第7話 野呂須
「お前は、ノロノロの野呂須だ〜」
姫君は、ボクに名前をつけてくれた。
ボクは、名前がない。
ただただ、姫君の後ろをついている存在。
姫君は、優しい。
ボクを可愛がってくれる。
野生のボクを。
「お前は、食べるのもノロノロだ〜」
姫君が、お菓子のこんぺいとうをくれた。
甘くて美味しい。
大事に食べる。
優しい姫君。
ボクの大好きな女の娘。
ずっと、一緒にいたいな。
それが、ボクの望み。
なのに。
「姫君に近づくな」
朝日城の姫君の家臣が、ボクを追い出した。
ボクは、一人ぼっちになるの?
嫌だよ…。
何で、姫君と一緒にいてはいけないの?
怒るよ。
ボクは、怒ったら、人間を困らせるよ。
いいの?
知らないぞ。
第7話 野呂須
朝日の都。
大通りは、悲鳴をあげる平民でひしめき合っていた。
「怖い…」
「どこから出たあーっ…」
「あのタヌキは、何なんだ…!」
人が逃げていく。
皆んな大騒ぎになっていた。
大通りの真ん中には、一匹のタヌキがいて、妖気をただよわせていた。
「あら〜ん。大変。どうしたの〜ん?」
「た、大変です…」
自然万年桜庭園から、大通りの騒ぎを見にきた桜子さんと楠見。
逃げた人々は、「怖い…」と口々に言っている。
大通りは、朝日城の目前にある。
「何事だ…!」
「どうしたのだ…!」
朝日城の門番が、駆けつけた。
「あれは、化けタヌキでは…!」
「森に帰れ…!」
門番は、木刀を構える。
『ボクは、タヌキなんて名前じゃない。野呂須だ』
タヌキ・野呂須は、妖気を強める。
野呂須は、言葉を喋る。
「幻聴が聞こえます…」
精神病のある楠見は、両耳をふさぐ。
「楠見ちゃん。アタシも聞こえたから、幻聴じゃないわよ〜ん。あのタヌキちゃんが、喋ってるのよ〜ん」
「そうなんですか?」
楠見は、あらためて、タヌキ野呂須を観察する。
黒茶色のタヌキだ。
小柄なため、子供のタヌキかもしれない。
喋るタヌキ。
たぶん、化けタヌキなのだろう。
『姫君に会いたい。姫君は何処だ』
野呂須タヌキは、城の門番に、敵意をむき出しにしながら威嚇する。
「う、うう…」
門番は、ひるんでいる。
「姫君?多実姫さまかしら〜ん」
『多実姫…』
「多実姫さまなら、朝日城にいるわよ〜ん」
『城…』
「たぶん、簡単に会えないわよ〜ん」
『会えない…』
桜子さんは、いつもの調子で、平然と野呂須タヌキと会話している。
怖がったりしないのだろうか?
根性の座っている桜子さんだ。
「こ、怖くないんですか…?」
楠見は、怖くて、桜子さんの後ろに隠れる。
「乙女は、度胸よ〜ん。楠見ちゃん。あの子、困ってるみたいだから、助けてあげましょうね〜ん」
桜子さんは、門番に、タヌキについて聞く。
「この化けタヌキは、ふらりと朝日城に忍び込んで来ていた動物だ。姫君に近づくことが多くて、家臣たちが、侵入禁止の決め事をした」
「そうなの〜ん」
桜子さんがうなづいていると、朝日城の城門から、女の娘のわめく声が聞こえてきた。
「野呂須が帰ってきたのか。会わせろ〜」
長い黒髪の姫君。多実姫さまが、家臣を振り払って、城の外に出ようとしている。
『姫君だ!ボクは、ここだよ!』
野呂須は、飛びはねながら喜んでいる。




