この時間が、続けばいいのに
クレープを食べた次の日、朝のホームルームで係決めがあった。
黒板の前で担任がくじの箱を軽く振る。
「はい、順番に引いてー」
教室のあちこちから椅子を引く音がした。
俺が引いた紙には、
『掲示・新聞係』
と書かれていた。
「まあ、いっか」
特にこだわりはない。そう思って席へ戻る。
担任が黒板に係を書き込んでいく。
掲示・新聞係。
俺の名前の隣に、もう一人の名前がチョークで刻まれた。
西尾月菜。
……え。
思わず黒板を見直した。
俺と、西尾。
昨日、一緒にクレープを食べた。いや、正確には「ルナ」として。そして、好きな人の話。
手をつないで歩いた帰り道まで思い出してしまい、背中に冷や汗が伝う。
いやいやいや、落ち着け。西尾は何も知らない。知らないんだから普通にすればいいんだ。
……普通って、なんなんだよ。
月菜に目をやる。
見ると、月菜が両手で口元を隠している。肩も小さく震えていた。横から見える頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「ちょっと月菜、顔、顔っ!」
隣の女子がくすくす笑って肩をつつく。
「えっ!?」
月菜は慌てて両手で頬を押さえ、そのまま机に突っ伏した。耳まで真っ赤だ。
……見なかったことにしよう。
見ているこっちまで、心臓が変なリズムを刻み始めた。
ホームルームが終わると、月菜がおずおずと俺の席へ歩いてきた。途中で止まって、また歩いて。深呼吸を繰り返してから、ようやく俺の前に立つ。
「よ、よ、よろしくね、樹くん」
……噛んだ。
本人も「あっ」という顔をして、さらに耳まで赤くする。目も泳いでいる。
かわ……いや、何考えてるんだ俺は。
「う、うん。よろしく」
俺の声も不自然に硬い。教室の中だけ、別の時間が流れているような気まずさだった。
「じ、じゃあ……」
月菜はぺこりと頭を下げると、小走りで友達のところへ戻っていく……と思ったら、途中で一度だけ振り返った。
ぱちっ。目が合う。
「っ!」
肩をびくっと震わせると、慌てて前を向き、逃げるように席へ戻っていく。
なんなんだ、あれ。……可愛い、とか、思っちゃいけないだろ。
放課後。西日が廊下をオレンジ色に染めている。
俺たちは掲示板の前に並んでいた。古い予定表を剥がし、月菜は新しいプリントを丁寧に広げている。
静かだ。画鋲を押し込む音だけが響く。
「あ、あの……」
月菜がおそるおそる声を出す。
「うん?」
「こ、この画鋲、使う……?」
そっと手を差し出してくる。
「あ、ありがとう」
「う、うんっ」
指先が触れそうな距離。それだけなのに、また沈黙が降りてくる。
ふと視線を感じて横を見ると、月菜と目が合った。
月菜はびくっと震えて、慌ててプリントへ目を落とす。耳が赤い。
……いや、さっきから何回見てるんだ。
俺も落ち着きを失っていた。画鋲を落とし、拾おうとしてまた落とす。
※
(ど、どうしよう。樹くんが近い。近いよ……)
嬉しい。嬉しいんだけど、こんなに近くで二人きりだなんて聞いてない。
(落ち着け、月菜。笑顔だ……!)
ちらっと盗み見する。樹くんの真剣な横顔。まつ毛が長い。かっこいい……じゃなくて! 仕事!
なのにまた見てしまう。目が合う。
「っ!」
恥ずかしい。顔が熱い。樹くんに変に思われてないかな。穴があったら入りたい。
※
帰り道。昇降口で別れずに、なんとなく二人で帰路を歩いていた。
昨日も通ったクレープ屋の前で、二人の足が止まる。
「……あ、あ、あの!樹くん」
「は、はい」
「ここのクレープ屋さん、おいしいって!評判で!ホイップクリームも、バナナも絶品で!」
まるでクレープ屋の営業の人みたいな勢いで店の評判を話してくる。
「ふふ……」
「な、なんで笑うのぉ……!」
頬をふくらませる月菜。
「いや、ごめん。ちょっと面白くてさ。……食べていく?」
月菜は目を丸くして、驚いたようで。
でも、嬉しそうで。
「うんっ!」
即答するのだった。
再び座ったあのベンチ。
月菜はメニューを何度も迷い、結局また「いちごホイップ」を選んだ。俺はチョコバナナをかじる。
月菜は緊張しているのか、背筋を伸ばし、小鳥のようにゆっくりとクレープを食べている。
生クリームが少し唇の端について、ハッと気づく。それを慌てて指で拭う仕草。
……今の表情、ルナに似てるな。
そんなことを思ってしまい、昨日を思い出す。が、色々思い出しそうになって、慌てて頭を振る。
そんな俺の様子に気づかない月菜。目の前のクレープに夢中になっている。
「……美味しい、ね」
勇気を振り絞ったようなその一言に、俺は笑って頷く。
夕陽が二人の影を長く伸ばす。
なんだろう。月菜と一緒にいると、落ち着く気がする。
何もしたくなくなる、というと聞こえが悪いが。沈黙が気まずくない。
この時間がもう少しだけ続いてほしいと、俺は自分の胸の奥で小さく願っていた。




