」

「はやかった! おねえちゃん、せいちょうした!」

「ふっふっふ、慣れというやつです」


新衣装の月菜が得意げに胸を張る。今夜、かけらの気配はまだない。ならば、やることはひとつだ。


「じゃあきょうも、れんしゅうする?」

「する! 実はね、また新しいの、来てる気がするんだよね」

「あたらしいの?」

「うん。ユニコーンさんのあと、なんかね、足がうずうずするの」


月菜が自分のスニーカーの先を見下ろして、言葉どおりに足踏みをした。



夜の河川敷。練習にはうってつけの、広くて無人の空間。


「じゃあ、いくよー」


月菜が杖を握り、目を閉じる。宝石がぽうと発光し、こぼれ落ちた光の粒が月菜の足元へ殺到した。粒はスニーカーを包み込み、くるぶしで銀色の泡となって弾ける。まるで足首に小さな星の川を巻いたようだった。


「な、なんか来た。足に来てる!」

「きらきらしてる! かわいい!」

「じゃあ、ちょっと前に――」


月菜が、軽く一歩を踏み出した。

――しゅんっ。

視界から月菜が消えた。


「……おねえちゃん?」


どごしゃあ、と鈍い音が遠くで響く。

五十メートル先。草むらに月菜が頭から突っ込んでいた。足だけを空に突き出し、まるで新種の植物のようになっている。


「おねえちゃーん!?」


必死に駆け寄ると、月菜が草まみれの顔でむくりと起き上がった。


「……はやい。これ、はやいよルナちゃん」

「はやかった! しゅんってした! しゅんって!」

「一歩だよ!? 一歩でここ!?」


ユニコーンのかけらは、どうやら「地面を滑るような超加速」を授けたらしい。ただし、加減というものが一切ない。


「よ、よし、もう一回。今度はそーっと」


月菜が立ち上がり、慎重に、慎重に、つま先をちょんと前に出した。

――しゅんっ。

どぼちゃん。


「おねえちゃんが、かわにおちた!」


浅瀬で水しぶきを上げて立ち上がる月菜。新衣装から水が滝のように滴り落ちている。


「つ、冷たあああい! 新しい服なのにー!」

「だいじょうぶ!? かぜひいちゃう!」

「だ、大丈夫! 気合で乾かします!」


乾くはずもなく。その後、月菜は土手を三回転がり、フェンスに洗濯物のように引っかかった。転ぶたびに「いったーい!」と叫び、即座に「もう一回!」と立ち上がる。本当にめげない人だ。


「……だんだんわかってきた! これ、力むとだめなんだ!」


三十回目。ようやく彼女の動きに「滑る」という風情が宿り始めた。地面すれすれを氷上のように流れていく。銀の軌跡が尾を引き、美しい。……止まる時以外は。


「ルナちゃん! 見て見て、けっこう滑れてきた!」

「すごい! ……とまるの以外は!」

「止まるのはこれから覚えます!」



「よし! じゃあ最後、ルナちゃんも一緒に乗ろう!」

「え」

「おんぶ! おんぶで滑ろう! 絶対楽しいよ!」

「えっと、あの、おねえちゃん、とまれないのに?」

「大丈夫大丈夫! さっきコツつかんだから!」


つかんでいない。俺は知っている。直前も草むらに突っ込んでいたことを。

しかし、背中を差し出されれば断れないのがルナの性分だ。俺はおずおずと、彼女の背中におぶさった。


「しゅっぱーつ!」

「や、やさしくね? やさしく――」


――しゅんっ。


「ひゃわああああああ!?」


景色が溶けた。川も、土手も、街灯も、光の線となって引き伸ばされる。風圧でほっぺたが震え、月菜のポニーテールが俺の顔面を容赦なく叩く。


「あっはっはっは! 楽しいねールナちゃん!」

「たのしくない! たのしくないよぉ! きもちわるいぃ!」

「え!? なんて!? 風で聞こえなーい!」

「とめてえええ!」


 どっぱあああん。


 盛大な水柱が上がる。

「おねえちゃんの、ばかぁ……」

「ごめーん!」

今後俺は月菜の加速に、絶対に関わらないと心に決めた。

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新作はじめました

TS娘が幼馴染の男の子に「好き」と言われるために、あの手この手を使うお話です。
『TS娘になった僕は、幼馴染に「かわいい」と言われたい』
TSで、あったらいいなを詰め込みました。 ※癖全開です。

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