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13/17

君が好きな人は、僕でした

「ちょっ、つきなおねえちゃ、いいのっ?」


「いいのっ! いいから走って!」


 俺は引きずられるように、彼女と一緒に昇降口を突っ切って、そのまま校門の外まで駆け出していた。


 校門を抜けて、大通りを一本裏に入ったところで、ようやく月菜が足を止めた。二人で膝に手をついて、はぁはぁと息を整える。


「……つきなおねえちゃん、すごい」


「え?」


「こうどう、りょく」


 学校で見る大人しそうな月菜からは、絶対に想像できない突破の仕方だった。授業をサボるなんて、あの月菜がやるとは思わなかった。


「わ、わたしも自分でびっくりしてる……!」


 月菜は真っ赤な顔で、両手で頬を押さえた。


「でもね、なんかね、ルナちゃんが困ってたから、体が勝手にっ! あとでめっちゃ怒られるかもっ!」


「ご、ごめんね……」


「ううんううん大丈夫! なんか、ちょっと楽しいし!」


 月菜は照れ隠しみたいに笑って、それから、俺の手を引き直した。今度はゆっくり歩く速度で。


 昼の住宅街はしんとしていた。みんな仕事をしたり、学校に行ったりしているのだろう。学校の外の空気は、いつもより新鮮に感じる。二人で並んで、目的もなく、大通りを歩いていく。時々人とすれ違うが、だれからも何も言われない。


「なんかね、まだ夢みたい」

 少し歩いたところで、月菜がぽつりと言った。


「昨日のこと。ぜんぶ。ルナちゃんに会って、魔法使いになって、あの変な鳥さんと戦って」


「それから景色が流れてきて、泣いちゃって。朝起きたら自分の部屋で寝てて、これ、ほんとに起きたことなのかな、って」


「おきたよ。ちゃんと」


「うん。ルナちゃんが今ここにいてくれるから、わかるの」

 月菜はふふっと笑って、繋いだ手を少しだけぎゅっとした。


「学校でルナちゃんと出会って、ほんとのことだったんだってわかって」


「そしたら、わぁー!って」


「おねえちゃん?」


「えへへ、月菜お姉ちゃんは、とにかく嬉しいのです」


 月菜は笑顔のまま続ける。


「恋の力で魔法が使えるって、ロマンチックだよね」


「ロ、ロマンチック?」


「うん。だって誰かのこと好きだと、力になっちゃうんでしょ? 素敵じゃない、それ」


「そうかも」


「恋の力なら、私、結構強いかもしれないよ?」


 それを聞いて。

 俺は、なんとなく聞いてしまった。


「つきなおねえちゃんは、すきなひと、いるの?」


 月菜はぼん、と真っ赤になった。

 しまった。デリカシーのないことを聞いてしまったかもしれない。


「え、ええっ! い、いるけどいるけどっ」


「ご、ごめん、こたえなくていいよ……」


「う、ううん! いいの! いいんだけど、その、ええと」


 月菜は繋いでいないほうの手で、ぱたぱたと自分の顔を扇いだ。それから前髪を意味もなく直して、スカートの裾を直して、直すところがなくなって、俺のほうをちらっと見た。


「……だ、だれにも言わない?」


「いわないよ」


「ぜったい?」


「ぜったい」


 月菜はすうっと息を吸って、繋いでいないほうの手で口元を覆って、その指の隙間から、消え入りそうな声で言った。ぎゅっと、目を瞑って。


「い、いつきくん、っていうんだけどねっ」


 言った瞬間、月菜はきゅうっと肩をすぼめて、繋いだ手をぶんぶん振った。恥ずかしさの行き場が、ぜんぶ手に来ている。俺の小さな腕ごと、ぶんぶん揺らす。


「わーっ、言っちゃった! 初めて人に言っちゃった!」


「は、はじめて?」


「うん! ずっとずっと、ひみつだったの! お友達にも言ったことないのに、なんでだろ、ルナちゃんには言えちゃった!」


 月菜は真っ赤なまま、えへへ、と眉を下げて笑った。困ったような、でもどこかほっとしたような、ふにゃふにゃの笑顔だった。


 ――え。


 俺の中の時間が止まる。


 いつき、って。


 いや、待って。日本中に樹くんなんて何万人もいる。同じ名前の別の人だ、そうに決まってる。俺な訳がない。危なかった、もう少しで痛いやつになるところだった。


「同じクラスの男の子。とっても優しいし、かっこいいんだぁ」


 俺は、心臓が止まるかと思った。

 ……嘘だろ。

 それ、俺のことじゃないか。


「……そ、そうなんだ」

 なんとか、それだけ返す。


「さっき探してた男の子っていうのが、その人。緊張しちゃって、いつもあんまり話せないんだけどね」


「……ふぅん」


「でもね、ずっといいなって思ってて。前にね、助けてもらったことがあるの」


 月菜は、大切な宝物の話をするみたいに笑った。

 ――ずっと。

 いつからなんだろう。

 俺は月菜のことを、教室でよく挨拶してくれる子、くらいにしか思っていなかった。

 なのに、この子は。

 そんな俺を、ずっと見ていてくれた。


 胸の奥が、少し苦しくなった。


「あ、あのね、ルナちゃん」


「な、なあに」


「今の、内緒だよ? 誰にも言わないでね?」


「……うん」


「約束!」


 差し出された小指に、自分の小さな指を絡める。


 しばらく歩いた先、商店街のはずれに、こぢんまりとしたクレープ屋があった。平日の昼間なので誰も並んでいない。月菜がその前で足を止めた。


「あっここのクレープね、美味しいの! ルナちゃん、食べたことある?」


「な、ないよ……」


「じゃあ買っちゃおう!」


「え、いいの?」


「いいのいいの! わたしのおごり! 放課後はすぐ混んじゃうから、なかなか食べられないんだぁ」


 月菜はキャッキャと笑いながら、財布を取り出した。俺は結局、月菜にいちごとホイップのクレープを買ってもらってしまった。自分でも同じものを買って、月菜は両手にクレープを持ちながら満足げに戻ってくる。


 近くの街路樹の下、小さなベンチに二人で並んで座った。


「ふふ、なんか悪いことしてるみたいだね」


 クレープをひとくち食べて、月菜が笑った。


「わるいこと?」


「うん。今みんな授業中でしょ。なのにわたしたちだけクレープ食べてる」


「……ほんとだ。ルナたち、わるいこだねっ」


 俺もつられて笑ってしまった。学校の授業を抜け出して、住宅街でクレープを食べている。女子と二人でである。俺の高校生活で、こんな時間があるとは、昨日まで想像もしなかった。


「ん~っ美味しい!」


「……おいしい」


 いちごの酸味と、ホイップの甘さ。少し冷たい生地。噛むたびに頭の中がふわふわしていく。


 俺は、隣で口の端に生クリームをつけて、幸せそうにクレープを頬張っている月菜を、そっと横目で見た。


 この子のこと、俺は何も知らなかった。


 学校での月菜は大人しくて、口数も少なくて、顔は整っているけど、正直地味な子だと思っていた。


 でも今の月菜が本当の月菜なのかもしれない。魔法に憧れていて、ジャージで戦って。俺を見て「助けたい」

と言って、学校を抜け出して、クレープでキャッキャして。


 明るくて素直でまっすぐで、人に寄り添える子。


 この子が、俺を、好き。


 ――いい加減な向き合い方は、したくない。

 そう思った。ルナとしても、樹としても。この子のまっすぐな気持ちに、俺はちゃんと正面から向き合わなきゃいけない。俺が、そうしたい。


「ルナちゃん、ほっぺにクリームついてる」


「あっ」


「ほら、拭いてあげるから動かないで」


「じぶんで、ふけるもん……」


「ふふふっ」


 月菜は俺の頬のクリームを指ですくって、そのままぺろりと舐めた。あまりに自然な仕草で、俺のほうがどきりとしてしまった。


「ルナちゃん、おいしいね」


「……うん。ありがとう、つきなおねえちゃん」


 午後の光が、二人の座るベンチに静かに差していた。

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