表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
19/61

ちゃんと、助ける

 夜空に浮かんだまま、俺たちは作戦会議を始めた。眼下では、ユニコーンがこちらを見上げながら、駅前広場をゆっくりと旋回している。


「うーん、うーん……」

 月菜が杖の上で腕を組み、唸った。


「レイはまっすぐしか飛ばない。あの子は速すぎて当たらない。シールドは守るだけ……」

 しばらく考え込んだあと、小さく肩を落とす。


「うぅ……詰んでるかも」

「おねえちゃん、あきらめるのはやい!」

「冗談だよう。ちゃんと考えてるって」


 そう笑うけれど、その笑顔は少し曇りが混じっていた。

 俺は、さっきの突進を思い返す。白い閃光。

 確かに速い。目で見て避けるのは無理だろう。

 だが、あの一直線の走り。


「ねえ、おねえちゃん」

「うん?」

「あのこ、はしってるとき、まがってた?」

 月菜が首をかしげる。


「え……」

「ベンチさんも、よけなかったよ」

「……あっ」

 月菜の目が大きく開く。


「そうだ……!」

「あの子、一度も曲がってないし、止まれない!」

 勢いよく立ち上がろうとして、杖がぐらりと傾く。


「わわっ!」

「ご、ごめんごめん!」

 二人で慌てて体勢を立て直した。


「まっすぐしか走れないなら、うーん……」

「かべさんにぶつけるとか?」

 俺と月菜が夜景へ視線を巡らせる。

 不意に、頭の中へ小さな声が響いた。


『海』


 ライラだ。

 姿は見えない。

 でも、声だけが心に届く。


『建設中の橋。途中で終わってる』


 俺ははっと顔を上げた。


「おねえちゃん!」

「うん?」

「あそこ!」

 俺は海の方を指差した。

 建設中の橋。

 海の上へ伸びて、途中で途切れている。


「はしさん!」

 月菜も気付いた。


「……ああ!途中で切れてる橋!止まれないユニコーンさん!」

 俺の頭の中へ、もう一度ライラの声が響く。


『今、人はいない』

 短い一言だけ。それきり、声は消えた。

 俺は小さく頷く。


「だいじょうぶ」

「だれも、いないって」

「ほんと?」

「うん。まほうつかいの、かん、だよ!」

 月菜は力強く頷いた。


「じゃあ決まり!」

 杖をびしっと掲げる。


「作戦名!」

「『まっすぐさんは、とまれない!』」

「そのままだ!」

「わかりやすさが大事なの!」


   *


「じゃあ行くよ、ルナちゃん!」

「ぎゅーってしてる!」


 月菜はゆっくり高度を下げる。

 黒い瞳が、ぎょろりとこちらを向いた。


「おーい! ユニコーンさーん!」


 大きく手を振る。

 六本の脚が石畳を掻いた。


「きたっ!」


 白い閃光が、地面を裂いた。


 俺たちは駅前を飛び出す。

 夜の街を、海へ向かって、まっすぐに。


 街灯の光が、後ろへ流れていく。俺たちは低空で駆け抜けていった。

 信号機が横を過ぎる。街路樹の梢を、月菜のポニーテールがかすめる。


 背後で、ユニコーンの音。

 こつ、こつ、こつ、こつ。


 乾いた石畳の音。それが、みるみる大きくなってくる。

 振り返ると、ユニコーンそれでも一直線に俺たちを追ってきていた。

 夜の街を、一本の白い矢が駆けているみたいだった。


「はやいよぉ!」

「まだ大丈夫! お姉ちゃんに任せて!」


 月菜は速度を上げすぎない。

 追いつかれず、離しすぎず。

 ぎりぎりの距離を保ち続ける。ジャージの背中が、風にぱたぱたと鳴っていた。


「ぎりぎりやだあ!」

「ここが勝負だから!」


 交差点をひとつ、越える。二つ、三つ。

 風に、しょっぱい匂いが混じり始めた。


   *


 潮風が、頬を叩いた。


 ――月の光が降る海が、視界いっぱいに広がる。


 その中に、まっすぐ、一本。

 建設中の橋が伸びていた。


 月菜が息を吸って、杖をぎゅっと握りしめる。


「橋、入ります!」


 橋げたすれすれを、俺たちは飛んだ。

 ユニコーンも橋へ飛び乗った。


 こん、こん、こん、こん。

 六本の蹄が、コンクリートの橋を叩く音。海面に反響して、夜の海に低く広がっていく。橋の脇の工事用ライトが、次々と俺たちの背後へ流れていく。


 一直線。

 止まらない。

 俺たちも、あいつも、この橋の上では、まっすぐしか進めない。


「まだ、まだ……!」

「おねえちゃん、あと少し!」


 工事用ライトを、また一本抜ける。

 橋の終わりが、視界の中でみるみる近づいてくる。

 途切れた橋げた。その先の、夜の海。


 あと十メートル。

 あと五メートル。

 あと――


「……いまっ!!」


 月菜の杖が、夜空へ跳ね上がった。


 光の粒が、爆ぜるように、ぶわりと弾ける。

 俺たちは橋の先端から夜空へ、一気に駆け上がった。


 ユニコーンは、止まれなかった。


 六本の脚が、橋の縁を蹴る。

 空を掻く。

 でも、そこにはもう地面がなかった。


 白い体が、夜の海の上へ、大きく、大きく、投げ出された。


 空中で、ぽっかりと黒かった目が、こちらを向いた。


 急に投げ出された獣の顔に、初めて何かが浮かぶ。

 花屋の前で立ち止まっていたユニコーン。

 カスミソウを見つめていた、あの悲しそうな横顔。触れられなかった鼻先。


「……大丈夫」


 月菜が、静かに呟いた。


「ちゃんと、助けるから」


 震える手で、杖を構える。

 海の上、夜空の中、宙に浮かんだ白い体、たった一つの標的。

 外したら終わり。

 でも――俺でもわかる。外す気がしない。


 月菜が、まっすぐ息を吸って。

 まっすぐ、標的を見つめた。


「――レイ!!」


 温かな光が、夜空を閃光となって駆け抜けた。


 その光の筋は、月の光をなぞるように、夜の海の上を一直線に伸びていって――


 空中で身動きの取れないユニコーンの、その体の中心を、静かに包み込んだ。


 六本の脚から、ふっと力が抜けた。


 うねっていたたてがみが静かになり、ぽっかりと黒かった瞳が、まるで長い夢から覚めるように、穏やかに閉じられていく。


 月光の散る海の上で、白い体は光の粒となってほどけていった。


 そして、その光の中から――


 誰かの記憶が、流れ込んできた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

新作はじめました

TS娘が幼馴染の男の子に「好き」と言われるために、あの手この手を使うお話です。
『TS娘になった僕は、幼馴染に「かわいい」と言われたい』
TSで、あったらいいなを詰め込みました。 ※癖全開です。

▶ TS娘のお話を読む
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ