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第四章 第一話

 夏野と那央の国の中心である遠矢(とおや)は、丘陵に立つ城と南北に流れる川に囲まれた城下町から形成されていた。

 逃げ出したあの町程に栄えている訳では無いが、整然と並んだ武家屋敷や町屋の前を行き交う人は多く、心地よい活気があった。


「大きな町なんですね」

「俺達の主……久我(くが)様はこの地方の一大勢力だから。強者の下には放っておいても人は集まるのさ。安全を求める者、商売の成功を望む者、立身出世を目指すもの」

「強者に攻め込まれて行き場を失った者、とかな」


 那央の言葉を継ぐようにして口を開いた夏野。

 その口ぶりも顔も普段通りの夏野のものではあったけれど。

 那央は小さくため息をつき、宥める様に呼びかけた。


「夏」

「冗談だよ、気にするな。……とりあえずは親父殿の屋敷に顔を出さないとな」


 真琴は首を傾げた。

 親父殿、とはこれまで何度か夏野や那央の口から出た言葉だ。

 今まで聞かずにいたけれど。


「あの、夏野さんのお父さん、ですか?」

「ん? ああ、そうか。ちゃんと説明したことが無かったな。親父殿は俺達の上司で、俺の育ての親でもある。本来の職は傅役と言って……そうだな、簡単に言うと久我家の子守みたいなもんだ」


 夏野は丘の上に立つ白壁の城を指し示した。


「もしかすると登城してるかもしれないが、戻ったことは伝えておかないと後がうるさい」


 肩をすくめて笑って見せる夏野に、真琴もつられるように少しだけ笑った。


 一方の春は、会話に入ることもなく皆に歩調を合わせている。


「大丈夫か、疲れたのか?」


 夏野に問われた春は、ちらりと目線をそちらに向けた。


「……そうかもね」


 決して弱気を見せたがらない春が発した予想外の言葉に、そこにいた皆が目を瞠る。


「春、大丈夫?」

「先に少し休んだ方がいいんじゃないか?」

「いや、屋敷の方が落ち着いて休める」


 それぞれの慌てぶりに、春は顔を顰めて夏野を見据えた。


「勘違いするな。疲れるのは真琴の……心の奥が騒ぎ立てているからだ」

「……何?」

「この町にはあんたの気配が強く残ってる。多分、それに反応してるんだろうけど、それが僕に伝わるんだよ。……勘弁してほしいよ」

「真琴の……」


 言われて夏野が真琴を見れば、先方もこちらを見ていて目が合う。

 真琴の心の奥-それは真白の思いのことを示しているのだろう。

 那央の手前、真白の名を出すのは避けたらしい。


 真琴は意を決して一歩春に近づいた。


「春、ごめんね。私……」


 だが真琴の言葉にかぶせるように、春が口を開いた。


「謝らなくていい。それより、もっと自分をしっかり持ってなよ。()()()()()()()()()()()()()。頼むから……負けるな」

「……うん」


 那央はただ一人、きょとんとした顔をして目の前の三人を眺めていた。


「一体何の話だよ。全然分からないんだけど」

「春の得意な禅問答だよ。そのうち慣れる、気にするな」


 半ば強引な夏野の説明に、那央はますます複雑な表情を浮かべた。


 ***


 武家屋敷が並ぶ一角。

 その中でもひと際大きな屋敷が、夏野の養父である如月誠一郎の居宅である。


「立派なお屋敷ですね」

「仕事柄客人も多い上に、俺達のような部下の出入りも多くてな。本人は広い住まいだと落ち着かないらしいんだが」


 広い前庭を進みながら夏野がそう説明したが、真琴は恐る恐るといった感じで後ろに続いた。


「いいんでしょうか、無関係な人間が訪ねて行っても」

「先に俺が話してるから大丈夫だよ」


 那央の言葉に夏野も頷く。


「一応、怖い人間じゃないから大丈夫だ。多少煩いかもしれないけど」


 言って戸を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、目と鼻の先に立ちはだかる男の姿。

 さすがに夏野達は息を呑み、真琴に至っては小さく叫んで飛び上がった。


「誰が煩いんだ?」

「……ちょっとした言葉の綾ですよ、親父殿」


 夏野の父親だとするには若い初老の男。

 細身ではあるが、隙の無さそうな立ち姿からは、よく鍛えられていることが容易に想像できた。

 その鋭い眼光が、夏野から那央、真琴、春へと順番に映っていく。


「………………」

「………………」


 張り詰めた静寂の間。

 そして今にも怒鳴りだしそうな顔で、ゆっくりと口を開いた。


「お前達、大事なことを忘れてるんじゃないのか?」


 少し考える様子を見せた夏野が、ああと頷いて横に立つ春の頭に手をかけた。

 反発しようとする春を無視して、自分の動きとに合わせてその頭を押し倒した。


「只今帰りました、親父殿」


 那央と真琴もそれに倣い、遅れて頭を下げる。


 と、誠一郎が破顔した。

 笑うと目尻に皴が出来、心から喜んでいるように見えた。


「よく帰ったな、ご苦労だった。怪我をしたと報告があって心配してたんだぞ。手当はちゃんとできてるのか? 後でちょっとみせてみろ。那央もお帰り。夏野が迷惑をかけてすまなかったな。……あ、お前達のこともちゃんと聞いてるよ。小さいのに随分大変だったそうだな。ここなら安全だから、ゆっくりしていくといい。それと」

「……あの、親父殿」

「何だ、どうした?」

「とりあえず、中に入れてもらいたいんですが」

「ああ、そうか! すまない。久々にお前が帰ったもんだからつい、な。さ、入れ入れ」


 一同は苦笑いして、屋敷内に入っていった。


 ***


 広間に通され、改めて如月誠一郎と対面した。

 笑わずに黙っていると、やはりその顔は優しさよりも厳しさを感じさせる。

 だが人となりが分かってしまえば、同じ顔でも親しみさえ感じられるから不思議である。


 これまでの経緯は那央から誠一郎へと伝わっている。

 それはすなわち那央の知っている情報-自分たちは今も真白を探し続けているという形でしか伝わっていないということでもある。

 真琴はそっと夏野の顔を窺った。

 その視線に気づいたのだろう夏野は口の端で小さく笑ってみせた。

 それだけで大丈夫だと思えてきて、真琴は随分気が楽になった。

 二人を横目で見て、そっと目を伏せた春には気が付かなかった。


「探している少女の手掛かりは何も無いときいたが、本当か?」

「……はい」

「では、これからどうするつもりだ?」

「あの……」

「親父殿。あまり急かさずに」

「急かしている訳では無い。……真琴、それに春、と言ったな。二人が幾らここにいようと構わない。何か当てがあるのなら夏野や那央が力を貸すことも許そう。だが、むやみに旅を続けるのは危険だぞ。……追手と思われる者が、先日この町に現れた」

「!! 本当ですか」


 いち早く反応した夏野が声を上げた。


「ああ。那央がお前を迎えに出た直ぐ後のことだ。怪しげな男が真琴と春のような風貌の二人を探して町をうろついていた。随分と柄が悪い上に、それなりに手練れと思われる男だったそうだ」

「今はもういないんですね」

「町を出て北へ向かうのを柚葉が見届けた。此度は切り抜けたが、先方は二人を探し続けている。その男のような人物も一人とは限らんしな。……だが、お前たちの村にはそれ程の手練れがいるのか?」

「あの村にはそんな人間はいない。真琴を見つけ出すために、外の人間に頼んだんでしょう。形振りに構えぬ程、向こうは本気なんです」


 春が口を開いた。

 静かな声だが、怒っているのが分かる。

 誠一郎も頷いた。


「ただでさえ当てのない人探しだ。そこにそのような追手が加わるのならば、お前たちの旅路は相当に困難なものとなるだろう。己が身の振り方を、今一度考える必要があるのではないかな」


 誠一郎の目が真琴を真っ直ぐに見つめていた。


「……はい」


 真琴の返事を聞いた誠一郎は、すっと視線を外すと表情を和らげた。


「結論はすぐに出すべきではない。まずはよく食べよく休むこと。育ち盛りはそうでなくちゃいかん。ちなみに夏野も昔は食が細くて棒切れみたいな痩せ坊主だったんだがな、今やこんなに立派な男になった。どうだ、大したもんだろう」

「親父殿……煩いですよ」

「何? いいだろう、息子の自慢ぐらいしたって」

「駄目です」

「夏野。……忘れるところだったが、腕の傷を見せてみろ。ほら早く」

「いや、大丈夫ですから」


 押し問答を続ける誠一郎と夏野を見て、那央が苦笑した。


「親父殿の息子好きは国中で有名でね」

「仲良しで素敵ですね」

「……誰も彼も馬鹿ばかりだな、本当に」


 うんざりした様子で春が呟いた。

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