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第三章 第二話

 翌日。


 夏野は一人、城へと向かう道を歩いていた。

 まだこの辺りには町屋も多いが、もう少し進めば武家の屋敷ばかりとなるだろう。

 何か城に入るための足掛かりが無いものか。

 あちこちへ探りを入れながらここまで来たが、目ぼしい収穫は得られなかった。

 仕方ないかと夏野は息をつく。


 用心のため、真琴と春は宿で待機させてきた。

 追手につけられた気配は無かったが、自分の留守中に二人だけで出歩かせるのは、やはり心配であった。

 今日は春の体調も比較的良さそうだったので、後で皆で散策に出ようと話すと、真琴は大いに喜んだ。

 不満そうな顔をしていた春も、真琴の視線に負けたようで、最終的に渋々だが頷いてくれた。


 何だかんだと厳しい言葉をかけることもあるが、結局のところ春は真琴に甘い。

 そう思うと自然と夏野の頬は緩んだ。


 神の眷属という存在がどんな責を負っているのかは分からないけれど、ああして真琴と並ぶ姿は普通の子供と変わらない。

 以前自分は、真白が見つかった後の真琴の居場所について考えた。

 だが春だって同じではないのだろうか。

 この先の春の居場所は一体どこにあるのだろうか。

 真琴だけでなく、春も自由にしてやりたい。


 彼らと行動を共にする中で、いつしか夏野はそう思うようになっていた。

 春はこんな情けなど無用だと怒るのかもしれないけれど。



 そんなことを考えていた時、前方の角から男が二人走り出てきた。

 一人は随分大きな籠を背負っている。

 夏野は僅かに眉を顰めたが、そのまま歩き続ける。

 ぐんぐんと両者の距離が狭まっていく。


 と、男たちの後ろから転がるように走り出てきた女が叫んだ。


「ひ、人攫い!」


 夏野の手が刀にかかる。

 それを見た籠を背負っていない男の方も刀を抜いて、籠の男を庇うように前に出て。

 高く掲げた刀の刃が煌めいた。


 だが力の差は圧倒的であった。


 抜き打ちで放った夏野の刀は相手の刀を弾き飛ばした。

 勢いを保ったままの刀を巧妙に返し、峰で相手の首を強かに打つ。

 さらにそのまま籠の男に駆け寄ると、腰から引き抜いた刀の鞘を地に突き刺して土を跳ね上げた。

 その土は籠の男の顔に命中し、思わず男が目を覆って足を止める。

 夏野はその隙に回り込むと刀で籠を切り離し、背後から男を蹴倒した。


 流れるような一連の動きで、勝敗は瞬く間に決まった。


 母親らしき女の叫び声を聞いてだろう、いつの間にか遠巻きに人の輪ができていた。

 その中から女が泣きながら駆け寄ってきた。

 夏野は籠を開けて中にいた幼子を抱き上げて女に渡してやった。


「ありがとうございます……本当にありがとうございます!」

「いや、気にするな。無事でよかったな」


 何が起きたかもわからずきょとんとしている幼子の頭を、夏野は笑って撫でてやった。


「やあ、見事だった」


 人の輪の中から野太い声がして、恰幅のよい一人の男が姿を見せた。

 その男の顔に夏野は微かな覚えがあった。かつて任務中に見た気がする。確かこの国の重臣の一人ではなかったか。


「偶々通り掛かったのだが、なかなか良いものを見せてもらった。子供を無傷で取り返すためによく咄嗟に考えついたものだな。……我らの兵では無いようだが、どこの者だ。なぜここにいる?」


 夏野は跪き、その場で低頭した。


「国は戦で主を失い滅びました。妹弟を抱え、新たな士官先を探し求めて放浪の旅を続けているところにございます」

「本当か? その腕を見逃すとは、他国の者共の目も所詮節穴だな。ここでこうして会ったのも何かの縁だ。もしも仕える気があるならば、俺が殿に進言してやろう」

「……それは僥倖にございます。ぜひお力添えを」

「おう、任せておけ。こう見えても俺はこの国じゃ、それなりに知られた男なんだぞ」


 そう言うと、男は豪快に笑った。


 ***


「夏野さん、早く帰ってくるといいね」


 昨日春が外を眺めていたのと同じ場所に座り、真琴は呟いた。

 その視界に映る範囲に、求める姿はまだ見えない。


 横で寝転がって目を閉じていた春が、目を開けて呆れたように声を掛ける。


「真琴は随分あいつと仲良くなったんだね。……まさか本気であいつのこと、好きになっちゃった?」

「えっ?! な、何言ってるの、春。そんなんじゃないよ!」


 慌てて否定するくせに赤くなる真琴。

 その顔が何よりの証拠じゃないか、と春は思う。

 体調はいつもより良いが、気分はいつもより最悪だ。

 そんな春の表情から思考を感じ取ったかのように、真琴は余計に反論してくる。


「ねえ、本当に違うってば。夏野さんが帰ったら、春と一緒にお店見に行けるでしょう? とっても沢山色んなお店があるから、きっと春も楽しくて元気になれるはずだよ。だから」

「ふぅん」

「真面目に聞いて。夏野さんだって春のこと、とても心配してるんだよ」

「それは今関係ないだろ。僕が聞いてるのは真琴の気持ちだよ」

「だから、夏野さんは」



 -残念だがお前には死んでもらう-



「……!!」

「真琴?」


 突然耳に響いた聞き覚えのない声。

 目の前にいたはずの春の姿が一瞬で見えなくなる。

 代わりにあまりにも鮮やかに映るのは、自分を取り囲む屈強な男たち。



 -これは一体どういうことです?-


 冷静にその場に投げかけられた声は、夏野のものだ。


 -うちの忍び方がお前の顔を確認した。隠密だそうじゃないか。堂々と乗り込んできた度胸は買うが、その程度の腕ではここから生きて帰れんぞ-


 一番強そうな男が大剣を振りかざす。

 そして意外にも少し残念そうな顔をしてから、一気に振り下ろした。

 直後、真琴の体にも二度三度と重い衝撃が走る。

 夏野の刀が男の連撃を防いでいるが、防ぐだけで精一杯のようだ。

 視界の端に、他の男たちも刀を構えるのが見えた。


 読み違えたか、と。

 最後に真琴の耳に確かに聞こえたのは、夏野の心の内の声。



 そこで景色は先程同様、突然に宿の一室に戻った。

 目の前には、心配そうにこちらを覗き込む春の顔。


「……行かなくちゃ」


 青ざめたまま呟く真琴に、春が眉を寄せる。

 こんな風にこの顔が表情を変える瞬間を、春はよく知っていた。

 未来を予見した時の真白と同じだ。まさかー。


「真琴、どうしたの? 」

「夏野さんが、このままじゃ夏野さんが殺されちゃう。私、助けに行かなくちゃ!!」

「何言ってるんだよ。真琴が行ったって何も出来ない、むしろ足手まといになるよ。あいつに任しておくんだ!」


 止めようとした春の手をすり抜け、真琴が立ち上がる。

 そのまま戸口へ駆け寄る。

 その後ろ姿が余りにも彼女と重なり、春は咄嗟に叫んでしまった。


「駄目だよ、真白!!」


 真琴は、戸にかけた手を離して振り返った。

 己の失言に口元を抑える春を見て、小さく笑う。


「そうだね。今のは真白の、真白が見せてくれた、これから先の未来だと思う」

「真白のこと……思い出したの?」


 少し震えた春の問いかけに、真琴は答えなかった。

 その代わり、別の言葉を口にする。


「今ならきっとまた間に合うはずだから、春はここで待ってて。絶対に夏野さんを連れて戻るから」

「…………」


 そう告げた真琴は、春の言葉を待たずに宿屋を飛び出した。

 通りに立ち左右を見回すが、昨日着いたばかりの街は、ただでさえ世界を知らない真琴には広大過ぎた。

 意を決した真琴は、目を閉じて先程聞こえた夏野の声を思い返す。


 -お願い、真白。力を貸して-


 そうして目を開けた真琴は、迷いなく右手の道を走り出した。

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