おとうさんといっしょ
ハーシュもカインもピュア過ぎて中々くっつかないので、作者としては苦心して逃げ場を一個一個潰して詰め将棋してる様な感覚ですね…
それはそうといつも読んでくださってる皆さん、ブクマとかポイントつけてくださってる皆さんほんといつもありがとうございます。がんばります。
ハーシュの眼は少し赤くなっていたが、すうすうと健やかに寝息を立てていた。
(さて………と………)
リデアはゆっくりとベッドから腰を上げると
………カインを探そう
あの朴念仁のことだ。ハーシュの痴態(不可抗力とはいえ)を目の当たりにして今頃きっと平静を保ててはいないことだろう。
(さてと…リデアさんが面倒見てあげないとね)
そう言いつつもリデアの口の端には面白がるような邪悪な笑みが込められているのは、あながち否定できなかった。
リデアは一先ず、カインの部屋の扉をノックした。しん、と物音ひとつせず、扉を開けても明かりもなくもぬけの殻だった。
リデアとしては何となく察していたとおりだった。
(さて…どこから探したものか…)
そう思った矢先に廊下の向こうでメイドと思しき二人の話し声が聞こえた。
「さっきから裏庭で風を切るような変な物音がするのだけれど…」
「蝙蝠かしら??やあねえ」
「…………」
思いのほか早く行方が知れた。
リデアは階段を降りて広間から裏庭に続く両扉を開けて外に出た。
真夏の草いきれが周囲にむっと立ち込める。
そして裏庭を出たまさにその場所でカインは一心不乱に剣を振るっていた。
リデアの見る限りではその太刀筋に乱れは見えなかった。乱れがないのか、あっても見えないだけか、いずれにせよ大したものだとリデアは感心する思いだった。
「カイン」
リデアの呼びかけにカインの返事はなかった。聞こえている様子もない。
リデアはそこで微かな違和感を感じた。
剣士たるもの多少のオンオフはあれど、基本的にはいついかなる時でも周囲に神経を研ぎ澄ましている。剣士科の中等科ではいやというほど体に叩き込まれるのだ。
「カイン!!!」
リデアはかなり大きく声を上げたがそれでもカインにはリデアの声が聞こえていないのだろうか、素振りというよりも剣を一心不乱に振り乱す様はさながら踊り狂っているかのようだった。
「…ハーシュ」
リデアがぼそりと言うとカインの動きがぴたりと止まった。
カインは跳ねるようにこちらを振り向き、リデアとばっちり目が合った。
「………」
カインは息を整えながら、見つかってしまったとでも言わんばかりの気まずさを押し殺したような表情を見せていた。
「………」
「お疲れ」
「………リデア…なぜここに…」
「……大分さっきからいたんだけどね……」
やはり朴念仁だったか…とリデアは先ほどのカインへの評価を下方修正した。
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「はい、水」
「…悪いな」
カインは一息にグラスを傾けて空にしたあとは、無言のままグラスを両手でこねるようにしていた。落ち着かない様子だった。
「ハーシュの様子どうだった??」
リデアは出来るだけあっけらかんと聞いた。
「……少し調子が悪いようだったな……」
ふうん、とリデアは適当に相槌を打つ。
「可愛かったでしょう、ハーシュ」
「………な、何が………!!」
「………ある意味はじめての男よね」
「なにを言って…!?」
カインはリデアの口に浮かんだ笑みを見て叫んだ。
「冗談でからかうのはよせ!!」
「冗談なんて言ってないわよ」
「余計タチが悪い!!」
はいはい、とリデアは取り合う気すらない。
「かっこつけて剣振って都合よく忘れようとしてるだけじゃない、あーやだやだ」
「…オレだって色々あるんだ!!放っておけ!!くそっ!!この赤髪の悪魔め…!!」
懇願じみながらも非難がましく文句を言うとカインはくるりと振り返りまた素振りを再開した。
リデアも振り返って屋敷に引き返すことにした。
とりあえず、面白そうだからこのまま放っておくことにしたのだ。
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「…ん…??」
ハーシュがとろとろとした眠りから覚め、気が付くと部屋には誰もいなかった。
テーブルライトがうすぼんやりと部屋を照らしていた。
色々なことがあった一日だった。
(しかも…カインの前であんな…)
ハーシュはカァッと顔が熱くなった。
親友の前であんな痴態をさらしてしまうなんて。
(あああああああああ!)
ハーシュは枕に顔を突っ伏してベッドの上でじたばたと身もだえした。
一頻りそうしたあと、ハーシュは眠るにも神経が昂ってしまい窓から外を覗いてみた。
(あれ…??)
窓から見えるのは裏庭で、そこにリデアとカインが腰掛けているのが見えた。
さっきまで自分は眠っていたのだから、二人が自分をさて置いて話していることを置いてけぼりにされたように感じるのは流石に考えすぎ、感じやすすぎというものだろう。
ハーシュは咄嗟にそうして自分に言い聞かせた。
それでも、気のせいか二人は親密な雰囲気に、何故か思慮深い話をしているように見えた。(後段についてはまったくの気のせいだったが)
ハーシュの心にピシとトゲが刺さるような痛みが走った。
(…あれ…?)
リデアは踵を返して屋敷に引き返してくるようで、カインはまた素振りに精を出していた。
ハーシュは半ば茫然としながらベッドに引き返した。
さっきのはなんだったんだろう…
(まさか……やきもち…………??)
冗談にも程がある。カインとリデアとは三人でずっと幼馴染として付き合ってきたのに、今更嫉妬をするなんて?
ハーシュは考えれば考えるほど、焦燥感に似た感情が溢れ出てきて、顔は熱いのに冷や汗が何故か止まらなかった。
自分は…カインの何を求めているんだろう、カインに何を求めているんだろう?
その答えにベールをかけるのは、うすぼんやりとした、けれど重たい恐怖だった。
ハーシュは考えをかき消した。
だって……ボクは…………
ハーシュはおそるおそる鏡の前に立った。
膨らんだ乳房。白く滑らかな肌。
元々華奢な体つきだったハーシュだが、腰のくびれや腰回りと肩回りのなだらかな曲線は、以前にはなかった。ふわりとした女性的な柔らかみを感じさせる身体だった。
改めてまじまじと見ると、恥じらう様な気持ちになってくるが、前から横、斜め、どこからどう見ても女にしか見えなかった。
それでも…と、ハーシュの顔が一瞬曇る。
それでも、自分は自然な女ではない。
悪魔の力によって男から女に変えられた、いわば奇形のような存在なのだ。
そう考えると鏡に映る整った顔も身体も不意に人形じみたものに見えるような気がしてきた。
ハーシュの口の端に諦観を思わせる寂しい笑みがこぼれる。
ハーシュの心にずっしりと重たいものがのしかかり、先ほどまでの浮ついた気持ちを沈ませる。代わりにいつものすうっと冷静な気持ちが立ち上がってくる。
…自分はカインの何を求めているのだろう。自分はカインに何を求めているのだろう。
問いかけは空しく堂々巡りするだけだった。
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「ふう……」
シャワーを浴びてから自室に戻ってきたカインは、燭台に薄明かりを灯すと部屋の明かりを消してベッドに腰掛けた。
自然とため息が漏れ出る。その表情には疲れが見えた。
先ほどのハーシュの艶めかしい表情や息遣いが脳裏に上っては悶々としてしまう。それに、あの時泣き出したハーシュの前で何も出来ずにいた自分への腹立たしさもあった。
そんなモヤモヤとした想いを振り払おうと野外で剣の素振りをしてきたのだが、所詮栓なきことだった。リデアの横やりが入ったことも大きいが…。
「…くそっ…なんなんだ…」
苛々とした様子で、カインは自らのまだ湿った髪をぐしゃぐしゃと撫でつけた。
何かを求めるようなハーシュの瞳に心臓を鷲掴みにされたまま、カインは自分の気持ちの整理がつかなかった。
所詮、叶わぬ想いと諦観の心持ちでいた。それが何を今更になって報いを求めようと言うのか?
(ハーシュ…お前は今何を思っている……どんな気持ちでいる……?)
いくら考えても埒が明かない。今更になって他人の気持ちに無関心でいた今までの自分を責める気持ちが湧いてくる。
リデアはもう部屋に戻っているだろうか。
カインは一度リデアの部屋を訪ねて、不在だったら今夜はもう寝てしまおうと思い腰を上げた。
コンコン
と、その時部屋の扉をノックする音が聞こえた。リデアかハルメリア殿だろうか。それとも…ハーシュだろうか、カインは返事をする。
「はい」
カインは扉まで歩いていくと片手で扉を開けた。
「ごきげんよう、カイン様」
にっこりと笑顔を見せるのはハルメリアだった。ほっとしたような、少し肩透かしを食らったような思いになった。
「夜分に如何しましたか、ハルメリア殿?」
「あ、大した用事ではございませんの……でもカイン様がここにおられるということは、ハーシュ様の鋭い色香の刃をかいくぐって生還されたということですのね……」
ハルメリアはそういうと文字通りほっと胸をなでおろした。
「……はぁ……」
「それにしてもお風呂上りのカイン様も素敵ですわ……」
ハルメリアはほう、と感心するようにカインを眺める。
一方のカインの方は話が読めない上に長くなりそうだと感じたので、早々と話題を切り上げにかかった。
「それで…用事というのはなんでしょう?」
「あ、も、申し訳ございません。私のお父様がお呼びですの」
ハルメリアの父上。
つまりは、王立騎士団の第三隊長であり当然この館の主でもある。
カインとしては、館の主と会うことはもちろんやぶさかではない。そもそも主に挨拶もなく滞在していること自体が失礼に当たるのであり、カインもそれくらいの礼節はわきまえているつもりだ。
だが、王立騎士団の隊長ともなれば平時よりそれなりに多忙のはずである。
それが偶然にも一介の旅人であり、只の客人であるカイン達と同じ時期に館に居合わせるだけでも珍しいことなのに、こんな夜分にそんな自分に貴重な時間まで割いて一体何の用事があるのだろうかと、カインは幾分不思議に思った。
ハーシュのことが気がかりだったが、カインには今館の主の誘いを無碍にするような理由は見当たらなかった。大方、同僚のよしみ、簡単な挨拶といったところだろう。カインはそう高を括った。
「わかりました、すぐに伺います」
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「君が王立騎士団の有望株と言われてるカイン・アークフィールドか!!まあ座り給え!!」
ガース・“ブラット”・レイノルズ。
騎士団での話に聞く通り、豪放磊落を絵に描いたような男だった。
日に灼けた肌に、鷲のような顔つきで騎士というよりもまるで狩人のような面持ちだ。
「聞くところによるとうちのハルメリアのクエストに同行してくれたようだな」
「はい、その件については俺の注意不足で…」
結局、ガースからの依頼の品の回収は成功しなかったのだ。
ハルメリアが冒険者としても戦士としても初心者であることはわかりきっていたことである。失敗のすべての責はリーダー格であるカインが引き受けるものと覚悟していた。
「心から礼を申し上げる!!」
「は?」
「ハルメリアもほんのちょっとだけ頼りないところがあってな、それがエメラルドマンションに行って5階層まで行って生還してくるなどまさかの活躍!!父にとって望外の喜びとはこのことだ!!」
「え、はい…?」
ちなみにエメラルドマンションは最下層が50階層である。全くの素人の冒険者でも少し背伸びすれば10階層までは容易に手が届く、といった具合だ。
「という訳で君たちの希望としては冒険者登録に一筆欲しいということでよかったか??そんなものいくらでも助力しようではないか!!それに明日の夜はハルメリアの初ダンジョン攻略のパーティーを催すことが昨晩から決まっている。もちろんカインくんには出席願えるだろうね?」
「……はい…?」
カインは領主であり隊長であるガースがこの時期に屋敷にいることを不思議に思っていたが、ひょっとしたら愛娘のパーティーのために予定をキャンセルして帰郷したのかも知れない、というとんでもない考えが脳裏をよぎった。
だが、この親バカっぷりを間近で見るにつけありえそうな気がしてくるため、カインは戦慄を覚えざるを得なかった。
(この親にしてこの子あり…)
「ところで、カイン。同じ男と思って君とは腹を割って話したいことがある。酒でもどうだ?」
ガースは席を立つと傍らの棚を物色し始めた。
そういえば、かなりの酒豪であるというのは騎士団でももっぱらの噂だった。
思いのほか話が長くなりそうな気配を感じ、カインは慌てて静止した。
「いえ…!余り強くない若輩ゆえ、早朝の修練に差し障るので…!」
「なんだ、下戸か?まあ、若いし。見逃してやろう」
ガースは残念そうに言うと見るからに度数の強そうな火酒の瓶を取り出し、ばたんと閉めた。
「それで、話とはなんですか?」
「ああ、それはだな……」
ガースはショットグラスを傾け、そう言った。
「ぶっちゃけ、うちのハルメリア……どう?」
「…どう…??」
「おいおい!!生娘じゃあるまいし!!察して欲しいものだな!!」
ガースはがっははとわざとらしく豪放に笑いたてた。
「カインくん、君を誠実な男と見込んで。うちの娘と良い仲になってみないか?もちろん、応じてくれれば騎士団内で相応の配慮はしよう。何よりもハルメリアはとても一途で純真で可憐ないい子なんだ!!!」
ガースは喜色満面で前のめり気味に愛娘の自慢話を始めた。
カインは思ったよりも事態が面倒な方へどんどんと転がっていることを悟った。
カインはガースの話がハルメリアの幼少期のエピソードから始まり自慢話までひと段落したところを見計らって、思い切ってガースに爆弾を投げてみた。
「…もしも応じなければ…?」
しん、と凍てつくような沈黙が一瞬間、場を満たした。
「ん??あっはっはっはっ!!面白いことを言うなカインくんは!!面白い冗談だ!!実に面白い!!」
ひとしきり笑ったあと、ガースはたっぷりとしたため息を吐きゆっくりとカインを見据えた。
野生の鷲のような鋭い眼光に一瞬でカインの脳裏には危険信号が点滅し、無意識にその手に得物を探した。
「冗談……………だよな?」
「………」
カインは無言で耐えた。
心得のないものだったらここでとっくに圧に負けているだろう。カインですら帯刀していれば勢い抜刀していたかも知れない。そのぐらいの圧をこの男に感じていた。
「ここだけの話……ハルメリアは、君のことを悪からず思っているようだ」
威圧は解かれないまま、ガースはショットグラスをゆっくりと傾けた。
「もちろん私も一人前の男…男女のことには理解があるつもりだ……とはいえ、私はハルメリアの父親でもある…」
ガースはショットグラスをテーブルにコトリと置くと、テーブルにぐっと腕力で押し付けているのが分かった。そのまましばらく経ったあと、ガースはグラスからゆっくりと手を離した。
そしてその時、流石のカインも目を見張った。
ガースの手から離れたグラスは、途端にガラスの粒子となって砂城の如く崩れ落ちたからだ。
並大抵の膂力では為せるはずもない。
「娘に恥をかかせるようなことがあったら……私も黙ってはいられないかもしれないッ……!!」
ガースは危うい笑みをその口に浮かべた。
この人…大人気ないにも程があるな、とカインは戦慄しながらもどこか冷静に考えた。




