7 私
謎の男は、寝ぐらに着くと母の様子を調べた。母は私を探すつもりだったらしく、寝ぐらから少し離れた所に倒れていた。母が目を覚ますと、男はなに食わぬ顔で朝餉を温め直して、嫌がる母に食べさせた。
薬師というのは本当なのか、背負っていた行李から薬らしき物を取り出して母に飲ませている。
母が力尽きたように眠ってしまうと、男は二言、大丈夫だ、また来る、と言って去っていった。
その日の晩は、男が置いていった食べ物を一人で食べた。夢を見ているようだった。お腹が膨れると、私は泥のように眠った。
男が食べ物と薬を持って寝ぐらにやって来るようになり、母は目に見えて元気になった。あれほど苦しんでいた頭痛と熱にうなされることも無くなり、それと反比例して私は気まずい思いをした。
数日が過ぎた。
「もう大丈夫だろう。俺は明日から自分の村に帰る」
男が私に言った。知らなかったけど、男は山の向こうの住民だったようだ。母のために、この村の何処かに滞在して通ってくれていたらしい。
「どうして、良くしてくれたんですか?」
「不思議に思うか?」
私は頷いた。男は豪快に笑って私の頭を撫でた。答えはくれなかった。父が居たらこんな感じだろうかなどと、詮無いことを考えてしまった。
母が、せめて受け取ってほしいとお金を差し出した。男はそれをちらりと見て言った。
「自分が生きてる範囲で使えない金は、ただの石ころだ。俺には必要ない」
「けれど、あなたは母国の言葉が流暢です。医術の技もお有りです。ずっとここに留まる訳ではないでしょう?」
母の言葉に、男は初めて不快そうな顔を見せた。けれど、そのことに関しては特に何も言わなかった。
「それより、あんたたち母子は話をした方が良いな。生き方について、考えんといかんよ」
母は黙って男に頭を下げた。なりを正し、両手の指先を揃えて深く頭を垂れる仕草は初めて見たけれど、とても敬意が現れていると思ったので、私も黙って真似をした。
「明日は、村に降りてみると良い」
去り際、男が私に言った。
「村に?」
「祭りがある」
まつり、という馴染みの薄い言葉を口の中で繰り返してみた。不思議な言葉だ。
「留まらずに生きる術は捨てなくてもいい。でも、今はここに留まるんだろう?」
私はこくりと頷いた。それから違う事を言った。「また会えますか?」
男は片眉をくいっと上げただけで答えなかったが、それは悪い返事には思えなかった。




