ロンリコ151
「これはストレート一択だな。水で割ったり、氷が溶けたら75度じゃなくなるからな」
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ことの始まりは数日前。
いつもの飲み屋「オーキッド」でのことだ。
力は今日も酒のカタログを真剣な目つきで眺め、珍しい酒を探していた。
ここオーキッドでは、欲しい酒があればママに頼んで酒屋の定価で取り寄せてキープできる。
そのカタログから力が見つけて注文した一本の茶色い瓶――
◆
そして今日、カウンターに鎮座していたのは、アルコール度数75度のラム酒「ロンリコ151」だった。
「これはストレート一択だな。水で割ったり、氷が溶けたら75度じゃなくなるからな」
「お前、それ正気か? 消毒液飲んでるのと変わらんぞ」
「なに言ってんだよ。このガツンと来るのがいいんじゃないか。ほら、一口飲んでみろよ」
「……ありがとう」
グラスを受け取り、一口だけ口に含んだ。
――驚いた。75度という極悪な数字から想像していたものではなく、
舌の上を滑る味わいは拍子抜けするほど滑らかで、甘やかな香りがふわりと広がったのだ。
だが、油断したのも束の間。
呑み込んだ直後、胃の奥からカッと灼熱の波が押し寄せ、全身の血が一気に巡るような猛烈な衝撃が駆け抜けた。
まるで冷水を頭から被せられたかのように頭が冴え渡り、さっきまでの酔いが一瞬で吹き飛んで体が「シャキッ」と覚醒する。
味の優しさと、体に伝わる威力のギャップがあまりにも凄まじい。
「……おいおい、味は信じられないくらい口当たりがいいけど、体の中が一気にシャキッとするぞ」
俺が目を丸くして呟くと、力は「だろ?」と満足そうにニヤリと笑う。
カウンターの奥ではママとバイトのゆみちゃんが「またバカなことやってる」と言いたげにあきれ顔でクスッと笑った。
珍しい酒を取り寄せては無茶な飲み方をして盛り上がる力と、それに付き合って呆れる俺。
そしてそれを温かく見守るママたちの視線――そこまでは、いつも通りの微笑ましいオーキッドの日常だった。
問題は、その後の力のペースだ。
そこまでは、いつものオーキッドの風景だった。
問題は、その後の力のペースだ。
いくら酒に強いと言っても俺よりは弱い。
ましてや75度のラム酒である。
ちびちび飲むならまだしも、力は夜が更けるにつれて調子を上げ、あろうことかそのロンリコを一晩で丸々一本、空けてしまった。
「力、もうやめとけって……って、お前全部飲んだのか!?」
「んあ?……へへ、まだまだ余裕だって……」
ろれつの回らない声を残し、力は千鳥足で店を出ていった。
俺が残って飲んでいると、バイトのゆみちゃんが困り顔で力のカバンを持ち上げてきた。
「拓海さん、力さん荷物全部忘れていっちゃった。届けてくれる?」
「あーあ、あいつめ……わかったよ」
◆
小一時間ほど飲んで寮へ帰ると、玄関の土間に大きな影が転がっていた。
力だ。
野生動物並みの帰巣本能でここまで戻ってきたものの、玄関をくぐったところで力尽きたらしい。
顔を近づけると、酒臭い息とともに規則正しいイビキ。
よし、生きてはいる。
「おい、力! しっかりしろ!」
揺さぶっても「うぅ……」と唸るだけ。完全に泥酔だ。
一人で運ぶのは無理だと判断し、俺は助っ人を呼ぶことにした。
四階まで階段を駆け上がり、同期の類の部屋を叩く。
「類! 起きてるか!? 緊急事態だ!」
ガチャリとドアが開き、眠そうな類が顔を出した。
「なんだよ、こんな夜中に……って、すごい酒の匂いだな」
「玄関で力が倒れてるんだ。いいから来てくれ! 一人じゃ運びきれない!」
類を玄関に向かわせ、俺は力の部屋へ向かった。
鍵は開いていた。
カバンと上着をデスクに置き、部屋を見渡す。
予想通り、布団が敷きっぱなしだ。
「これだ!」
敷布団を引っ剥がし、玄関へ持っていく。
「よし、力。ちょっと移動するぞ」
意識のない力をゴロゴロと布団の上へ転がし、俺が頭側、類が足側を持つ。
「せーのっ!」
「ぐっ……! 重い……!」
「力のやつ、明日絶対奢らせるからな……!」
布団は特製の簡易担架と化し、体重が分散されて運びやすい。
とはいえ大男一人、四階まで運ぶのは極上の重労働だ。
階段を一段一段、慎重に上っていく。
夜中の寮の階段には、俺と類の荒い息遣いと、布団の中で爆睡する力のイビキが響いていた。
――そのときである。
廊下の奥の部屋から、妙に明るいシンセサイザーの音が漏れてきた。
C-C-Bの『Romanticが止まらない』だ。
夏の寮では、誰かしらが深夜ラジオをつけっぱなしにしている。
よりによってこのタイミングで、あの軽快なイントロが流れ始めた。
「おい拓海……なんか、場違いに陽気な曲流れてないか……?」
「こっちは75度のラムで沈没した男を運んでんだぞ……ロマンティック止まれよ……」
類が苦笑し、俺も吹き出しそうになる。
だが笑った瞬間、布団の中の力が「んあ……海だぁ……ロマンチックぅ……」と寝言を呟き、体を大きくよじった。
「おいおいおい! 動くな力! バランス崩れるって!」
「ちょ、拓海! そっち下がった! 俺の腕死ぬ!」
「俺だって死ぬわ! 類、階段! 階段気をつけるぞ!」
廊下のスピーカーからはサビが元気よく流れ始め、俺たちの悲鳴と力のイビキが混ざり合って、現場は完全にカオスと化した。
騒ぎを聞きつけた先輩たちが部屋から顔を出す。
「お前ら何やってんだ……って、なんだこの曲のタイミング……!」
「先輩! 手伝ってください! ロマンティックが止まらないんです!」
「意味わかんねぇけど分かった!」
先輩たちも加わり、数人がかりで布団担架を持ち上げる。
しかしラジオの曲はさらにテンションを上げ、廊下に軽快なビートを響かせる。
「おい、曲のせいでテンポが狂うんだよ!」
「むしろリズムに合わせたほうが運びやすいかも……?」
人数が増え余裕が出てきた類が悪ノリを始めた。
「やめろ類! そんなノリで運んだら落とす!」
結局、ラジオから流れるサビと俺たちの掛け声が妙にシンクロしながら、なんとか四階の部屋まで力を運び切った。
布団を畳に滑り込ませると、力は「ふにゃ……」と満足そうに寝返りを打ち、廊下からはまだ『Romanticが止まらない』が流れ続けていた。
「よし……任務完了だな」
類はぐったりしながらも悪戯っぽく笑い、自室へ戻っていった。
俺も疲労困憊の身体を引きずりながら自分の床に就いた。
◆
翌朝。眩しい朝日が差し込む頃、食堂へ向かうと、類と――なぜかすこぶる晴れやかな顔の力が座っていた。
顔色は少し赤いが、二日酔いの苦しみなど微塵も感じさせない。
「おはよう、拓海!」
元気に手を振る力。
俺と類は顔を見合わせ、深いため息をついた。
「お前……あんなに飲んでよく平気な顔ができるな」
力は胸を張り、得意げに鼻を鳴らす。
「ふふん、俺を誰だと思ってんだよ。どんなに泥酔しててもな、ちゃんと自分の足で部屋まで帰ってこられるんだ。忘れ物もしないでさ!」
俺と類はもう何も言えず、ただ黙って味噌汁を口に運んだ。




