魔法少女、出撃準備!
その夜、月が出て、俺はまたルナになった。
なった瞬間わかった。あの気配だ。粘ついて重たい、行き場をなくした気持ちの気配。前よりはっきり感じる。場所は――駅のほう。
家を出ると、暗がりにライラが立っていた。いつもの制服姿で、お茶のペットボトルを片手に、まるで散歩のついでみたいな顔をしている。
「いくの?」
「うん! えきのほうから、ビリビリってする!」
「ん。じゃあ、いつもの」
ライラが指先をくいと持ち上げた。とたんに俺の体がふわりと浮く。毎晩のことながら、この浮かされる感覚だけは慣れない。荷物みたいに運ばれていく俺の横を、ライラは地上をすたすた歩いてついてくる。
「ねえライラちゃん、もうちょっとゆっくり!」
「急がないと、大変」
「あしがじたばたしちゃうの!」
「じたばた、かわいいからいいと思う。もっとして」
結局、俺は夜空をじたばたしながら月菜の家まで運ばれた。
ベランダの手すりを越えたところで、ふわ、と着地させられる。ライラは下の暗がりに引っ込んで、手をあげて合図した。あとはいつも通り、見守り係、ということらしい。月菜はライラの昼間の姿しか知らない。
窓を叩くと月菜がすぐに顔を出した。月菜も感じるのだろう。いつもより真面目な顔をしていた。
「いるの?」
「うん! えきのほう! まえよりビリビリってする!」
「ビリビリ! わかった、すぐ準備する! ほらルナちゃん、入って入って、外寒いから!」
月菜は俺の手を引いて、ぐいぐい部屋の中へ引き入れた。カーペットに小さな足がぽすんと着地する。
「そこ座って待っててね! お布団入ってていいから!」
「おふとん!?」
「あったかいよー!」
いつも月菜が使っている布団である。さすがに遠慮して、俺はベッドの縁にちょこんと腰かけた。月菜がクローゼットを開けた瞬間、俺は光の速さで両手で目を覆う。ぎゅっ。隙間なし。完璧。
「ふふ、ルナちゃん。別にいいのに」
「きまりだもん! まほうつかいの、だいじなきまりなの!」
「女の子同士だし、気にしないよ?」
「ルナは気にするの!」
衣擦れの音と、ハンガーの鳴る音と、何やらごそごそと箱を開ける音。ジャージにしては時間がかかっている。というか鼻歌が聞こえる。ふんふんふーん、と楽しげな鼻歌が。緊急事態では、なかったのか。
「……じゃーん! もういいよ!」
俺はおそるおそる指を開いた。
そして固まった。
ジャージじゃなかった。
白いフード付きの上着に、金色の三日月の紋章。袖には淡い月色のライン。紺色でミニのプリーツスカートがふわりと揺れて、ポニーテールの黒髪では三日月の髪飾りがきらりと光っている。月の夜からそのまま生まれてきたみたいな、白と紺の魔法少女が、部屋の真ん中に立っていた。
「どうかなっ?」
月菜はその場でくるりと一回転した。スカートの裾がふわっと広がって、髪飾りが小さく鳴る。スパッツを履いているが、ミニスカートなのは俺の心臓に悪い。得意げな顔が、電気の下でつやつやしていた。
「か……」
「か?」
「かわいい――!!」
口から勝手に飛び出した。本心だった。本心なのが、ちょっと悔しいが。
「えへへー、ほんと? やったあ!」
「ほんとだよ。すっごくかわいい」
「ふふん、実はねー、お小遣い、奮発しちゃいました!」
えっへん、と月菜が胸を張る。胸元の三日月がきらりと光った。
「わたしの中でね、魔法少女ってやっぱり可愛いものなの! ずっと憧れてたんだから。ジャージじゃ、ほら、可愛くないでしょ?」
「ジャージのおねえちゃんも、すきだったよ?」
「ルナちゃんは優しいなあ! でもね、これでルナちゃんの隣に並んでも恥ずかしくないのだ!」
のだ、って言った。これから戦いに行くのだということを、俺は言うべきか三秒迷って、やめた。
「じゃ、行きますか! 駅だね!」
ベランダに出た。
月菜が杖を握ると、先端の青い宝石がぽうと光利、杖がふわりと浮かび上がる。月菜がまたがって、俺はその後ろにちょこんと乗った。小さな腕を月菜のお腹に回して、ぎゅっとしがみつく。柔らかくていい匂いがするのには慣れ……るわけが無い。
「つかまった?」
「ぎゅーってしてるよ!」
「よし、しゅっぱーつ!」
光の粒がぶわりと二人を包んだ。
ベランダから夜空へ。屋根の連なりを越えて、駅のほうへ飛んでいく。白い上着の背中が月の光を受けてほのかに輝いていた。新品の匂いが、風にまじってふわりと香る。
「ねえねえおねえちゃん」
「なあにー?」
「そのふく、すっごくまほうしょうじょっぽい!」
「でしょー! 店員さんにも似合うって言われちゃった!」
店で試着したのか。まさか魔法少女用の服をお願いします、とは言ってないよな?普通の店で。俺は月菜の背中で、ちょっとだけ笑ってしまった。
ちらりと下を見ると、街灯の間を、ライラが自転車も使わず涼しい顔でついてきていた。よくみると杖に乗って飛んでいる。あんなに下にいて、誰にも見られないのだろうか。第2のルナが生まれないか心配になる。
眼下の街灯の列が、駅に向かってまっすぐ伸びていく。
その先――駅前の広場のあたりで、何かが白く光って動いた。
速い。人影の間を風みたいにすり抜けていく。通行人が次々と転んだり倒れたりしているのが、上からでも見えた。
「あれだ!」
粘ついた気配がぐっと濃くなる。
俺たちは駅前の夜へと降りていった。




