魔窟都市リオンドール
「はい、あーん」
女は、どこから取り出したのか焼き菓子をカインの鼻先にちらつかせた。
「………」
「ね~カイン様ぁん」
「………」
「あれあれー?カイン様?いいんですの??」
女はカインの首元に近づくと何事かを囁いたようだった。
「………」
カインは苦虫をかみつぶしたような顔を一瞬したのち、女から差し出された焼き菓子を女の腕を握って取り上げると黙って口元に運んで食べた。
「きゃあ!腕を握るなんてカイン様は大胆ですの!」
ぷちん
リデアの脳内で何かが切れる音がした。
「こんな狭っ苦しい馬車の中でイチャコラしてんなゴラア!!」
「きゃあ!!こわーい!!カイン様ぁ!!助けてくださいまし!!」
「…ほっときなよ、リデア」
女がカインに身を寄せようとしたその時、ハーシュの少し温度の低い声音が響いた。
「ハーシュ!」
リデアは膝を抱えてぶすっとしているハーシュに気が気でない視線を送っていたが、女とカインをぎっと一睨みするとその場に荒々しく腰を下ろした。
一言で言うと、馬車内はものすごく険悪だった。
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その半刻ほど前に時間は遡る。
「次の行先ってなんて街だっけ??」
ハーシュがカインの背中の後ろからひょいと顔を出す。カインは広げていた地図の一点を見えるように指さした。
「魔窟都市リオンドール。都市の付近には大小様々なダンジョンがあり、冒険者も数多く集う街だ」
「ダンジョン…!?なんか…ようやく冒険っぽい感じがしてきたね!」
「…ぞうね゛…ぞろぞろ旅にも゛慣れできだけど…都市に泊まれるのはう゛れじいわ゛…」
リデアは馬車で横になっていた。
「リデア…」
「馬車酔いでグロッキーの状態で言っても説得力0だね…」
「う゛るざい…!」
「そこの馬車!!止まりなさい!!」
馬車の外から切迫した様子の人の声が聞こえてきて、カインとハーシュは小窓から外の様子を素早く伺った。
「あ、あなた達!!助けなさい!!」
見ると帯剣してはいるが明らかに腰が引けている女に対して小型の赤眼鼠が三匹ほど群れをなしているのが見えた。
「……ハーシュ、御者に少し先で待機してもらうよう言っておいてくれ」
小窓から覗いていたハーシュの頭にカインはぽんと手を置いた。
「わかった!…気を付けて!」
カインは馬車から飛び降りると風のごとく走っていった。
走り寄ると、当初の見立て通り小型の赤眼鼠三匹のみ。戦うまでもないと判断したカインは走りながら体内に濃密な殺気を練り上げていった。
「た、たすけ…!!」
援軍に気が緩んだのか女はこちらに体を泳がせた。それを好機と見たか赤眼鼠のうちの一匹が女目掛けて飛びかからんと身を低く屈めた。
カインは冷静にすう、と空気を吸い込むと呼気と共に練り上げていた殺気を場に叩きつけた。
カインの殺気に反応した周囲の動物たちが、木のさざめきと共にざわざわと遠くへと逃げて行く気配がした。
赤眼鼠も多分に漏れず、びくんと体を竦ませると問答無用に遠くへと一目散に駆けて逃げて行った。
女は、突然のカインの殺気に腰を抜かしたようだった。
カインはどう声を掛けたものかと逡巡していると女の方から威勢よく声がかけられた。
「カイン様!!??」
聞き覚えのある声だと思うのと同時に、脳が何かを察知してカインの身体に軽い鳥肌を引き起こした。
カインは、人違いかも知れぬという一縷の望みをかけて顔を上げたが所詮叶わぬことだった。
「…ハルメリア…ご令嬢」
「こんなところでお会いできるなんて!!やはり私たちには運命が味方しているのでございますわね!!」
ハルメリア、と呼ばれた女は満面の笑みを浮かべると、チョココロネのような両脇の髪を犬のしっぽのように振り回した。
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「…で、その縦ロールはなんなのカイン?」
「誰が縦ロールですって!?」
リデアはカインの腕に絡みつくハルメリアを指さして言うと、当然ながらハルメリアは反発する。
「…王立騎士団第三隊長のご令嬢、ハルメリア殿だ」
げんなり、と言った様子でカインは答えた。
「あ、顔見知りだったんだ」
「で、そのご令嬢がなんでこんなところで油売ってんの?」
「いちいちクチが悪いですわね!!??おほん、私はお父様の命を授かり 『薬草のダンジョン』と呼ばれる『エメラルドマンション』にて『魔除け草』を手に入れるべく今日の正午から旅をしていたのですわ!!」
「エメラルドマンション…?っていえばここから街を通って北だから真逆じゃねえか」
御者が言うとハルメリアの顔色に動揺の色が浮かんだ。
「…ど、道理でいつまでたってもたどり着かなかった訳ですわ…」
しばらくの間、沈黙が通り過ぎて行った。それは、あ、この人残念な人だ、という認識が広がっていく時間でもあった。
「…それにしても騎士団団長ともあろう人が、なんでよりにもよって大事な令嬢を直々に遣わせるのよ?」
「私だって誇り高き戦士の端くれ!!お父様の「ハルメリアよ、きちんと実力のある従者を引き連れて行くのだぞ」というご指示も省みず勇敢にも単身でダンジョンへと挑もうとしたわけですのよ!!」
「それ…胸張って言うことかな?」
ぽそりとハーシュが言った言葉にカインもリデアも120%同意だったが、肝心の本人には聞こえていないようだった。
「赤眼鼠に苦戦しているのに、よくぞそこまで身の程知れずになれるわね…」
「ほほほ!!鷹のみぞ知るなんとやらですわ!!おっほっほっほっ!!!」
割とどこまでも辛辣なリデアに対してノーダメージで通すハルメリアのメンタルはかなり強靭だった。
「でも、カイン様とお会い出来たのは僥倖と言わずなんといいましょう!カイン様!!もちろんご協力いただけますわよね??」
「…ご令嬢。すみませんが、もともと従者の方を連れていかれるということであれば、その方々と一緒に…」
カインが断るそぶりを見せるとハルメリアは慌てて遮った。
「ま、待ってくださいまし!!報酬はきちんと払いますわよ!!ギルドのマージン分まで上乗せしますわ!!それにギルドへの冒険者登録は最初は時間がかかりますわよ!!」
痛いところを突かれて無言になる三人に対し、ハルメリアは畳みかけた。
「推薦状くらい騎士団長のお父様が書いて差し上げますわ!!そこの赤髪のお嬢も見たところ冒険者登録だってまだみたいですし…?私ですらブロンズ登録しているというのに…ぷっ、くすくす…」
「あ゛??…何ですって…??あんたのそれだって所詮ブロンズじゃない!!」
「り、リデア…ここは大人しく言うこと聞いておこうね?!」
「おほほほほほ!!物分かりの良い市民達ですわー!!!!!」
高笑いするハルメリアにリデアは腕をわなわなと震わせて言った。
「ぐ……!!………この縦ロール…適当な理由さえついたら最下層の宝箱に折り畳んで詰めて泣かしてそのまま帰ってやる……!!」
「…リデア……?一応言っとくけどいたずらに人を殺めていい理由なんてないからね…??」
ハーシュはふと気が付いてカインを見た。カインはさっきからずっと無言だった。
「…?カインどうしたの??」
「いや…なんでもない」
さえない顔のカインを不思議そうに眺めるハーシュだった。
その理由について語るには、話は少し遡る必要がある。
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(王立騎士団 夏季教練 最終日)
「乾杯!!」
『乾杯!!』
「おう!カイン」
「お疲れ様です。カール副隊長」
猫毛の金髪のカール副隊長はカインとジョッキをかち合わせた
「にしてもおめえ、初日の騎士団名物『地獄のトレイル』から顔色一つ変えないんだもんな。一体どんな化け物かと思ったぜ」
「買いかぶりすぎですよ、結構きつかったです」
「顔に出ないとことかホント可愛げないよなお前…」
「カイン様あああああああああああああ!!!!」
遠くからこちらに走り寄る影があった。その華やかなドレス姿は騎士団員の集うキャンプの無骨さとは程遠い印象だ。
「おー、来たぜ。御用達のご令嬢様が」
「…」
カインは頬を軽く引き攣らせながら木製のジョッキを空しく傾けた。
ハルメリアは目を輝かせながらカインの隣に当然とばかりに陣取った。副隊長のカールなど眼中にすらないようだった。
夏季教練の間、ハルメリアのこの周囲を顧みない振る舞いのお陰でどれだけ自分が団員内で冷や飯を食わされたかと思うとカインも苦笑せざるを得なかった。
「ハルメリア殿も前まではコルゴン隊長にお熱だったのによ、随分と…ごふ!?」
ハルメリアの笑顔のエルボーがカールの脇腹に突き刺さった。
「あら、ごめんあそばせカール副隊長!?大丈夫ですか??」
「だ、大丈夫…です……」
団員達も娘溺愛の第三隊長の令嬢であるハルメリアには強く言いようもなく、持て余している状況だった。
「カイン様、最終日の夜くらい一緒に過ごしませんか??少し酔い覚ましに散歩でもいかが??」
「…いえ、お誘いはありがたいですが…遠慮しておきます」
カインのつれない様子にカールは溜飲が下がったのか、ひゃっひゃっと笑い声を零した。
その様子にハルメリアは益々不機嫌そうに非難がましい視線をカインに向ける。
「…もお!カイン様ったらつれないですわ!…カイン様にはどなたか想い人がいらっしゃるのですか?」
カインは口からエールを吹き出した。
カインは、しまったという表情で手のひらで顔を覆ったが、赤くなった顔色までは隠せていなかった。
「…い…や…俺は……」
クールで滅多に表情を崩さないカインのその様子に、逆に周りが面食らっていた。
「お、おいおいおいおい!!??」
「カインてめえ!!そんなのいたなんて初耳だぞ!!」
カイン自身は何も言っていないにも関わらずわらわらと皆話に群がり加速度的にその輪が大きくなっていく。
「完璧超人のカインくんにそんな弱みがあったなんて…いいからお姉さんに言ってみ~??」
隊の紅一点、灰色の髪を肩まで伸ばしており、いつも気だるそうな目をした聖魔導士のシルビアがカインに絡みだした。
「一体なんなんですか!?まだなにも言ってないですが!?」
「それで!!誰なんだ!!学生か!学生だよなあ!くううう!うらやましいぞ女学生!」
「ロリコンの副隊長は黙っててください!で、同級生??下級生??先輩??それともまさか先生とか??」
シルビアは面白がっているのを隠しきれない表情でカインににじり寄った。
「………」
カインは沈黙が吉と判断したのか、無言のままちびりとジョッキを傾けた。
「あくまでだんまりってかこの野郎!!騎士団にプライバシーなんてないんだよ!!どこまで行ったんだ!!??キスしたのかゴラア!!??」
「カール、若人に下世話だぞ」
そこまで話が行ってから、ようやく隊長であるコルゴンがカインに助け舟を出した。しかし、カインが助かったと思ったのもつかの間だった。
「ぐっ………コルゴン隊長!!隊長の家族は同じアレフガルド学園の在校生だったはずだ!!何か知ってるんじゃないすか!?」
「し、知るも何も…そこまで伝え聞いてはいない。当たり前だろう」
「コルゴン隊長…嘘ついてますよね?目泳いでますよ?」
シルビアはじとりとコルゴンを見つめた。
「な、なにを言う…シルビア…」
「…あ、そういえばカインくん誰かの写真大事そうにしまってたよね??」
カインは再び吹き出した。
「んだと……??初耳だぞカインゴラア!!ひっ捕らえろシルビア!!」
「了解!!『聖鎖!!!』」
シルビアの術式が瞬時に展開され、カインの両手足を不可視の鎖が縛り上げた。
「なっ!!??シルビアさん!?何を!?」
シルビアがごそごそとカインの懐を改めると、初等科の皆に囲まれてはにかんだ笑顔を見せるハーシュの写真が出てきた。
「ええーーーーー!!??なにこの子超可愛いんだけど!!??」
「なんだと!?見せろ!!!!」
「うおおおおおおおおおお!!??くそ可愛いじゃねえかこの野郎!!??」
「っただの幼馴染ですよ……!!」
「ふうん??…ただの幼馴染の写真をなんで大事そうに懐に入れているの??」
「……思い出として…です…」
「ふーん、そ??ま、信じてあげるわ……で、どんな子なの??その子??」
「……………人の話を……聞かない奴です…………」
カインの表情に苦しく切なげなものが差し挟まれるのをシルビアは眺めていた。
「…ふんふん、それで??」
「…頼りないくせに頑固で………必死で何かを守ろうとする………そいつを見てると………オレは……もっと強くならなければと思うんです……だから俺は…」
場には何かを察したような。『若いっていいなあ…』とでも言わんばかりの湿っぽい空気が流れ始めた。
「へえ、カインくんって意外と…」
「…あ、つか、いいからそうゆうの。で、キスしたのか??」
カール副隊長のまるで空気が読めない発言に、カインは三度吹き出した。
「はあ!?まだなの!?お前まじかよ!?ピュアかよ!?お前なあ!!男子たるもの黙って押し倒して〇で〇してなんぼなんだよ!!女は男の胃袋、男は女の〇〇を掴んだらこっちのもんなんだよ!!一緒にメシ食って手え握って〇〇〇〇らせて〇〇〇までが遠足なんだよ分かるか!!??女なんてやっちまえばこっちのもんぼえええええええええええ!!!!???」
カインのボディブローが隊長のみぞおちにクリーンヒットし、キラキラとしたカールの内容物が宙を舞った。
「カ…カイン…?おま……まじか……ごぶっ…!」
「ぎゃあああああああ!!??カール副隊長汚い!!っていうかカインくん私の『聖鎖』解呪なしで破ったんだけど!!??」
「か、カール副隊長!!白目剥いてるぞ!!!」
その夜は入団前の新人が副隊長を殴り飛ばしたということで王立騎士団の新しい伝説として語り継がれることとなった。
この件でコルゴンはその後始末に追われる羽目になったが、それはまた別の話。
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エメラルドマンションの前に馬車をつけると四人はダンジョン内を松明を片手に進んでいった。前線はカイン、後ろはリデア、間に挟まれる形でハルメリアとハーシュ、という並びだ。
背に腹は代えられないと、御者から勧められるまま酔い止めを飲んだリデアの身体は久しぶりに軽やかそうだった。
しばらく魔物とも遭遇しないまま進んでいると、唐突にハルメリアがハーシュに話しかけた。
「ハーシュ様はお話通りお可愛らしい御方ですわね」
「え、いや、そんなことないですよ」
「…話通り?…って誰から聞いてたのよ?」
「いえいえ、なんでもありません」
リデアの胡散臭そうな視線とカインの恨みがまし気な視線を送られてもハルメリアに動じる様子はなかった。
「ハーシュ様はカイン様とはどういったご関係なのかしら?傍からみると随分仲睦まじくお見えになったものですから」
「え…」
ハーシュが顔を上げると焦って振り返ったカインとばっちりと目が合ってしまった。咄嗟にハーシュは目を伏せる、なぜか頬が熱くなっていた。
「か、カインとは……そうゆうんじゃないですから…」
「あら、そうでしたの?でしたら何の気兼ねもないですわね。ねえ、カイン様??」
ハルメリアは咄嗟にカインの腕に腕を絡ませるとそっと耳打ちをした。
(カイン様…あのことをバラされたくなかったら私の言うことを聞いてくださいまし)
「ご令嬢?前線の人間にいちゃつかれると非ッ常に危ないんすけど?」
「まあ?お強いカイン様なら問題ありませんわよね?」
「………ええ…」
何やら普段と様子の違うカインにハーシュは少し不安そうな視線を向けた。
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エメラルドマンションの低層階には害意を持った魔物はまだ少ない。
攻略難易度としては、初級~中級といったところで第三隊長の親心かは知らないが、初心者には非常に勝手がいい。
さっきから小型の魔物しか出てこないので、リデアの出る間もなくカインの剣の一振りで戦闘と言うには余りに呆気ないものだった。
「きゃあー!!カイン様ぁ!!かっこいい!!」
それにも関わらずハルメリアはその度にカインに絡みつく。
抵抗するそぶりを見せないカインに違和感を覚えるハーシュとリデアだったが、階層を進む事に深まる緊張感の中で二人とも黙殺せざるを得なかった。
「ハーシュ、ハルメリア殿、ここで少し待っていてください」
5階層に達したところで、カインは歩みを止め振り返るとリデアを手招きした。
「おい、リデア。授業でやったトラップ解除の方法は覚えてるか?」
「覚えてるけど…ただのトラップ回避でいいんじゃない?流石にぶっつけ本番はあたしも心もとないよ」
なにやら二人で話し合っていた。どうやら先の部屋にトラップが仕掛けられている様子だということはハーシュにも理解できた。
「少し歩き疲れたですわ。もう少しさくさくと進めるものかと思っていたですのに…」
そういうとハルメリアは壁際に座り込んだ。ダンジョンの中にいるにも関わらず危機感の欠片もないお嬢様然とした発言にハーシュは苦笑いせざるを得なかった。
「ハーシュ様はカイン様のことをどう思ってらっしゃるの?」
「カインのこと…ですか?」
ハーシュはリデアと話し込んでいるカインに目をやる。聞かれる心配はなさそうだった。
「…大事な親友です」
「つまらないですわー」
「へ?」
「私がいうのもアレですけど、ハーシュ様に色とか恋とかそういった感情はないんですの??」
「うーん…?ちょっとそういうの昔から疎くって…」
「何だか全然張り合いがないですわ…女たるもの誰でも素敵な殿方に愛され守られ添い遂げたいものではなくって??」
張り合いってなんの…?と思いつつハーシュは返答する。
「そういうのはよくわからないですけど…ボクにできるのは、カインとカインが信じてくれる自分を信じて頑張るだけです」
カインがハルメリアに対して何も言わないのは、何か理由があってのことなんだろう、と思った。と、同時にさっきまでなぜ自分に事情を言ってくれないのかと、内心少し不機嫌になっていたことを思い出し、少し苦い笑いが込み上げた。
「カインはボクが苦しい時にはいつだって手を差し伸べてくれた…だから、そのカインが選んだことだったら、ボクは…何だって受け入れようと思ってます」
「そんなの綺麗事ですわ」
急に温度が急激に変わったハルメリアの声色にハーシュは驚きを隠せなかった。
「…え」
「あなただって、自分の大切なものが奪われるとなったら…そんな悠長なこと言ってられなくてよ!!あなたの信じている人だって…あなたの見ていないところでは全く違う人間かもしれませんわよ!!裏切ることだってあるかもしれませんわ!!」
ハーシュはハルメリアの見せる激しい怒りに、少しばかり驚いていた。ハルメリアが怒っている理由にも察しがつかないが、どの道既に怒らせてしまっているなら、ありのままを言うほかはないと思うだけだった。
「…あの、大丈夫です。だって、カインを信じることは、ただ自分が好きでしていることですから」
そういうと、ハルメリアは子供のように顔を真っ赤にさせた。
「あなたは何もわかっていませんわ!!私だって…私だって…!!人を信じることくらい出来ますわ!!」
ハルメリアはそういうとずんずんと奥へと進んでいった。
「は、ハルメリア様!!あまり先に行き過ぎると…!!」
カチッと音が聞こえてハーシュは背筋に冷たいものが走った。
「…危ない!!」
「え…?」
壁の向こうにキラと光るものが見え、ハーシュはハルメリアの前に躍り出た。
補足ですが、ハルメリアが怒ったのはハーシュとカインの間の揺るぎない信頼感が自分には持ち得ないものだったからです。
それはカインに対する恋慕故に発された怒りというよりは、単純に所有に対する劣等感や嫉妬です。
これはハルメリアはまだ人を愛するに至らない未熟な精神性を持っているという事を描きたかったのです。




