アリス(2)
三
アリスがこの村に来て三年の月日が流れていた。
ラインとアリスは、性格・行動がまるで違ったが不思議と気が合った。
ラインは自然と人を引き付ける魅力があり、その言葉にはいつも皆に力を与えてくれる。一方アリスは、その圧倒的な強さとどこか浮世離れした美しさが相まって、カリスマ的な魅力でみんなを惹きつけた。
二人がいれば自分たちは最強だ。村のみんな本気でそう思うようになっていた。
この辺りは、山賊のアジトがそこかしこにあって、小競り合いも多かった。ライン達は、二人のリーダーを中心に、周辺盗賊団との争いやパーム公国の脅威から村を守り続けていた。
ある夏の昼下がり、ラインとアリスは二人並んで酒樽に腰掛けぼんやりと青空を眺めていた。
「なあライン。俺とお前がいれば、どこへでも行ける、そんな気がするよ」
ふと口にしたアリスの言葉が、ラインにはとても嬉しかった。
それが友情からくるものなのか、それとも恋なのか。
よくわからなかったが、ラインの心の中でアリスの存在はとても大きなものになっていた。
「ああ。俺もそう思うよ」
そう言って二人は微笑み合った。
四
森の木々が赤黄色に彩付いて、空にはうろこ雲が点々と流れる真っ青な空が広がっていた。
「クレア。それなあに?」
「あらポネス。こっちいらっしゃい」
そう言われたポネスは、クレアのそばに駆け寄った。
「これはね。麦を育てる畑をつくってるのよ」
「麦?」
「そう。麦。麦が採れれば、パンが作れるのよ」
「えー。ポネス、パン食べたーい」
「うまくいけば来年の夏には採れるから、そしたらポネスに一番にパンを焼いてあげるね!」
「ほんと?わーいやったー!」
ぴょんぴょん跳ねて嬉しがるポネスを見ていると、クレアも麦ができるのがより一層楽しみになった。
はしゃぐポネスのかぶっていた麦わら帽子が落ちた。クレアはそれを拾いながら村をあらためて眺めた。
昼食の準備をしている炊事場からは白い湯気が上がっている。向こうの鍛冶場では鉄を叩く音が聞こえる。近くの泉から引いてきた小川が、村の中央を流れ、白や黄色の花々が咲いている。
ああ。どうかこの平和がいつまでも続きますように。
クレアはそう願いながら、ポネスの麦わら帽子についた土を払った。
その三日後のことだった。
アリスが目覚めた時、どこか違和感を覚えた。
いつもは早起きのポネスの物音で起きるのだが、今日は何の音も聞こえない。
ポネスのベッドに近づいて様子を見ると、寝息が荒い。ポネスのおでこにあてたアリスの手に、異様な熱さが伝わってきた。
アリスの鼓動が波打つ。
急いで村一番の知恵者のドン爺を呼びに行った。
ポネスを診察したドン爺は、肩を落とし震える手で毛布を掛けなおすと、
「こりゃ・・黒死病じゃ」
と告げた。
薬も無く医者もいないこの廃村で、たちの悪い流行り病に罹患することは死を意味する。
高熱でうなされるポネスを皆で看病したが、ポネスは回復するどころか日に日に衰弱していった。
アリスは、うなされるポネスを前に「どうすれば助かるんだ・・・」と唇を震わせ、祈るようにポリスの手を握り続けた。アリスの憔悴しきった姿に、あの自信に満ち溢れた姿は見る影もなかった。
日に日に弱っていくポネスに耐えかねたアリスはある日、「ライン、おれちょっと行ってくる。ポネスを頼む」そう言い残すと、ライン達が止める間もなく部屋を飛び出していってしまった。
二日後、村に戻ってきたアリスが部屋の扉を開けると、そこには小さな花が添えられたポネスがやすらかな顔で眠っていた。
立ち尽くすアリスの服は返り血で染まっていて、その手には血塗られた薬瓶が握られていた。
アリスはその場で泣き崩れた。
「なんでだ・・なんでこんな目にあうんだ・・・」
人目をはばからず号泣するアリスの悲痛な叫び声が、村中に響き渡った。
その日からアリスの何かが変わったような気がした。
普段と変わらず会話もするし、笑いもする。だけど、どこか違う。
ラインの心に生じた不安の波紋は、なかなか消えそうになかった。
日が経つにつれアリスは皆の輪からはずれて、ぼんやりとど過ごすようになった。
ポネスが亡くなって1年が過ぎ、二人でポネスの墓に花を添えに行った時、真っ青な空に昇っていく白龍を見上げながら、アリスがぼそっとラインにつぶやいた。
「なあライン。このままじゃあ、だめだよ」
その時のアリスの顔は、悲しいような、笑っているような、どこか人を不安にさせるものがあった。
「ダメって何がだよ?」
アリスはそれには答えず、黙ってポネスの墓石を見つめるだけだった。




