また今度
「ーーー俺の存在は、まだ誰にも知られていないはずです。」
「そうだな。」
「なぜ?とは聞きません。あなたのことだから、いつか必ず俺に会いにくるだろうと思っていました。」
僕の目の前にいる少年は、淡々とそう述べた。
「たまたまお前を見つけた、っていったら信じるか?」
「まさか。嘘に長けたあなたの言葉を信じる人なんて、この世に数人程度でしょ?」
「ははっ、言うようになったな」
「“創世紀”のためにこんなところまで来るなんてーーーーー」
“生徒会長らしいですね。”
確かに目の前の少年はそう言った。
気がついた頃にはすでに17時になっていた。あのあと私たち3人は、思う存分に奈良を楽しんだ。エンリルくんが奈良公園で鹿せんべい目当ての鹿に襲われたのが面白くて、思い出し笑いしてしまう。かくいう私は、なぜか鹿に懐かれてストーキングされたのだが、その話は捏にでもしようと思う。
エンリルくんとモイラくんはすぐ近くのホテルへ向かったので、今は私1人で奈良公園周辺をうろうろしていた。捏とは、まだ連絡がつかないままだった。
歩いているうちに、また興福寺中金堂の前までやってきてしまった。夕方になってもなお、多くの観光客で賑わっている。前世の私はかつて、平城京で暮らしていたことがあった。なので、前世の頃に見ていた景色と今日見てきた景色の違いに、思わず耽ってしまう。そういえば前世で捏と再会したのも、中金堂の前だった。そのときの捏の驚きようといえばもう、滑稽だった。捏には【捏造】という能力が備わっていた。それは“創作者”特有の超能力。端的にいえば「嘘を絶対的にする力」だ。捏は自身が持っている情報を元にして、ありとあらゆるものを書き換えることのできる、創作者の中でも超越した存在だった。神話を書いた創作者なのだから、当然と言えば当然なのだが。
捏はその能力のせいで、他人はもちろん、自分のことでさえ信用していないように思う。
だから、前世での業から解放された今の捏は、見ていて心地の良いものだった。
「おい」
突然誰かに声をかけられた。その声はよく聞き慣れた声で、誰なのか一瞬でわかった。私は咄嗟に後ろを振り返り、声の主に怒りをぶつけようと思った。
「捏!」
後ろを振り返ると、立っていたのは捏だった。
「君、今までどこ行ってたの?連絡もつかないし!」
「すまん。思いの外用事が長引いてさー」
捏はそう軽薄な返事をした。しかし私の怒りは不思議とおさまった。いつもこうだ。別に捏は私を丸め込もうとしているわけではないし、言葉から誠意を感じない。だけど、こうやって捏に振り回されているときだけ自然と許そうという気になる。
「まあ、構わないけどさ…今日一日暇だったし」
「…って捏、なんで鹿せんべい持ってるの?」
ふと捏の手を見ると、鹿せんべいを持っていることに気がついた。
「ああ、これ?家で食う用」
「ん?」
聞き間違えたのだろうか。そうじゃないのだとしたらかなり捏の味覚を疑うのだが。鹿せんべいは鹿の健康を害さないよう小麦粉と米ぬかでできており、味付けもされていない。なので食べても美味しくはないだろう。
「え、食べるの?それ」
「え?うん。初も食う?」
「いや遠慮するよ…。」
どうやら捏は本気で鹿せんべいを食べる気でいるらしい。狂気の沙汰じゃないと思いつつ、私は捏に会って家の鍵を渡すことが本来の目的であるのを思い出した。
「あ、そうだ。捏、家の鍵」
「おお、サンキュ〜〜。別にお前がこのまま持っててよかったのに」
「君ねえ…私のこと信用しすぎだよ。悪い人だったらどうするの?」
「悪いやつじゃないだろ、お前は。」
捏にしては素直にそういうので、思わず言葉に詰まってしまった。変なところで素直なのだ、この男は。私が急に黙ったことに対して捏は不思議そうにこちらを見つめた。何か変なことでも言ったか?という顔をしている。
「…なぜそう言い切れるんだい」
「なんとなく?」
本当に、君ってやつはどこまで私の心をかき乱すのだろう。嬉しさがある反面、少し複雑な気持ちになった。なぜ捏は記憶がないのだろうか。私の何を見て、信頼できる人間だと判断したのだろう。言葉では表しきれないほど釈然とした気持ちになった。
「というか、捏は今日どこ行ってたのさ」
「新幹線の切符を買いに。あとかき氷食いに行ってた。」
捏は大のアイス好きだ。それはもう、1日3食必ずアイスを食べるほどには。奈良はかき氷激戦区なので、美味しいお店が多いのだろう。
「いいなあ、私もかき氷食べたかったなあ。なんで起こしてくれなかったのさ」
私は口を尖らせて捏にそう言った。しかし捏は少し戸惑いながら理由を述べた。
「起こしても起きないから置いてきたんだよ!」
「あーあー食べたかったなあーかき氷〜〜」
「うるせえ!」
捏を揶揄うのは相変わらず楽しい。捏は普段は人を揶揄う側だ。他人にはおちゃらけたり、自分のやるべきことを押し付けたりする。しかし私にはそれをしてこない。付き合いが長い故の態度だろうと、私は勝手に思っている。
捏は新幹線の切符を買うことと、かき氷を食べることに時間を費やしたようだった。たが、それだけの用事でほぼ一日が潰れて、さらに連絡まで途絶えるのは不思議でしょうがなかった。
「新幹線の切符買いに行ったって言ってたけど、どこ行くの?」
「東京。明日奈良を出る」
「旅行?」
「一応は。すぐ戻るよ。多分」
言い方から察するに、いつ奈良に戻るのかは決めていないのだろう。東京に実家があるとは聞いているが、その実家とは縁を切っていると言っていたので、帰省ではないのだろう。詮索するつもりはないが、捏が東京へ何しに向かうのか気になって仕方がなかった。
「…そうなんだね。じゃあ少しの間捏とは会えないのかあ」
「僕とそんなに一緒にいたいの?また後日会えばいいだろ」
そう言われると嬉しくて照れてしまう。捏がまた会おうなんて言ってくれるのは珍しいから、私は笑顔で「そうだね。」と返した。
「そういう初は家に戻らずに今日一日何やってたんだよ?」
「たまたまモイラくんとエンリルくんと会ってさ。そのままこの付近で遊んだんだ」
「はあ!?アイツらと!?」
捏が驚くのも無理はない。前世の記憶を持っており、かつ前世で捏と友人だった人と会えるなんて、天文学的な確率だ。私もこんなにも早く2人と出会えるとは思わなかった。
「…そーか。アイツらと…」
捏は先ほどの驚いた顔から一転して、少しだけ寂しそうな顔をして呟いた。
「なんだい、その顔は。輪に入りたかった?」
「……別に。前世の記憶持ち同士だし、仲良くなれただろ?」
皮肉を言うような口調で捏はそう私に言ってきた。もしかして、自分の記憶がないことを負い目に感じているのだろうか?だとするなら、さきほど冗談混じりに「輪に入りたかったのか」と言ってしまったことを申し訳なく思った。
「君ほど仲良くなったわけじゃないよ。いい子たちだね、彼らは」
「ああ。いい奴らだよ、本当に」
捏のその言葉には、普段の軽薄さもなく、短絡的な考えから出た言葉でもないことがわかった。それでも、いい友人を持ったことに対してなぜか申し訳なく思っていそうな表情をしていたのが気になった。
「あいつらとは東京で落ち合う予定なんだ。だから奈良に来ていたのを今知った」
「モイラくんとエンリルくん、捏に何度連絡しても繋がらないって言ってたけど」
「やべ、スマホ見てなかったわ」
「君ねえ…」
捏はスマホを開いて、モイラくんとエンリル君からの連絡が大量に来ていることを今確認したようだった。
「ってかもうこんな時間か。そろそろ帰らねーと…」
時刻は18時になっており、周りにいた観光客も滞在先のホテルへ戻ったのか人よりも鹿の数の方が多いように思えた。私も捏と同じくそろそろ自宅へ戻ろうかと思う反面、ここで帰ってしまえば、捏は今度、いつ自分に会ってくれるのか不安になってきていた。捏は院生であり、海外や日本各地を飛び回っているので、私に裂く時間は少ないことは理解していた。
「初」
「ん?どうしたの?」
「来週、また会おう。連絡するから」
捏はにこりと笑って、私にそう言ってくれた。
その後、私たちは近鉄奈良駅で別れて、各々帰路についた。
私にはまだ知らないことがたくさんあるなあと思った。




