ちゃんと、助ける
夜空に浮かんだまま、俺たちは作戦会議を始めた。眼下では、ユニコーンがこちらを見上げながら、駅前広場をゆっくりと旋回している。
「うーん、うーん……」
月菜が杖の上で腕を組み、唸った。
「レイはまっすぐしか飛ばない。あの子は速すぎて当たらない。シールドは守るだけ……」
しばらく考え込んだあと、小さく肩を落とす。
「うぅ……詰んでるかも」
「おねえちゃん、あきらめるのはやい!」
「冗談だよう。ちゃんと考えてるって」
そう笑うけれど、その笑顔は少し曇りが混じっていた。
俺は、さっきの突進を思い返す。白い閃光。
確かに速い。目で見て避けるのは無理だろう。
だが、あの一直線の走り。
「ねえ、おねえちゃん」
「うん?」
「あのこ、はしってるとき、まがってた?」
月菜が首をかしげる。
「え……」
「ベンチさんも、よけなかったよ」
「……あっ」
月菜の目が大きく開く。
「そうだ……!」
「あの子、一度も曲がってないし、止まれない!」
勢いよく立ち上がろうとして、杖がぐらりと傾く。
「わわっ!」
「ご、ごめんごめん!」
二人で慌てて体勢を立て直した。
「まっすぐしか走れないなら、うーん……」
「かべさんにぶつけるとか?」
俺と月菜が夜景へ視線を巡らせる。
不意に、頭の中へ小さな声が響いた。
『海』
ライラだ。
姿は見えない。
でも、声だけが心に届く。
『建設中の橋。途中で終わってる』
俺ははっと顔を上げた。
「おねえちゃん!」
「うん?」
「あそこ!」
俺は海の方を指差した。
建設中の橋。
海の上へ伸びて、途中で途切れている。
「はしさん!」
月菜も気付いた。
「……ああ!途中で切れてる橋!止まれないユニコーンさん!」
俺の頭の中へ、もう一度ライラの声が響く。
『今、人はいない』
短い一言だけ。それきり、声は消えた。
俺は小さく頷く。
「だいじょうぶ」
「だれも、いないって」
「ほんと?」
「うん。まほうつかいの、かん、だよ!」
月菜は力強く頷いた。
「じゃあ決まり!」
杖をびしっと掲げる。
「作戦名!」
「『まっすぐさんは、とまれない!』」
「そのままだ!」
「わかりやすさが大事なの!」
*
「じゃあ行くよ、ルナちゃん!」
「ぎゅーってしてる!」
月菜はゆっくり高度を下げる。
黒い瞳が、ぎょろりとこちらを向いた。
「おーい! ユニコーンさーん!」
大きく手を振る。
六本の脚が石畳を掻いた。
「きたっ!」
白い閃光が、地面を裂いた。
俺たちは駅前を飛び出す。
夜の街を、海へ向かって、まっすぐに。
街灯の光が、後ろへ流れていく。俺たちは低空で駆け抜けていった。
信号機が横を過ぎる。街路樹の梢を、月菜のポニーテールがかすめる。
背後で、ユニコーンの音。
こつ、こつ、こつ、こつ。
乾いた石畳の音。それが、みるみる大きくなってくる。
振り返ると、ユニコーンそれでも一直線に俺たちを追ってきていた。
夜の街を、一本の白い矢が駆けているみたいだった。
「はやいよぉ!」
「まだ大丈夫! お姉ちゃんに任せて!」
月菜は速度を上げすぎない。
追いつかれず、離しすぎず。
ぎりぎりの距離を保ち続ける。ジャージの背中が、風にぱたぱたと鳴っていた。
「ぎりぎりやだあ!」
「ここが勝負だから!」
交差点をひとつ、越える。二つ、三つ。
風に、しょっぱい匂いが混じり始めた。
*
潮風が、頬を叩いた。
――月の光が降る海が、視界いっぱいに広がる。
その中に、まっすぐ、一本。
建設中の橋が伸びていた。
月菜が息を吸って、杖をぎゅっと握りしめる。
「橋、入ります!」
橋げたすれすれを、俺たちは飛んだ。
ユニコーンも橋へ飛び乗った。
こん、こん、こん、こん。
六本の蹄が、コンクリートの橋を叩く音。海面に反響して、夜の海に低く広がっていく。橋の脇の工事用ライトが、次々と俺たちの背後へ流れていく。
一直線。
止まらない。
俺たちも、あいつも、この橋の上では、まっすぐしか進めない。
「まだ、まだ……!」
「おねえちゃん、あと少し!」
工事用ライトを、また一本抜ける。
橋の終わりが、視界の中でみるみる近づいてくる。
途切れた橋げた。その先の、夜の海。
あと十メートル。
あと五メートル。
あと――
「……いまっ!!」
月菜の杖が、夜空へ跳ね上がった。
光の粒が、爆ぜるように、ぶわりと弾ける。
俺たちは橋の先端から夜空へ、一気に駆け上がった。
ユニコーンは、止まれなかった。
六本の脚が、橋の縁を蹴る。
空を掻く。
でも、そこにはもう地面がなかった。
白い体が、夜の海の上へ、大きく、大きく、投げ出された。
空中で、ぽっかりと黒かった目が、こちらを向いた。
急に投げ出された獣の顔に、初めて何かが浮かぶ。
花屋の前で立ち止まっていたユニコーン。
カスミソウを見つめていた、あの悲しそうな横顔。触れられなかった鼻先。
「……大丈夫」
月菜が、静かに呟いた。
「ちゃんと、助けるから」
震える手で、杖を構える。
海の上、夜空の中、宙に浮かんだ白い体、たった一つの標的。
外したら終わり。
でも――俺でもわかる。外す気がしない。
月菜が、まっすぐ息を吸って。
まっすぐ、標的を見つめた。
「――レイ!!」
温かな光が、夜空を閃光となって駆け抜けた。
その光の筋は、月の光をなぞるように、夜の海の上を一直線に伸びていって――
空中で身動きの取れないユニコーンの、その体の中心を、静かに包み込んだ。
六本の脚から、ふっと力が抜けた。
うねっていたたてがみが静かになり、ぽっかりと黒かった瞳が、まるで長い夢から覚めるように、穏やかに閉じられていく。
月光の散る海の上で、白い体は光の粒となってほどけていった。
そして、その光の中から――
誰かの記憶が、流れ込んできた。




