白い閃光
ひゅん、と空気が鳴った。
白いものが視界を横切る。右から左へ。まばたきひとつの間に。
「……え? いま、なにか」
「おねえちゃん、うしろ!」
振り返った先、街灯の光の輪の中にそれは立っていた。
ユニコーン。
おとぎ話の絵本から抜け出してきたような綺麗な姿。
でも。
綺麗なのは姿だけだった。
脚が六本ある。胴の横から生えた余分な二本が、地面を掻くようにひくひくと蠢いていた。そして目。綺麗な白い顔の中で、目だけがぽっかりと落とし穴みたいに黒い。
「ユニコーン、さん……?」
月菜が誰に向けるでもなく呟く。
黒い目がぎょろりとこちらを向いた。
瞬間、消える。
「――シール、」
月菜が杖を構えかけた手が止まる。
シールドを張るより、白い塊のほうが早かった。
どん、と横から衝撃が来て。
月菜の体がふわっと宙に浮いた。
「ふぎゃっ!?」
鳴き声のような悲鳴だった。
小さな体がそのまま横に飛んで――ぼふん、と広場の端の壁にぶつかり、ずるずると地面に座り込む。
「おねえちゃん!!」
俺は短い足で必死に駆け寄った。
「い、痛たた……お、お尻、打った……」
「おしり!?」
「あと背中と、あと肩と、あと全部!」
「ぜんぶ!!」
月菜は目に涙をためてお尻をさすっていた。骨は大丈夫そうだ。ただ、ぶつかった衝撃と、たぶんびっくりしたのと両方で目がうるうるしている。
「ど、どこかいたい? ほんとうに、だいじょうぶ?」
「大丈夫……たぶん、大丈夫……いたたた」
「たぶん!?」
「魔法少女、痛いのも仕事だって知ってたから……!」
「そのしごと、ないほうがいいよ!」
言い合いながらも、俺は必死で月菜の背中を「いたいのとんでけー!」とさすっていた。
顔を上げると、ユニコーンがまだ広場の中央に立っている。なぜか追撃はしてこない。急がない。焦らない。まるでこちらが立ち上がってくるのを待っているみたいに。
さっきの攻撃。速い、なんてものじゃなかった。俺の目には、消えて、月菜が飛ばされたようにしか見えていない。
「さっきの見えた?」
「みえなかった! きえたとおもったら、おねえちゃんが、とんでた!」
「わたしも気づいたら、痛かったよ!」
ユニコーンは黒い目で、相変わらずじっとこちらを見ているだけだ。
じり、と月菜が壁を支えに立ち上がる。
「だ、大丈夫! 大丈夫だよルナちゃん! お姉ちゃん、今日は新しい服だから、いつもの三割増しで頑張れる!」
「さんわりって、どういうけいさん!?」
「気合の計算!」
言った瞬間、また、ひゅんと空気が鳴った。
「シールド!」
がぎん。今度は間に合った。正面。ドームの向こう、すぐ目の前に黒い目がある。ガラス一枚挟んで猛獣と目が合うような近さだった。
弾かれる。跳び退く。
白い塊がまた街灯の下へ戻る前に――消える。
「うしろ!」
「シールド!」
がぎん。今度は真後ろ。振り向く暇もなく、月菜は杖を頭上に掲げてドームを張り直した。ユニコーンの角が青白い光の表面をずるずると滑っていく。
「レ、レイ!」
シールドを解いた月菜が、素早く杖の先を白い姿に向ける。温かい光の筋がまっすぐ夜を裂いた。
当たらない。撃った場所に、もうユニコーンはいないのだ。光は路面のタイルを焦がすだけだった。
「はやすぎ! こんなんじゃ、当たらないよぉ!」
「おねえちゃん、みぎ!」
「え、シ、シールド!」
がぎん。今度は右横。危うかった。杖を振る動きが、さっきより明らかに遅くなっている。
弾かれたユニコーンがまた消える。現れる。消える。現れる。
「レイ! レイっ! レイってばー!」
月菜が連射する。三発。四発。五発。夜空に温かい光の筋がいくつも走って――そのどれもが、白い体をかすりもせずに通り過ぎた。撃ったころには、もういない。読めない。追いつけない。
「はぁっ、はぁっ……あ、あたらないよう……」
息がずいぶん上がっていた。
杖を握る手も少し震えている。ジャージの背中が上下に大きく揺れていた。
次の攻撃は防げるのだろうか。
月菜の集中力は限界のようだ。そりゃそうだろう。もう何回目かもわからない。見えないほど速い攻撃を、いったい何度凌いだのか。
白い塊が残像を引きながら広場の端まで走って――そこで、ぴたりと止まった。
「……え?」
あまりに唐突な静止だった。ユニコーンが立ち止まったのは、駅ビルの一階、閉店した花屋の前。
ユニコーンはその花束の中の白い花をじっと見ていた。あれは、カスミソウか。
六本の脚がそろりと一歩、花束のほうへ寄る。長い首がゆっくりと下がって、鼻先が白い花のすぐ手前で止まった。触れられない、のか。あと数センチの距離で、鼻先がただ震えている。
「……見てる」
「うん。おはな、みてる」
俺の胸の奥で、あの粘ついた気配がずくりとうずいた。悲しい。とても悲しい。行き場のない気持ちが、あの白い体の中でぐるぐると渦を巻いているのがわかる。
「ねえ、ルナちゃん。あの子……」
月菜がそっとつぶやいた。攻撃の手が完全に止まっている。
「お花、好きだったのかな」
月菜が一歩前に出た。その足音にユニコーンの耳がぴくりと動く。
瞬間、黒い目がぎょろりとこちらへ戻った。
空気が、きん、と張り詰める。角の先がまっすぐこちらを向いた。今までとは溜めが違う。
「お、おねえちゃん」
「うん、なんか、まずいやつ!」
月菜は俺を抱きかかえて杖に飛び乗った。
「いったん逃げるよ! 空なら追ってこられないかも!」
「そっか、おそら! にげるのさんせい! だいさんせい!」
光の粒がぶわりと弾けて、俺たちは夜空へ駆け上がった。
直後、ついさっきまで立っていた場所を白い閃光が薙いだ。
広場のベンチが跳ね飛ばされて、くるくると宙を舞う。
あれに当たっていたら。想像して、背中がひやりとした。
ユニコーンは広場の端で止まって、こちらを見上げている。ぽっかりと黒い目が、夜空の俺たちをじっと追いかけてきた。
「……追って、こないね」
「うん。おそらは、へいきみたい」
月菜がほっと息を吐く。それから眼下の白い姿を見下ろした。悔しそうに、でも、さっきの花屋の前の姿を思い出すように、唇をきゅっと結ぶ。
「あの子、お花の前でだけ、止まってた」
「うん」
「……なにか、あるんだね、きっと」
俺たちは夜空に浮かんだまま、作戦を考えることにした。




