第二章 アリス
一
ランド王国の南東、帝国領パーム公国の国境付近にあるケント村は、パーム公国とランド王国との小競り合いが絶えず、両国からの法外な搾取、強制連行などが繰り返され、荒れ果てていた。
多くの村民が奴隷や戦闘員として連れていかれ、村には幼い子供と老人だけがとり残された。金も食料も、ましてや薬などあろうはずもなく、病気にかかった者から順に死んでいく。死と隣り合わせの状況下で、子供たちは皆で協力し合ってその日の命をなんとかつないで生きていた。
そんな過酷な日々の中で、いつも強気で前向きなラインはみんなの心の支えだった。どんなに辛い時でもラインは決して諦めず、仲間を思いやり明るい言葉をかけてくれた。ラインについていけば生きていける、そんな気持ちにさせてくれた。
ケント村の痩せた土地では、わずかな芋と雑穀が採れるのみだった。そんなライン達の主な栄養源は、近くの森で採れる果実や木の実だった。春から秋にかけて収穫したものを乾燥させて、冬に備えていく少しずつ蓄えていく。たまにネズミやリスなどが捕れた日は、久しぶりのごちそうにありつけた。
そんな日々を過ごす中で、ラインとアリスは出会った。
銀色の髪と青い瞳、女性のような目鼻立ち。アリスの手には、幼い妹ポネスの手がしっかり握られていた。
アリスは体は華奢だったが何をやらせても上手で、特に剣術は誰に学んだわけでもないのに、常人のレベルをはるかに超えていた。
二
アリスが村に来て数か月が過ぎたある日、村の広場で喧嘩騒ぎが起きた。
広場では年長組のサカズキと若年組のスティングが仲間を巻き込んで対峙している。発端は、サカズキがディーンの頭を小突いたことだったが、それはきっかけにすぎず、これまでずっと年長組に虐げられてきた若年組が、とうとう我慢できなくなって爆発したのだ。
「おい。サカズキさんよ。あんまり偉そうにすんなよ。いつまでもよ」
剣を肩に担いで不敵に立つスティングに、サカズキの目は明らかに殺気をはらんでいる。
「てめえ・・。クソガキが、なめやがって・・」
団員同士の真剣勝負はご法度だったが、サカズキは、一回りも年下のスティングの生意気な言葉に、すっかり頭に血が上ってしまっていた。
サカズキが腰にぶら下げた愛用の半月刀をヌラリと抜いた。
対するスティングは、ここ最近めきめきと腕を上げてきており、誰と戦っても負ける気がしなかった。
「スティング。やめとけ。相手にするな」
ディーンの諌めにもスティングには届かず、
「ああ。大丈夫だ。遊びだよ。こんなやつ適当にあしらってやる」
そう笑みを浮かべてスティングも片手で剣を構えた。
そうは言ったものの、さすが歴戦を潜り抜けてきただけあって、サカズキには一部の隙もない。
対するサカズキも剣を構えるスティングに想像以上の力量があるのを感じ取っていた。
両者しばらくにらみ合っていたが、ふとスティングがゆらりと体を倒したかと思うと、驚きの跳躍力で一気にサカズキとの間合いを詰めた。
驚いたサカズキが飛び退くより早く、スティングの剣戟がサカズキの胴を切り裂く。
寸でのところでのけ反って服だけを切らせたサカズキだったが、体勢を崩して地面に片手をついた。
その瞬間スティングの追撃がサカズキの頭上に襲い掛かる。
ガキン!
なんとかスティングの一撃をサカズキの半月刀が受け止めたが、その一撃でサカズキはよろめいてしまった。
生じた隙を見逃さず、スティングの前蹴りがサカズキの顔面に迫る。
これは避けられねえ。
サカズキはそう悟った。
次の瞬間、スティングの体が後ろに弾かれた。
尻もちをついたスティングは何が起こったのか分からなかった。
顔を上げると、そこにはアリスが涼しげな顔で、サカズキが相打ちを狙って繰り出した半月刀を細いレイピアで受け止めていた。
スティングは信じられなかった。
あの間合いに入り込んでおれを吹き飛ばすと同時に、サカズキの攻撃も受け止めたのか?
下手したら大けがを負っていた。サカズキの半月刀はスティングの死角から繰り出され、スティングには見えなかった。
しかし、スティングの中では助かったという安堵感よりも、アリスの底知れぬ強さへの衝撃の方が大きかった。
スティングは、これ以上戦う気持ちが失せてしまった。
この一件以来、スティングはアリスを剣の師匠として教えを乞うようになった。
それからも孤児達の間でいざこざが起きると、アリスが赴いてあっといくまに両者を無力化してしまう。自然とアリスは仲間から一目置かれるようになっていった。




