第一章 山雨欲来 (2)
三
「あの風船野郎。絶対にゆるさねー!」
燃え盛る火の中に枯れ枝を放り込みながら、赤髪の少女は目に涙を浮かべている。
皆、一様に沈んだ表情で焚火を見つめている。
あのヒナギクの斬撃で、船に乗り込んでいた団員の半数近くが重傷を負った。スティングが正面で斬撃を防いでいなかったら、多くの死人が出ていただろう。その代償として、スティングは瀕死の重傷を負い、生死の境を彷徨っていた。アジトからほど近い村の医者まで、スティングを連れて行ったディーン達はまだ戻らない。
さらに皆の心を不安にさせているのが、副頭領のアリスの行方がわからないことだった。先の襲撃の時、アリスは東側の崖の上で指揮をとっていたが、赤煙幕で退避したところから行方がわからなくなっていた。確かにヒナギクの斬撃は崖の上にも何度か襲ってきたが、あのアリスがやられるとはとても思えなかった。
皆が囲む焚火から立ち上る煙が、森の隙間をぬってユラユラと昇っていく。
アジトの隅のほうで、別の焚き火を囲んで酒を酌み交わす団員達がいる。
「今日の体たらくはなんだ。あのブタ野郎ごときに、手も足も出ずに、おまけに大事な船まで燃やされちまった!こんな屈辱あるか?ディーンの野郎もとんだ腰抜けだ。そうだろ!」
この盗賊団で最年長のダルマが、他をはばかることなく不満をぶちまけていた。
据わった目つきで周りを睨み、毒とつばをまき散らしている。
「ダルマさんの言うとおりだぜ。せっかく1週間ぶりに出くわした獲物だったのに、何の報酬もねえんじゃ、やってらんねーっすわ」
皆が黙って頷く。
「だから俺は言ったんだ。あの大ぼら吹きなんて信用ならねえってな!ラインは何であんなやつ信用するのかねえ!」
ダルマは、これみよがしに声を大きくする。
「副団長様も見当たらねえしよ~!」
「あいつが裏で糸引いてんじゃねーのか?」
ダルマたちの愚痴は止まらない。
黙って火を眺めていた赤髪の少女ハナが、ゆらりと立ち上がる。
ゆっくりと歩み始めたハナの手は震えていて、手は腰の短刀に添えられている。
「おい・・・ダルマ・・・」
「もう一度言ってみろ・・・」
ダルマの後ろで殺気を纏い仁王立ちしているハナに、
「あ!?うるせー。ガキは、すっこんでろ」
と、振り向きもせず、面倒くさそうにあしらうダルマ。
「そろそろおっぱいの時間だろ」
余計な一言を添えたダルマの首筋に、ハナの短刀が襲い掛かる。
その刹那、誰かの手がハナの右手を強くつかんだ。
「ハナ、やめておけ」
「放せ!」
振りほどこうと藻搔いたが、ハナの手を握る力は強く、動かすことができなかった。
「おい!ダルマ!お前、だれのおかげで、ここでのうのうと生きてるんだよ!!」
ハナはもがきながら、殺意に燃えた瞳でダルマを睨みつけている。
「・・・お前って、だれに向かって言ってんだ」
ゆっくりとダルマの首が振り向き、淀んだ目で少女をとらえる。
「てめーだよ!ダルマ!」
ダルマの手がゆっくりと横に置いてある鉈に伸びる。
「いいかげんにしろ!ハナ!ダルマさんも子供の言う事を本気にしないでください」
さきほどからハナの手を抑えていた大男のホークが、ハナとダルマの間に割って入った。そして、持っていた酒樽をダルマの顔の前に差し出した。
ダルマは、ホークとハナを交互に睨むと、「チッ」と舌打ちをして、ホークが持ってきた酒樽をひったくると、それを持って森の奥へと消えていった。一緒に飲んでいた,ゲン,ヒルマ,サカズキも後に続いて、席を立って行ってしまった。
去っていくダルマたちを見ながら,納得がいかないハナは、
「私、子供じゃないし!」
そう言ってホークの大きい手を振りほどく。
「ああ、わかってるよ。ごめんよハナ」
「いつでもやってやる。あんなやつ」
「ハナ。そんなこと言うな」
「どうしてさ!なんであんな奴のさばらせておくのさ!ろくなことしかしないじゃないか!」
「まあ。ダルマさんは、ダルマさんなりの考えがあるんだよ」
「しんじらんない」
ハナはやり場のない怒りを込めて、持っていた短刀をダルマ達が去った方の大木に投げつけた。ナイフは大木に突き刺さり、鈍い音を立てて震えている。
四
夜もふけ焚火も下火になってきた頃、ディーン達が戻ってきた。
ハナが真っ先に駆け寄りスティングの安否を尋ねた。
「ディーン。スティングどうだった?」
「ああ。大丈夫。ちと後は残るが命には問題ねえってよ」
それをきいたハナの表情はパッと明るくなって、
「ほんと!?よかったー。もうどうなることかと思ったよ~」
ハナは胸に手を置いて、大きく息を一呼吸した。
「ディーン。スティングは本当に大丈夫なのか?あの感じ、だいぶ重そうだったが・・」
「ああ。まあ、多少問題は残るだろうが・・。あいつは強いから大丈夫だよ」
そういって言葉を濁すディーンの冴えない表情を見て、軽い傷ではないことを察したジュンは、それ以上は聞かず「そうか」と頷いた。
「なんか残ってねーか?俺たちは何も食べてねーからよ。腹ペコだぜ」
「あ、あるよ!今取ってくる!」
ディーンたちが帰ってきて元気を取り戻したハナが、炊事場に走っていった。
「おい!みんな!今回はちとしくじったがどーってことはねえ。俺たちの未来は明るいまんまだ。大丈夫。船だってまた買ってくりゃすむ話だ!」
ラインはそう言ってボッカ酒を一気に飲み干した。その声で、皆の今までの暗い気持ちが少し和らいで、「そうだな」とか「よし、やるか!」という声がちらほらと上がりだした。新たな酒が盃に注がれ、あちこちで歓声が上がりまた宴会が始まった。ラインの強気な言葉を聞いて、皆の心も少し落ち着いて、希望の力が湧いてくる。今回もきっと大丈夫だ。ラインの陽気な表情を見てみんなそう思うことができた。
宴会も終わり皆が寝床に戻っていって、広場では焚火の炭が赤々と灯っているだけだった。
ラインは一人、崖の上にある大岩に座り、目の下のアジトをぼんやり眺めながら、幼い頃のことを思い出していた。




