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TS magics  作者: 藤原埼玉
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ロベルトの恋 終章

「ねえ、ロベルト。あたし見ちゃったんだ〜」


「…何をだよ」


「言わなくても分かってるくせにぃ…放課後のことよ」


朝からひそひそと話しかけてきたシンシアは目を意味ありげに爛々と輝かせている。


ロベルトは動揺すると同時に激しく怒りを感じた。


「ねぇ、ロベルトってハーシュお姉ちゃんの…」


ロベルトは咄嗟にシンシアの口に手を当てた。唇に手がぶつかり、いたっとシンシアが声をあげた。


「…誰にも言うな!!」


ロベルトは自分が思いの外大きな声を出してしまった事にハッとした。


シンシアは驚き泣きそうな顔をした。


ロベルトが咄嗟の事に慌てていると、シンシアはさっさと教室の扉に小走りで行ってしまった。謝るタイミングを逃してしまった。


シンシアの目には涙が溜まっていた。


「最近のロベルト、なんかおかしいよ…色ボケ…馬鹿…!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…シンシアと…ケンカしたの??」


放課後、ハーシュは困ったみたいな笑顔で聞いてきた。


明らかにロベルトに対して不機嫌な態度をとるシンシアの様子を見れば傍目にも一目瞭然だ。


「…うるさいな、関係ないだろ」


ハーシュが横で困っている様な空気を出していた。たっぷりの間の後にハーシュは努めて穏やかな口調で言った。


「…ロベルトとシンシアには仲良くして欲しいなぁ」


諌める様な、嗜める様な言い方だった。


しかしその言葉はロベルトを傷付けた。


ロベルトはふいに術式の書き取りをする手が止まった。


「…ロベルト…??」


いつもの少し怯えたみたいなハーシュの声色に、少しだけ優しさが上塗りされている。


やめろよ


オレの前で年上ぶるなよ


…魔法も使えないくせに


「うるさい!魔法も使えないくせに!」


言ってからロベルトはハッとした。やってしまった、と思った。


案の定、ハーシュは表情を失ったまま固まっていた。


その無表情がゆっくりと悲しそうな笑顔に変化するのを絶望的な想いでロベルトは眺めていた。


「…ごめんね」


やめろよ…無理して笑うんじゃねえよ。


それが今の自分が言える様な事ではないことを、ロベルトは苦しい気持ちで反芻した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あの…赤髪の魔女はいますか?」


ロベルトは入り口にいた金髪長身の男に声を掛けた。


男は一瞬訝しげにロベルトの顔をまじまじと見た。


「あの…何か?」


「……脅されているのか?」


「え…?はい?」


「…俺はカイン。奴を呼んでくる…が…困っている事があればいつでも力になる…」


振り向き言った。


「おい、リデア。来客だぞ」


「最初のくだりからしっかり聞こえてるわよ!!!!!!」


魔女はガタと席を立つと何かブツブツ言いながら教師の前の扉まで降りてきた。金髪の男はすれ違いに教室の奥に入っていった。


「…あの金髪の朴念仁の言うことなんて聞いちゃだめよ、人生オンチなのを力業で乗り切ろうとするだけの脳筋バカだから…」


魔女の目は完全に据わっていた。


「は、はぁ…」


「それで、自分からこっちに来るなんて珍しいわね。一体どういう風の吹き回し??」


魔女に昨日ハーシュに言った事は伝わってはいないらしい。


その事に少し安堵するのと、少し後ろめたい気持ちがあった。


いっそ前みたいに叱ってくれる人間がいたらどんなにいいか、とロベルトは泣きたいほどの切実さでそう思う。


「なぁ…」


「…何よ、深刻ぶって?」


「何かしてあげたい人がいるのに…何もしてあげられる事がなくて…逆に傷付けたりしたら…一体どうしたらいいと思う??」


絶対に馬鹿にされるに決まっている。そう思って拳にぐっと力を入れた。


「…そうねぇ…傷付けたら謝るしかないわね」


だが、そう言った魔女の顔には嘲りの表情は浮かんでいなかった。


「…でも、あんたは何もしてあげられないなんて言うけど、その気持ちだけでそいつは随分と救われると思うわ」


「でも…その気持ちが伝わらなかったら?報われなかったら…?」


どうせ、あの女の未来に自分はいない。


横で見ていれば分かる。あいつはきっとその内魔術が使えるようになる。


そうしたらあいつは初等科にも来なくなる。


自分との繋がりもなくなる。


それらは全て当たり前のことだ。


…一体自分は何を求めているのだろう?


「…そんなの…どうしようもないんじゃない?」


そう言って微笑んだリデアの目は悲しげでロベルトは驚いた。


それでその日は終わった。


翌日悪かったとハーシュに言ったらハーシュは、いいよ。と一言言っていつもの困ったような顔で笑った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


子供のイメージの広がりはものすごい。


ロベルトの描くイメージは時と場合でてんでバラバラだったがそれでもそのどれもが自分の目には新しく映るのだった。


イメージは個々人だけのものでは無いということを痛感する。


魔術という結果は一つでもそこに至る方法やイメージは人の数、いやそれ以上に無限にあるのだ。


今までの自分は如何に早く目標に到達するか、それだけに心を砕いてきた。自分が如何に狭い世界で躍起になっていたかが思い知らされる気がした。


ハーシュは目の前に広がる新しい可能性に高揚を感じた。それは久しぶりの感覚だった。


初めて魔術を使えた日の事。


空を飛ぶ様なあの日の気持ち。


この世界には自分にしか描けないものがある。


ハーシュはイメージする。


どこまでも広がるキャンバスの様な空。


明星の前、色彩を帯びたくて待っている白み出した夜明けの空を。


自分しか知らない想いがある分だけ、自分しか知らない光をきっと描けるはずだ。


例えばそれは…こんな風に…


セレネよ その光持て 大地の罅を 癒さん』


手に温かな熱を持った癒しの光が灯る。


ほんの僅かな光。それでも零が始まりの一になった。未来を照らすにはそれで充分だった。


「出来…た…」


ハーシュが信じられないというように独りごち、その頬に赤みがさす。


ロベルトは驚きから何も言えずに、さまざまな情動がハーシュの顔に表れては消えていくのをただ眺めていた。


「やったああああああああ!!!」


ロベルトはほうっとため息をついた。


同時に内心ではこれで終わりかと思うと、なんとも呆気なく思えた。


感傷の様なものがロベルトの心に差し始めた時、そのロベルトの両手を熱い体温が包み込んだ。


「ロベルト!!ありがとうロベルト!!!!」


ハーシュはロベルトの手を握りしめ、それでは足りないと言わんばかりにロベルトの身体ごと抱き締めた。ロベルトは驚きのあまり目を白黒させる。


「は、離せよ!!」


気持ちとは裏腹にロベルトの口から突いて出たのは子供っぽく拗ねたみたいな言葉だった。


「別に大したことしてねぇよ!俺は!」


「何言ってるんの!!??」


ハーシュは潤んだ瞳でロベルトの目を覗き込んだ。


「ロベルトが隣に居てくれたからだよ!ロベルトが僕の背中を押してくれたんだよ!」


胸を打たれる。とはよく言うが。

本当に胸のあたりに衝撃があるものなのだとロベルトはこの時初めて知った。


「きみのお陰だよ…!!」


ハーシュの目から大粒の涙が溢れ出した。


突然の事にロベルトは驚いた。


そして昨日までの気持ちが嘘の様に軽くなり、代わりにほろ苦い切なさが胸に去来している事に気が付いた。


肩のところでハーシュという女は大人のくせにわんわんと泣いていた。


初めて会った時の柔らかい笑顔。それと裏腹に時折表情に映る怯え。


前に進みたくてもどかしいくらいなのに、思うように進まない時の横顔。


いつしかそこから目が離せなくなり、いつからかそれを宝物のように、自分だけが知っているものであってほしいと願う様になった。


そうだ。


きっとオレはこいつのこの顔を見るために頑張ってたんだ。


ロベルトは手を恐る恐るハーシュの肩の上に置いた。


ロベルトは自分はこの瞬間のことをきっと忘れないだろうと思った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「カイン!!」


もう日も暮れた時間だった。廊下の向こうから小さな子とハーシュが息を切らせて走ってきた。


「ハーシュ」


ハーシュは随分全力で走ってきたようでカインの前で立ち止まると、膝に手を置いて息をついた。


「魔術が…ヒールが…使えるように…なった…!!!」


頭を石で殴られたみたいな顔をした後にカインが見せたのは、やはりとでも言わんばかりの表情だった。


「そうか…」


カインの顔に感慨深げな笑顔が浮かんだ。


信じていた。それでも思ったよりもずっと早かった。


そしてそれは目の前の、ハーシュの努力の賜物に他ならない。


しばらく二人の間に無言の会話が生じた。


「…そうそう。カイン、この子が初等科のロベルトだよ。忙しいなか色々と訓練を手伝ってくれてたんだ」


ハーシュが思い出したようにロベルトを紹介した。


「あ、ど、どうも」


ロベルトもカインの事を名前には聞いていた。


在学中に王国騎士団入りがほぼ決定となった剣士科のエース。


それがまさかこの人だったとは。


「…ハーシュが世話になった。心から礼を言う。…ありがとう」


「あ…え…はい…」


ロベルトは緊張に若干戸惑いつつ返事を返した。


魔女が朴念仁とか言ってたけれどとてもそんな風には見えない。


様子を見兼ねたハーシュがカインの背中を肘で小突いた。


「(カインが無表情だからロベルトが怖がってるんだよ…)」


「…そうか?」


なんて事のない二人のやり取りだったが、そこには深い親密さが感じられた。


ロベルトの胸が急に波打つ。


「お、おい!カイン!!…さん!!」


「ん?」


「ハーシュは渡さないからな!!」


「へ?」


「負けねえからな!!!」


カインは無言だったがハーシュから見ると明らかに困惑していた。なかなかにレアでシュールな光景だ。


「…ハーシュは別に誰のものでもないと思うのだが」


「うるさい!エロ剣士!!ばーか!!」


そう言ってロベルトは駆けて行ってしまった。


ハーシュはポカンとしていた。普段は初等科の子の中では大人びた態度を取っていたロベルトが何故か急に年相応の男子の様な振る舞いを見せた事に。


「…エロ剣士…」


ハーシュはハッと我に返りカインに向き直った。


「…え、えっと、ロベルトはきっとカインと仲良くしたいんだよ…きっと…たぶん…」


「…エロ…剣士…」


何故かカインはずーんと深く傷ついた顔をしていた。


「それはそうとハーシュ」


「え、あ、はい」


「来月からコルゴンさんの誘いで王国騎士団の教練に参加してくる」


「え」

普通に続きます

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