知りたい
現在時刻、午前6時過ぎ。
イスタンブールからバグダードまで、飛行機で約2時間半。僕はようやくイラクのバグダードにやってきた。
ビザを取得して入国審査を終え荷物も回収した僕は、早朝なのでとりあえずなにかご飯を食べたいと思い到着ロビーまで歩くことにした。
イスタンブール国際空港や羽田空港などとは違い、ブランド物のお店や飲食店は少ないように思う。廃れているわけではなく、むしろ空港の内装はモスクのように豪華であり、見応えがあるのだが、それに比べて賑やかな雰囲気ではないため見劣りしているような感じがする。
僕は小さな売店でクッバという、メンチカツに似た揚げ物を買って食べてみた。メロンパンくらいの大きさなので、一個でかなりお腹が膨れる。野菜とラム肉が口の中で程よく溶け合って美味しかった。
お腹が膨れたところで、バスやタクシー乗り場の方まで来てみた。周囲を見ると、タクシーのキャッチが観光客を狙って待ち伏せしている。ここには電車やバスはないので、元々タクシーに乗って市内まで行こうと思っていたから好都合だった。
歩いているうちに、いつのまにか1人だけでなく数人のキャッチに囲まれていた。僕はそいつらにイラク語で「1番安く乗れる奴の車に乗る」と言った。すると目の前で値切りオークションが始まり、面白いことに最終的には日本円で2000円ほどの運賃でバグダード市内まで連れていくと言い出したタクシードライバーがいたので、僕はそいつについていくことにした。
すると僕の背後から、背丈が190cmほどある大柄で身なりがしっかりした中年男性がやってきた。
「そんな安いタクシーに乗っちゃってイイのかネ?悪い人かもしれないのニ」
聞き慣れた日本語を気色の悪い口調で話す背後の人物に、最悪なことに心当たりがあった。僕は振り返ってそいつを直視した。僕はそいつを見て、身を震わせた。中東に来る上で最も警戒すべき悪人に出会ってしまった、とでも言っておこうか。
今目の前にいる奴は、紛れもなく、“マーキナー”だった。
マーキナーは、前世では八十葉の狂信者であり、友人であり、従順な従者だったオッサンだ。いや、金魚のフンと言った方がいい気がするので、八十葉の金魚のフンと言っておこう。
マーキナーとは直接的に殺し合いをしたわけではないが、コイツの前世での悪行はよく知っている。前世で僕の友人だった“モイラ”や“エンリル”の過去に深く関わっており、人々を手のひらの上で散々もて遊び、多くの命を奪った精神病質者だ。よくこの世に転生できたものだ。
なのでマーキナーと僕は前世では敵対関係にあったが、本来なら不干渉で終わるはずの関係だ。それなのにこんなところで僕にわざわざ声をかけるということは、マーキナーも前世の記憶を持っているのだろう。そして、創世紀について何か知っている。僕はそう推測した。なぜ僕がここにいることがわかったのかは謎のままだが、僕はまた、わざと前世の記憶を持っていないフリをした。
「今良いところなんだから、邪魔しないでいただきたい。」
「おっト、これは失礼した。キミのタクシー値切りオークションに参加しタイと思ってね。無償でどうダイ?」
「は?」
まさか交渉に乗ってくるとは思わず、しかも無償で、なんていうので声が漏れてしまった。どう考えても怪しすぎる。怪しいのは見た目だけにしてほしかった。困惑する僕をみて、マーキナーはニコニコしながら再び僕に話しかけた。
「アア、怪しい者じゃァないよ。ボクがキミをここから連れ出して、どこへでも連れていってあげよう!最高の旅にしてあげよう!って提案しているのさ。それに」
“前世からの縁じゃァないか、陽川捏くン。”
マーキナーは僕の肩を掴んで、小声で確かにそう言った。僕の見立て通り、コイツも前世の記憶持ちらしい。
「前世?僕と、お前が?」
「もう、忘れてしまったのカイ?それとも演技?キミは人を欺くのが上手だからねェ?」
演技、と言われると少しだけ身構えてしまう。前世の頃とちがって、僕の嘘はかなり見抜きやすいのかもしれない。今後のためにも、周囲に悟らせないようにしなければ。
「生憎そんな運命的なものはお前からは感じない。僕はお前を知らないし、知っていたとしてもお前に縋ることはないだろうよ」
僕もマーキナーも日本語で会話するからか、先ほどまで値切りに励んでいたタクシードライバーたちが黙ってその場に立ちすくんでいる。どうかそのままここにいてくれ。僕はマーキナーについて行く気はない。
「ヒドイ言い草!本当に記憶がないなら、なぜボクについて来ないんダイ?」
「無償でどこへでも…って、そんな見え見えの詐欺にひっかかるバカがどこにいるんだよ。大人しく別の獲物を探すんだな」
僕はそう言って、僕の肩を掴んでいた手を振り払った。最安値で提案してくれたタクシードライバーについて行こうとした。するとマーキナーが焦った様子でこちらを追いかけてくる。不愉快にも程がある。
「キミが知ろうとしていることは、この世界の深淵を覗くことと同義。1人で行くのはァ危ないよ!」
「僕の目的がなんなのか目星がついてるのか?大層なことだな」
「記憶の有無に限らズ、“前世”を生きた者たちは皆、“創世紀”を探し出すからね。」
唐突に出てきた“創世紀”という言葉に、思わず顔を顰めた。マーキナーに忠告される筋合いはないが、やはり前世と創世紀には、なにかしら深い関わりがあるのだろう。そしてコイツが創世紀を知っているということは、もしかしたら宗教組織のことも知っているのかもしれない。
「…」
「図星かい?やっぱり創世紀について何か知りたくてここに来たんだねェ。今世でのキミはかなり分かり易くて助かるよ。ちゃんと“人間”なんだねェ」
マーキナーは僕の顔を見ながら、鳥肌が立つくらいに気持ちが悪い笑みでそう言ってきた。マーキナーも“人”として生まれているはずなのに、人間ではない何かと対峙している気分になって、僕は早くこの場を離れたいと思った。
「妄想の話は終わったか?僕はもう行くぞ」
「まあ、記憶がないならそれはそれで好都合ダ。ボクと一緒に行動した方が安全で有意義なものになると思うけド、それでも君はついてこないのカイ?」
マーキナーの気持ち悪さは置いておいて、ここまで僕を引き留める理由が何かあるのだろう。僕はそれについて知りたいと思えてきてしまった。自分の身の安全が1番なのは承知だし、コイツの言葉は何一つ信用してないが、万が一何かあった場合すぐに離れられるようにしておいて、コイツの手に乗っかってみるのもアリだな、と考えついた。
「お前について行ったとして、僕になんのデメリットもないんだな?」
「そうさ。キミが知りたい事をボクは全部知っている」
「………滞在期間は3日。その間お前は僕にこき使われることになるが良いのか?」
そういうとマーキナーはまたニヤニヤと気持ち悪い面をしだして、喜びを隠せないとでも言いたげな動作で僕に再び近づいた。
「アア。キミのせいかは理解している。ようやくわかってもらえたようでナニヨリだ。さあ、ボクの車まで案内するよ。楽しい旅にしよウ」
「………滞在期間は3日。その間お前は僕にこき使われることになるが良いのか?」
そういうとマーキナーはまたニヤニヤと気持ち悪い面をしだして、喜びを隠せないとでも言いたげな動作で僕に再び近づいた。
「アア。キミの性格は理解している。ようやくわかってもらえたようでナニヨリだ。さあ、ボクの車まで案内するよ。楽しい旅にしよウ」
実のところ、マーキナーが僕の後を追っていたのを確認している。創希とウフィツィ美術館で会話をしていた際、部屋の扉の前で立っていたことに僕は気がついていた。創希を追うのはわかるが、どうして僕についてきたのか全くわからなかった。しかし、ここは一旦前世のことを忘れて、僕が知りたいことを全て知っていて、その上ツアーガイドまでしてくれるというマーキナーについて行くことにした。
今世でのコイツの素性は全くわからないが、常に警戒するよう心がけて僕はマーキナーの車に乗った。




