6 私
母から遠ざかりたかった。もう何もかもどうでも良いような気がした。ただじっとしていられなくて、山道を黙々と登った。登りながら、もし、寝ぐらに戻った時に母が死んでいたらどうしようなどと考えしまって涙が出た。自分が何をしたいのか分からない。何かを呪いたいような、逃げ出したいような、助けてほしいような気がした。
地団駄を踏みたくなった。
あまり遠くまで来てしまって、心細いような、自由になったような、酷い悪人になったような気がした。なんだか悲しい。もう、よく分からない。
もう、歩けない。
しゃがみこんで、膝を抱きしめた。私の膝は震えていた。
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」
聞こえていたけど、顔を上げないでいたら肩を揺すられた。
「おい、どうしたってんだ。こんなところで」
その人がしゃがんだ気配がした。膝から額を離して目を開けると、片手のない髭面の男がこちらを覗き込んでいた。男が口を開く。
「…どうしたんだ?」
私は驚いた。男がしゃべったのは、私と母が慣れ親しんだ言葉だったから。言葉が私の口から滑り出た。
「お母さんが、死んでしまうかもしれないの」
言ってから、なんて間抜けな答えだろうと思った。こんな事を言っても何にもならない。
「そうか、それなら医者が必要だな」
予測外の言葉に呆気にとられた。失礼な話だが、こんな田舎者でも病気は医者にという発想があるんだな、などと思った。
「俺は薬師だから、お前の母さんの所に案内してくれるか?」
そんな都合のいい話がある訳がない。何か危ない事に巻き込まれてるのかもしれない。いつもの私なら、直ぐに断って逃げていたはずだ。
だから、この時の私は参ってしまって、おかしくなっていたんだと思う。
小さな子供のように男に手を繋がれて、私は男を寝ぐらに案内したのだった。




