進む道
アレフガルド学園の食堂は今日も昼時は学生と教員たちで盛況だった。
そんな中、食い入るように目前のパフェを見つめるハーシュがいた。向かいにはリデアが既に食べ終わったトレイを横にどけて、呆れた様子で頬杖をついていた。
「…なんでさっきからパフェをそんなに穴が開きそうなくらい睨みつけてるの?」
「数えてるんだ…」
「…数える?」
「…いや、最近さ…」
神妙な面持ちでハーシュはぽつりと告げた。
「…イチゴの量が減ったんだよ……」
リデアはわが耳を疑った。もう一度聞きなおそうかと思ったくらいだった。
それだけリデアにとっては限りなくどうでもいいことだったからだ。
「……………そうなの?」
「たぶん…」
ハーシュはしゅんと悲しそうにそう言ってから、ようやくパフェを口に運び始めた。
リデアはどうでもいいからさっさと食えと思った。
しかし、そんなハーシュの面倒くさい様子にはおそらく理由があった。リデアはため息をついた。
「…なんでそんなに不機嫌なの??」
「え…そんな風に見える??」
「そうね、少なくとも昨日くらいから明らかにね」
思い当たったのか、ハーシュは眉をしかめた。それが泣きそうな顔に見えたのではたから見たらまるで自分がいじめているみたいだ、とリデアは思った。
「…別にさ、ボクだってそりゃあ王立騎士団から声がかかったら行かなきゃいけないってことくらい仕方がないと思ってるよ」
「そうね…じゃあ、一体何が気に食わないのかしらね?」
ハーシュは“気に食わない”、という表現が気に食わなかった様子でリデアをじと、と見た。
「…別に気に食わないことなんてないけど…」
「ふーーーーーーーーーーーーーん??」
今度はリデアがジト目でハーシュを睨みつける番だった。
「要は………さみしい、とか?」
「っっっっっ~~~!!」
ハーシュは咄嗟に立ち上がり抗議を示したが言葉は継げなかった。呆れたように半笑いの口の端が隠しきれていないリデアを憎たらしく思いながらも、何かムキになって言えば負けになると思い、ハーシュはまた食堂の椅子に座りなおした。
負け。何に対してと言われれば判然としないが、兎に角そういうものなのだ。
「い、やさ…そりゃあ折角魔法使えるようになってこれからだって時に直ぐにいなくなっちゃうなんて言うのは流石に親友に対してちょっとどうかとは思うよ…?」
「そうよねえ、ハーシュたんえらいでちゅねー、これからもがんばりまちょうねーって言って欲しかったんだよねー」
ジャリイッ
「………」
ハーシュの頬が引き攣り、パフェに長いスプーンが勢い余り突き刺さった。パフェの底に敷かれたシリアルがメリメリと音を立てて砕ける。
「あ、違った。『ハーシュ、よくやったな。流石オレの見込んだ女だ。よしよし、熱い抱擁をプレゼントしてやろう。これはご褒美だ』」
「誰だよ!!??」
流石にハーシュもたまらず今度こそ席から立ち上がりざま抗議の声を上げた。
「誰って…カインだけど?だって、親友だから一緒に喜んでほしいし認めてほしいんでしょ?何が違うのよ?」
「へええええ…????なんだかとても悪意のある含みを感じたんだけどな…!!??」
「ふうん??そう??…で、あんた自身はどうしたいわけ??」
「え、どうって……?」
リデアはやれやれといった様子で、食べ終わったトレイを持って席を立ちあがった。
「まあ、これに懲りてさみしいさみしいうさぎちゃんオーラなんか引っ込めてとっとと魔法の練習に戻りなさいな」
「っ…いわれなくてもそうするよ!!」
ハーシュはやけ気味にパフェを口に含んだ。
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移動教室の合間。生徒たちの喧騒から離れてハーシュは懐に手を入れた。
そこにあったのはロザリオだ。そして、それが昨日から何となく気持ちが優れない原因の一つだった。
それはカインが幼い頃から肌身離さず身に着けていた大事なもののはずだったが、昨日の朝目を覚ますと、ハーシュのベッドの傍らに置かれていたのだ。
それを見つけた時、ハーシュがまず感じたのは困惑だった。
親友といえどそれだけ大事なものを何も言わずに枕元に置いていくものだろうか。
ハーシュはそれをカインからの自分への応援だと納得させようとしたが、何か心の奥の違和感のようなものが消えないのだ。
さみしい、なんてことを誰かに訴えるつもりもない。そもそもこの感情がリデアの言うようにさみしい、に当たるのかもわからない。
胸のあたりのもやもやは言葉にはならずとどまり続けるのだった。
「ハ・ア・シュ…きゅん!!」
「うわあ!!!!????」
この声と話し方は振り向くまでもなく、セルシアだった。
「どうしたのです??ハーシュくん??ぼーっとして」
「せ、先生…いきなりひっつくのやめてくださいよ…びっくりした…」
「あれれ?いつもみたいに狼狽えてくれるものかと思ったのに…つれないのです…」
セルシアはしゅんとした。
「一体何を期待しているんですか…」
「ハーシュくんどうしたのですか?何やら愁い顔で物思いに耽っている様子だったのです…あれ?今何かを隠したのです??」
「い、いや…別に…」
「むむむ??何かあやしいのです…におうのです…」
「な、なんでもないですってば」
「あれれ、このロザリオは確か…?」
セルシアの手に握られていたのは確かに今自分の懐に入れたはずのロザリオでハーシュはわが目を疑った。
「って!?なっ!?どうやって!!??返してください!!」
慌てて奪い返すが、時すでに遅し。何事かを察したセルシアは、何やらにやけた顔でこちらを眺めていた。
「ふむふむ…ハーシュきゅんもなかなか乙女なのです」
「な、に、を、言ってるんですか…!!」
「いやいや、それはそれで結構な胸アツ展開なのです。カインくんが帰ってくるまでは、先生はハーシュくんを出汁に色々と妄想などの楽しみに耽るのです」
「不穏なこと言ってないでとっととあっち行ってください!!」
きゃーと黄色い嬌声を上げるセルシアを追い返すと、どっと疲れが出たハーシュだった。
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夜更けになり自室で勉強に励んでいるとコンコンとドアをたたく音がした。次いで向こうから呼びかける声がする。
「こんばんは、ハーシュくん」
リザイアの声だった。突然の来客にハーシュはぱたぱたとドアまで駆けていく。
「こんばんわ、どうかしましたか?」
ドアを開けるとリザイアはふむ、と顎に手を当て何やら思案顔をした。
「やはりな…セルシアの言ったとおりだ」
「はい?」
「私の来訪を拒まないとは…やはり今のハーシュくんは平時通りではないようだ」
「あ…」
言われてから初めてハーシュはそのことに思い当たった。
「然るに、私の教育的指導。つまりは不安定な心身を持て余す思春期真っ盛りのハーシュくんを私の肉体的抱擁によって精神的な安寧を与え、ひいてはその愛らしい相貌に」
「あー!すみません!急に用事思い出したんでお引き取りください!!!!????」
ハーシュはドアを両手で力いっぱい閉じた。
そのことでハーシュの部屋に入りかけていたリザイアの体が吹き飛ばされ向こうの壁に激突する音と潰れるような悲鳴がしたがそれは最早どうでもよかった。
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ベッドに腰掛けたハーシュの手には小さな袋が握られている。
袋をひっくり返すと、そこからリデアとカインとハーシュが映り込む新旧混交した写真がザラザラと紙吹雪のように出てきた。
ハーシュが幼い時から集めてきたもので、まだ皆が幼い頃の写真からアレフガルド学園に入学した後のものまで様々だった。
そのうちの一つ、幼い三人が映り込んだ古ぼけた写真を手に取った。
幼いが今よりもずっと鋭い目つきをしたカインの面影にハーシュはふ、と笑みを零した。
両親を失ったカインは、連れられて村に来た時誰ともなれ合おうとしなかった。
当時変わった子供だったハーシュはそんなカインに頻りに付きまとっていたらしく、根負けしたカインは徐々に心を開くようになっていった。(というのは、リデアの弁だ)
だがそんな折、魔法暴発の事故によりハーシュの両親も亡くなった。
在学中だった兄二人はできるだけ折を見てはハーシュの様子を見に村に帰ってくることはあったが、親戚に預けられた幼いハーシュは深い喪失感の中、なすすべもなかった。
当時の記憶はそこだけすっぽりと抜け落ちたように未だにひどくおぼろげだった。
そんな時、何も言わずに隣にいてくれたのはカインだった。
当時はあまりのショックに起きているのか寝ているのかわからないような日々の中にいたが、今思い返すと幼かったカインだけがハーシュの印象に残っていた。それだけ自分は何も言わずに隣にただ居てくれるだけだったカインに救われていた、のだと思う。
ぼんやりと当時の回想をしながら写真を眺めていると幼いリデアに目が留まった。リデアは幼い時は今より内気だった。緊張したような面持ちで服の裾を握りしめているが、よくよく見るとその眼には当時より強い自我を示す意思の光が灯っている。
『あんた自身はどうしたいの??』
耳の奥にこだまするのは今日のリデアの言葉だった。
ハーシュが迷いを感じている時、直截的な言い方はしないが、リデアはいつも答えを迫ってくる。自分から逃げるな。いつだってそういわれているような気がした。
「いつまでも三人で…」
零れかけた言葉は躊躇があり最後まで告げられなかった。
逃げることは意味のないことだ。
それぞれの未来の行先は初めは少しずつ、やがては大きく異なってくる。カインの未来だってほとんど決まってしまった以上、既にかなわないことなのだ。
変わらない思い、変わらない関係、変わらない親友。
そんなものがあると、無邪気に、無意識に、信じるともなく信じ込んでいた自分が今となっては信じられないほど愚かだとハーシュは思う。
…それでも。
それでも当面変わらなそうなことと言えば、自分にとってカインが、二人のことが変わらず大切であるということだけだった。
だったら…限られた時間を今まで通り過ごす。いや、今まで以上に大切に過ごす。
それ以上にお互い望むものはないはずだ。そして…望むべきではないはずだ。
そう思い至ってからハーシュはようやく眠りにつくことができた。
それからのハーシュは取りつかれたようにただひたすらに魔法の修練に没頭した。
そんなハーシュにリデアは最早何も口出しはせず、時折いつも通りの他愛ない、それでいて貴重な会話を交わすのみだった。
そして三月が過ぎた。
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「ここまでで良いんですか??学園まではまだ少し距離がありますけど」
「大丈夫です、少し歩きたいので」
御者の申し出を断り、カインは学園までの見慣れた草原の中の道を歩いていた。
以前より引き締まったその顔には、軍人特有の野性的な精悍さが増しているように見えた。
かれこれ一刻ほど歩くと遠くにアレフガルド学園の威容が見えてきた。
三か月しか経っていないのに随分と懐かしく感じるものだ。とカインは思った。
そして、あと一年経たぬ間にここから自分はいなくなるということに思い当たるが、今はその事実はできる限り見て見ぬふりをした。
正門までたどり着くと、ふと見慣れた人影がそこに立っていることに気が付いた。
「おかえり」
ハーシュは雰囲気が変わったように見えた。
その笑顔は以前よりもやわらかかったが、同時に何か強い覚悟のようなものを感じるのは気のせいだろうか。
カインはその時を待ち望んでいたように思えると同時に、胸の奥のところに微かに痛みを感じた。
「はい、これ」
ハーシュが右手を差し出した。
「『忘れ物』」
「……」
カインはロザリオを受け取るように差し出しかけた右手をそのままハーシュの頭にぽんと置いた。
「…え?」
「…確かに『忘れ物』だ。…お前に預けておくよ」
咄嗟に意味が分からなかったハーシュだが、胸の奥がつんと痛んだ気がした。それを秘めるように、ただ右手のロザリオをぎゅっと握りしめた。
「行くぞ」
「うん…!」
足早に行こうとするカインの後ろ姿をハーシュは追う。
季節は初夏。学園が長い夏季休暇に差し掛かる時。
三人の最初で最後の冒険が始まる。
これにて第1部完となります。
第2部はようやく冒険の始まりです。




