8 まつり
翌日。母は寝ぐらにいると言ったので、私は一人で村に降りた。
夕暮れから、村のあちこちで煙が上がっている。
人から離れたところで様子を伺った。煙の正体は、燃える木組みの柱のようだ。大小様々な火柱が至る所に立ち、火を掲げた男たちが燃やして回っている。女たちは料理を出して、だれかれ構わずに振舞っている。
老いも若きも、女はみな質素ながら美しい晴れ着を着込んでいた。炎のせいだけではない熱気があり、多くの笑顔が行き交っている。こんなに人がいたのかというほど沢山の村人がいて、活気に満ちていた。
これが、まつり。
私と同年代の女を見た。何人かで集まって、楽しそうに話している。それより少し年上の若い女は、晴れ着に合わない古い帯を締めている。どうやら男が手を引くのを待っているようだ。私が見ているうちに、ある若い男が一人の女の古帯をするりと抜いて、近場の火柱に焼べてしまった。そういうものなのだろう。そのまま二人は仲睦まじそうに歩き去った。
私は片腕の男のことを思った。昨日別れたばかりなのに恋しくなった。今私の隣にいてくれたなら、まつりの輪に入っても良いような気がした。
結局、私がまつりに近づく勇気を振り絞るには、夜まで時間がかかった。
すっかり夜になると、流石に小さな火柱たちは消えてしまった。村の中心の広場で轟々と燃える、最後の火柱に吸い寄せられるように、人が集まっている。鼓を打ち、笛を鳴らし、飲み食いしたり踊ったり。昼とはまた別の活気がある。
その中で、私はたった一人だった。外から見ている方がマシだったと後悔した。自分が誰にも見えない、幽霊になった様な気分だった。もっと邪険にされたり、追い出されたりするのかと思っていたのに、誰も私を相手にしなかった。それは思っていた以上にこたえた。
輪の近くに来てみて、自分の服装がひどく場違いである事に今更気付いた。私はこの村に生まれ育った女だという想像で気を紛らわせようとして、余計に虚しくなくなった。
もし母が、私が小さい頃からここに留まっていたら、私もあの素敵な晴れ着でまつりを彩っていたのだろうか。
涙は出なかった。帰ろう、と思った。
広場を出てすぐの家の庭に、綺麗な布がかけてあった。晴れ着だ、と直感した。
どうしても近くで見てみたい。私は晴れ着に近づいていった。いい香りがする。何か香を焚きしめているのだろう。
私も、いつかこんな晴れ着を着てみたいな…。いつかは、普通の家の子みたいに自分の晴れ着を着て、堂々とまつりに行きたい……。
この晴れ着を着た自分を想像しようとしたのに、うまくできない…。
不意に晴れ着が滲んで見えなくなった。自分の中に知らない激情が暴れ出した。私は晴れ着を掴むと、人気のない方へ走った。小さな社にたどり着いて、晴れ着を纏った。一枚の布で出来た晴れ着は、どうすれば、まつりの女たちのように綺麗に着こなせるのか分からない。晴れ着が「お前はこの村の女じゃない」と私を責めた。晴れ着を盗んでいる罪悪感がすぐそこまで忍び寄ってきたけれど、私はそれを無視した。あと少しだけ。あと少しだけ泣いたら、この晴れ着はお返しします。だからもう少しだけ…。
…………哀しい。
ざっ…
誰もいないはずの背後に、人の気配がした。心臓が飛び出しそうなほど驚いた。
振り向いて、その人が目に入って、一瞬幻覚を見ているのかと思った。鼓動が早鐘のように打ち始めた。
彼と目が合っている。精悍な顔立ちだ。あの隻腕の男の顔は髭面だったけれど、髭を剃って若くしたらこうなるだろうと思われた。
彼の目に非難や拒絶の色はなかったが、私は彼が何か言う前に逃げ出した。私が盗みを働くと知られたら、もうこの村には居られないだろう。




