3 火祭り
あっと思う間も無く、彼女はびくりと肩を震わせ、さっと僕の方を振り向いた。
僕の時は止まったような気がした。
僕の耳元で、自分の心臓が一度、大きく打つ音を聞いた。
彼女の驚いた瞳が、僕をとらえている。
その瞳は、驚きにも掻き消されることなく、切なさをたたえていた。
驚きと哀しみが共存する表情は涙で彩られ、月の明かりを受けて光っていた。
僕が見惚れている内に、彼女のうすく開いた唇が引き結ばれた。
彼女はさっと立ち上がり、僕の脇をすり抜けた。
艶やかな晴れ着がつかの間宙を舞って、地面に着地するのがスローで見えた。
彼女は参道を駆け下りてゆく。
足音が遠ざかってからしばらくしても、僕は茫然と立ちつくしていた。
その夜、とある若い女性の晴れ着が盗まれた。
夜のうちに庭で風に当てていた晴れ着が、朝には消えていたのだ。
大騒ぎを開始した女性であったが、女性の家の直ぐ近くの社にて、件の晴れ着は呆気なく見つかった。丁寧に畳まれ、社に供えられていたと聞いて、晴れ着の持ち主は首を傾げたという。
犯人が誰なのか知っているのは僕だけだ。けれど僕は、誰にも犯人を明かさなかった。
僕はまだ彼女と言葉を交わしたことがない。
どんな名前で、どんな声で笑うのだろう。
何処に住んでいて、どうしたら会えるんだろう。
あの夜からずっと、そんなことばかり考えている。




