難儀だな
現在時刻は午前7時過ぎを迎えた。
空港からバグダードまで約30分。とりあえず僕は、マーキナーに滞在先のホテルへ向かうよう伝えて出発した。
「途中でコーヒーを買いに行きたいのだが、イイかね?」
マーキナーは運転中にも関わらず僕のことを横目で見ながら、フレンドリーな様子で僕にそう言ってきた。ちゃんと前見ろよ。
「好きにすればいいよ。僕もSIMカード買ったり現金下ろしたりしたいし」
そう答えるとマーキナーはありがとうと言って、再び運転に集中した。
窓からはティグリス川が見えている。早朝ということもあってかあまり人はおらず、特に道が混んでいるというわけでもない。建物の瓦礫が散乱しているのが気になったが、この辺の地域は紛争地帯なので、現地の人は特段気にしている様子はない。
「そういえば名前を言っていなかったね。ボクはマーキナー。生まれはアラブなんだガ、今はバグダードに住んでるよ。」
「たしかに、自己紹介はまだだったな。知っていると思うけど、僕の名前は陽川捏。日本に住んでる。もうすぐ18歳になる。」
するとマーキナーは驚いた様子で僕を見た。運転中だろ!前を見ろ前を!
「陽川くん、キミ17歳なの?その年齢でこんなところまで?」
「さっきから前方不注意なのやめてくれ!事故るぞ!」
「すまんすまん、つい」
僕が注意すると、そういうとマーキナーは慌てた様子で前を向いた。
「……ホテルに着いたら、今日中にサマーワの方まで向かいたい。」
「構わないケド。どうしてサマーワなんだい?」
「見たい遺跡がある」
サマーワは、かつてメソポタミアに存在した古代都市・ウルクがある地域だ。旧約聖書ではエルクと呼ばれている。そして人類最古の物語である“ギルガメシュ叙事詩”の舞台にもなっている。その主人公であるギルガメシュは、前世の僕と同じく“全てを知る者”でもあるので、なんとなく親近感があるのだ。
「アア、ウルクの遺跡が見たいのか。わかった。」
「助かるよ、マーキナー。」
モイラとエンリルが今この状況を見てしまったら、僕はこっぴどく叱られてしまうかもしれないなあと、ふと考えてしまった。今僕の隣でハンドルを握っているのは、紛れもなく前世で大罪を犯した裁かれるべき存在だ。それなのに今世の彼からは、全くそんな気を感じなかった。
会話をしているうちに繁華街の方までやってきたようだった。7時半ともなると、徐々に人が増えて活気が出てきており、中には路上で優雅にコーヒーを嗜んでいる人もいた。紛争地帯だったとはいえ、こうして人々が平穏に暮らしている様子は中東地域に危険なイメージのある人々に一度見て欲しい光景だ。考えごとをしているうちに、ホテルの前まで到着したようだった。
「コーヒー買って、ココで待ってるからね〜」
「ああ。ちょっと待っててくれ」
マーキナーは僕を車から降ろしたあと、微笑みながら手を振って、コーヒを買いに行った。
僕はマーキナーの車が姿を消したことを確認してからホテルの玄関を通ってロビーまでやってきた。ホテルの内観は質素ではあるが意外にも綺麗であり、セキュリティ面もしっかりしていそうな作りになっていた。
朝であるにも関わらず、ホテルの従業員に「部屋は清掃が終わってるから、このままチェックインをしても構わないよ」と言われたので、お言葉に甘えてそうすることにした。
部屋に入ってキャリーケースを置き、貴重品だけ持って再びホテルを出た。そこから少し歩いた先でSIMカードを買い、現金を下ろしてまたホテルの方へ戻った。すると向かいでマーキナーの車が停車していたので、助手席に乗り込んだ。車内はコーヒーの匂いが漂っており、つい僕もコーヒーが飲みたくなってきてしまった。
「オカエリ。要は済んだカイ?」
マーキナーは先ほどと変わらない様子で僕を車に迎えた。
「ああ。」
「ウルクの遺跡までは3時間弱かかるから、到着するのは12時ごろかなァ。」
マーキナーはナビを設定したあと、車を走らせた。
「せっかくだしイラク料理が食べたい。どこかおすすめないのか?」
「おじさんのチョイスでいいのカイ?」
「この際だから、現地に住んでるお前に任せるよ。」
そういうとマーキナーは考え込んで、じゃあ屋台がたくさんある場所でなにか食べようと言い、その後の会話は続かなかった。沈黙ばかりが続くと気まずいので、僕は極力話しかけて情報を抜こうと思った。
「マーキナー、お前はどうしてバグダードに住もうなんて思ったんだ?」
「ボクが前世で生まれた場所がこの地域なのサ。」
「ふうん」
前世でモイラが言っていた。マーキナーはギリシャで名を馳せた吟遊詩人だったが、生まれはメソポタミアの方だと。もっとも、八十葉始と共に行動していたのだから、メソポタミア地域からギリシャに移ったことがあるのだからなんとなく納得はできる。
「陽川くンは、前世の記憶を持っている、なんてヤツと会うのはボクが初めてだったのかな?興味深いだろう、そんなものがあるのかってネ。」
「ああ。」
創希の存在を悟らせないためにも、僕は嘘をついた。マーキナーに創希の存在が知られたら、たまったものではないからだ。
「…キミの友は悲しいだろうねえ。ボクに先を越されて」
マーキナーは僕に向かってそう呟いた。なにか含みを持つような言い方なのが気になるところだが、下手にこちらが踏み込むと嘘がバレてしまうので、心のうちに留めておくことにした。
「創世紀は、前世の記憶を持つ者にとっては回顧録のようなモノ。だからボクは勝手に、創世紀と前世の記憶をイコールで考えていル」
「じゃあ、僕が創世紀を知りたいと思うのもそのせい?」
「そうかもねェ。」
確かに創世紀には、genesisという少年が登場する。主人公であるgenesisは、前世の創希の生まれ変わりだ。つまり彼は二度も転生しているのだ。創希と出会って僕は創世紀=前世であることに確信を持ってしまったのだ。創希は前世でも、genesisだった頃も「主人公」という物語を動かす立場にあった。それは神仏的な、いや、悪魔的な力を持つ立場だ。なので、創世紀に盲信的になっている奴らからすれば崇拝の対象になりかねない。そうなると創希は、この世界でもまた危険な道を歩むことになる。
「……難儀なものだな、前世というのは」
「フフ、そうだろう。本当に難儀で、厄介サ。」




