ロベルトの恋
今回の話、若干メタ的になるのですが弁明させて頂くと
TS小説における様式美の一つ。サブキャラ視点での「主人公めちゃ可愛」語りを少し煮詰めて小説風にやったらどうなるのか、という感じです。
人の泣く姿を綺麗だと思ったのは初めてのことだった。
ロベルトはシャワーを浴びながらも、今日の事を思い起こすと胸の辺りがもやもやと苦しくなってくる。
時折怯えるような色を映す笑顔。少しだけ甘ったるく、時折緊張で上擦る声色。
ハーシュという女は年上のくせにひどく儚げで頼りなく見えた。
それでもあの横顔を見ると、大事な宝物を見つけた様に感じてしまうのは何故なのか。
まだ幼いロベルトにその想いは名状しがたい。
ロベルトは次の実技訓練の日を待ち遠しく思う自分のことを変だと思う。
変だと思いながら熱に浮かされた様な気分を表現し尽くせるような言葉はまるで見つからないのだった。
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ハーシュはその日初等科での実技訓練の後、夕陽の差し込む教室で居残り魔術の練習をしていた。
ほんの小さな針穴に糸を通すようにイメージを作り上げる。
魔術とは個々の精神世界の具現であるからこそ、その発現はある一定の理によって厳しく律されている。
一つでもしくじればまた最初から。魔術はその繰り返しだ。
集中が綻ぶと紡ぐ糸も揺らぎ、あっという間にイメージが霧散する
月の女神セレネ。個と神の交歓。
魔術とは法則性を持った詩歌だ。
『月よ その光持て…大地の罅を…』
詠唱の途中でハーシュは顔をしかめる。上手く術式と詠唱が連動せず、せっかく時間をかけて積み上げたイメージがパッと霧散する。
またイメージを組み上げるところからやり直さなければならない。
これで何十回目だろうか。
……また最初からだ。
「〜〜〜〜〜ッ!!ああもう!!」
ハーシュは机の上の自分で何枚も書き上げた術式の書き取り紙をグシャリと潰した。
物に当たったところで何になるんだ…
感情を何とか制してハーシュはそろそろと机から手を離す。
紙は折れ曲り書き込まれた術式は見る影も無く歪んでいる。
不意に紙の上にポタリと水滴が落ち、ハーシュは自分が泣いていることに気が付いた。
この身体になってから涙腺が緩む事が多くなった。以前より感情を上手く制御出来ない。そんな事さえ今は腹立たしく感じる。
泣いたらダメ。悔しさが流れてしまう。
少しでも早く前に進まなきゃいけないのに…
ハーシュの意に反して目からはどんどん涙が溢れてくる。
「こんな時間まで何してんだ?」
声がして反射的に振り返るとロベルトだった。ロベルトはこちらの顔を見ると狼狽し始めた。
「い、いや…お、俺はただ忘れ物をとりに来ただけで…」
年下の子に泣き顔を見られるなんて情け無い…
ハーシュは顔が熱くなるのを感じながらそれでも涙は止めようもなく溢れてきた。
ふと眼前にハンカチが差し出された。
「…え?」
「こ、これ…使えよ…貸す…から…」
ロベルトは照れくさいのかぶっきらぼうに言った。
ハーシュはロベルトのその様を見て笑みが込み上げる。
「…ありがとう」
「べ、別に…返さなくてもいいからな…」
消え入る様な声でそう言うとロベルトは逃げる様に教室から走って行ってしまった。
その後姿を微笑ましい視線でハーシュは見送った。
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翌週。
初等科での実技訓練の授業後の教室。
少し肌寒い風が入ってきてハーシュは自分が机で眠っていた事に気がついた。
身体を起こすと机には大量の術式の書かれた紙が広がっている。
今日も魔術は発現しなかった…
ハーシュは重いため息をついた。疲れているとは言え修練もせず呑気に寝ていた自分に嫌気がさす。
そろそろ夕方になり教室も閉まる時間となっていた。
後は自室か、寮の裏ででもやろうかと荷物を整理し始めたとき、ガララと扉を開ける音が背中からしてそこにはロベルトが立っていた。
「…ロベルト?」
ロベルトは何か意を決した様な顔をしているが、ハーシュに何か言いたげな顔を向けたまま無言だった。
「どうしたの?ロベルト??」
そう言えばあの教室での一件からまともに話していなかった。気のせいか、あれから良く目は合うのだが何となく避けられている気がしていた。
(あんなところ見せちゃったし…気を遣ってくれているのかな?)
「………」
「…あ!そうだ、これ返さなきゃね」
ハーシュは懐から先週ロベルトから借りることになったハンカチを懐から取り出し、膝を折り身を屈ませて差し出した。
「これ、ありがとう。ロベルト」
ロベルトは無言でハーシュからハンカチを受け取った。
「………」
ロベルトは何か難しそうな顔でハンカチを睨みつけていた。
「あ、あの…ちゃんと綺麗に洗ったから…」
ロベルトから何の返答もないのでハーシュは間を取り持つ様に声を掛ける。
「おい…ハーシュ…」
「…うん?」
ロベルトがようやく口を割った。
なんとなく違和感を感じたハーシュ。それが初めてロベルトが自分の名前を呼んだ事による事を数瞬遅れて気が付く。
「…助けてやるよ…一人でやるよりその方が良いって先生も言ってた…」
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「そこの詠唱は俺は物語みたいなのをイメージしてやってる」
寮の裏手で小さな灯りを頼りにハーシュとロベルトは二人で顔を突き合わせていた。
ロベルトは紙にサラサラと術式を書くとそれをなぞる様に説明していく。
処女神である月の女神セレネの物語と言えば悲恋の伝承が多いが、ロベルトの話すイメージは歴史の暗記の語呂合わせの様に自由で奔放だった。確かにイメージと結び付くのであれば物語の出典など大きな問題にはならない。
さらに術式自体に物語性があると言う発想はハーシュには無かった。術式はハーシュにとってはそれ自体に意味を持たない紋様の様なものだったからだ。
「なるほど…」
ロベルトの描いた線をハーシュは何度も指でなぞる。
「ありがとう、ロベルト」
ハーシュがそう言うとロベルトは顔をうつむかせた。
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ロベルトの隣でハーシュは真剣な表情で術式を見つめていた。
ふわりと甘い香りが隣からロベルトの鼻先に漂ってくる。
その事に訳もわからず苦しい気分になった。
困っている奴がいたら、助ける。それは当たり前のことだ。
ロベルトはそう自分に言い聞かせた。
赤髪の魔女の事もあるしな…これは自分の保身でもあるんだ。
ロベルトはそう思って一人でうなづいた。
「ねえ、ロベルト。ここは…」
ハーシュの顔が身体ごと急に近づいて来て、ロベルトの心臓が跳ねる。
「あ、ああ…それは…」
ロベルトは話しながらハーシュの横顔を眺めるが、そこに動揺や、ましてや年下をからかおうなんて変な思惑も感じられなかった。その事にロベルトは何となく自分だけ損をした様な気持ちになる。
むしろからかおうとしてくれていたら良かったのに。そうしたらこのどうしようもない気持ちにも居場所が出来るのに。そんな詮無き事を考える。
体温が感じられるほどやたらと距離を近づけて来るのは無意識のことで、それだけ目の前のことに必死になってる事なんだろう。
どうしてこいつはこんなに熱心に頑張ろうと思えるんだろうかと、ふと興味が湧いた。
「…お前はどうしてそんなに…」
「ん?」
ロベルトはハーシュと至近距離で目が合ってしまったので、そのまま目が離せなくなってしまった。
「…誰の為にそんなに頑張るんだよ」
ハーシュは目を点にさせた後、少し微笑み、それから目を伏せて言った。
「…リデアや…友達のこと…裏切りたくないから…」
その表情はどこか苦しげで、その言葉ごと夜に消え入ってしまいそうだった。
こいつにとってそれはそれだけ大事な事なんだろうか。
赤髪の魔女はこいつは元々は才能ある魔術師だったと言っていた。そして一夜にしてその才能を失ったとも。
そんな絶望の後に、如何様にして遠くに手を伸ばそうとしているのだろう。
その手の先に自分の、ロベルトの存在は当然の事ながら皆無だ。そんな事は当たり前の事だった。当たり前過ぎて傷付くにも当たらない。
ロベルトはハーシュの横顔がやけに遠く感じ、目を逸らした。
(続く)




