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石に宿る想い〜花文字師で王子の婚約者候補ですが、この国を救います〜  作者: 原石 結花
サファイア――真実を見抜く石――

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8 仲睦まじい姿を周知せよ

 王宮の廊下は、春の柔らかな日差しに包まれていた。穏やかな光に、心まで自然と緩む。一昨日の騒動が嘘のように、静かな王宮内だったが、衛兵の数だけは明らかに増えている。


 令嬢暗殺未遂事件。

 その事実は表向きでは伏せられたまま、王宮では水面下で捜査が始まっている。


 そして、その裏では――

 もう一つの『極秘作戦』も動き始めようとしている。


「殿下、本当に実行なさるのですね」

 側近のルークが苦笑交じりに尋ねる。


 レオンハルトは歩きながら淡々と答えた。

「俺が許可した」

「……ですが、殿下。婚約者のふりなど、一歩間違えれば王宮中が大騒ぎになります」

「それが目的だ」と、レオンハルトは短く答えた。


「犯人に信じ込ませるには、中途半端では意味がない」

 ルークは肩をすくめた。


(なるほど……。殿下は完全に仕事として割り切っている。だが、リリアーナ嬢はそう簡単にはいかない気がするな)

 そんなことを考えながら、ルークは小さく笑みを浮かべた。


 一方、その頃のリリアーナは――。


 王宮のとある別室で、人生最大の作戦について全く別のことで悩んでいた。


「婚約者らしい振る舞いって……まずは何をすればいいのかしら」

 花文字と石に夢中で、恋愛には疎いリリアーナ。


 偽りの婚約者作戦の開始は、明日からだ。

 そこでリリアーナは、幼馴染のソフィアと、一昨日のパーティーで仲良くなったエマに相談していた。


 レオンハルトから、ソフィアとエマには作戦について話をしても良いと許可をもらっている。

 二人とも事件関係者であり、作戦について知っておいてもらった方がリリアーナも心強いと思ったし、何よりも相談できる相手が欲しかったからだ。


「仲の良い婚約者って……一般的には自然に笑いあったり、近くを歩いたり、目を合わせてお互い寄り添って名前で呼ぶくらいは必要じゃないかしら?」

 ソフィアは当然のように言う。


「難易度が高すぎるわ!」

 リリアーナは絶叫する。


「あら? 今時、手くらい繋がないと誰も信じないわよね?」

 エマはもっと積極的だ。

 シルヴェリア共和国では、ルミナリア王国よりも積極的な人が多いのかもしれない。


「――!? 私、作戦途中に卒倒してしまうかも……」

 リリアーナの顔色が、赤くなったり青くなったりと忙しい。


「そんなことで、卒倒なんてしちゃだめよ。リリアーナったら考えすぎ! もっと自然に、レオンハルト殿下のことを知っていったら良いんじゃない? 殿下のことをまだあまり知らないでしょ? だったら、レオンハルト殿下自身のことについて、聞いてみるのも良いと思うわよ」

 エマがそんな風に言う。


「そうよ。リリアーナの良さは人を笑顔にできるところよ。レオンハルト殿下を笑わせることだってできるんじゃないかしら? 本当の婚約者は辞退したいと言っていたけれど、それとこれとは話が別。相手のことを知って、歩み寄る努力はお互いに必要よ。意外に良い人だなと気づけるかも」

 ソフィアも前向きに背中を押してくれた。


「二人とも素敵なアドバイスをありがとう! なんだか、頑張れる気がしてきた。自分で作戦を考えておいて、怖気付いてたわ。私は私。素直に自分が思うままに行動してみる」

 そう言ってリリアーナは、その場を後にした。


 リリアーナが立ち去った後――

 エマがぼそっと呟く。


「きっとリリアーナは、次に狙われるのが私だと思っているのね。名ばかりだけれど婚約者候補第二位と噂されているから。だから、私を守るためにも、自分が囮となって犯人を捕まえようとしている。リリアーナの気持ちはとても嬉しいけれど、危ない目にはあって欲しくない……」


 ソフィアが答える。

「リリアーナは、誰かのために花文字の能力を役立てたいと思ってる。だからこそ、誰のためでもない、自分のために行動していると思うわ。エマが自分を責めることはないわ。私たちは、リリアーナが無事に作戦を終えて、また私たちの元へ笑顔で帰ってくることを祈りましょう」


「そうね。私たちがリリアーナを信じなくてどうするの! またリリアーナと三人で楽しい話ができるのを楽しみにしているわ」

 ソフィアの言葉に、エマも笑顔で頷いた。


◇◇◇


 ソフィアとエマの三人で会話をした後、リリアーナの不安は少し和らいだ気がした。

(ソフィアとエマがいてくれて良かった。一人じゃないって思えるもの。あぁ、明日からの作戦がうまくいきますように!)


 夜空の星に向かって、真剣に願いを伝えた後、リリアーナは早めにベッドに入った。


◇◇◇

 

 そして翌朝――

「今日から作戦を開始する」


 レオンハルトは事務的にリリアーナに告げる。

「よろしくお願いします!」


 リリアーナもそれに答える。

 二人とも仕事モードそのものだった。

 午前中は一緒に過ごしたものの、二人の様子はやはりどこかぎこちなかった。


「恐れながら、殿下。恋人らしく見えません」

 見かねたルークが、レオンハルトに伝える。


「……ではルーク、俺はどうすればいい?」

「殿下、まず距離です」

「……距離?」


「殿下は今まで、女性のペースに合わせたことがありますでしょうか? まずはそこからです。相手を思う気持ちがあれば、相手に合わせることができるはずです。次第に距離が縮まっていきますよ。物理的な面だけでなく、精神的な面でもです」


 午後も王宮内を歩く二人。

 ぎこちないし、思いあっている婚約者設定なのに、どちらも離れすぎている。


 ルークから指示が出る。

「もっと近くです、殿下」

 レオンハルトは言われた通り、リリアーナに近付く。


(ちっ、近い! よく見たら、殿下のお顔は整っているし、こんな完璧な人の隣を歩くなんて……私はなんておこがましい提案をしたのだろう)


 リリアーナは一気に動揺し、脳内の一人お喋りが止まらない。焦りすぎて、そして恥ずかしくて、顔がほんのり赤くなる。


(……これでいいのか?)

 レオンハルトは、すぐ隣にいるリリアーナが赤面していることを知らない。


 ルークの指南はまだまだ続く。

「殿下。『リリアーナ嬢』という呼び方では距離があります。お名前を呼ぶと、とても親密な雰囲気が出せますよ」


 レオンハルトは、小さく呟いてみた。

「……リリアーナ」

「――!!」

 リリアーナはなぜかくすぐったい気持ちになる。

 家族以外の男性から名前を呼ばれることに、まったく慣れていない。


 いや、顔立ちの整った令嬢たちの憧れである王太子に名前を呼ばれたからだろうか。

 もう考える余裕もないくらい、あたふたしている。


「今度は、リリアーナ嬢も恋人の名前を呼ぶように、殿下の名前を呼んでください」

「レオンハルト殿下……」

「リリアーナ嬢、『殿下』はいりません」


「レオンハルト様……今はこれが精一杯です!!!」

 さらに赤くなった顔を隠すように、リリアーナはレオンハルトから顔を背けた。


「十分だ」

 レオンハルトが少しだけ笑ってそう伝えた。


 レオンハルトはリリアーナの顔を見たくて、つい意地悪をしたくなった。

「リリアーナ、こっちを向いてくれ」


 そう言われると、リリアーナもレオンハルトの方を向かざるを得ない。

 ゆっくりと渋々、レオンハルトの顔を見つめる。


 リリアーナの照れて困っている顔があまりにも可笑しくて、レオンハルトはプッと吹き出してしまう。

 そして笑いながらこう告げる。


「笑って悪い。君は表情が分かりやすすぎる。見ていて退屈しない」

「……殿下! そんなに笑わないでください。私は慣れていないんです。一生懸命にやっているんですから、そんなにからかわないで下さい……」


 恥ずかしすぎて、つい涙目になるリリアーナ。

 それに気づいたレオンハルトが、からかうのを止める。


「悪い。少しからかいすぎたな。君は表情がコロコロと変わるから、見ていて飽きない。良い意味で捉えてくれ」


 身長差のあるレオンハルトは、リリアーナの視線に合わせるように少し身をかがめ、少しだけ微笑んだ。

 レオンハルトのサファイアのように蒼い瞳が、いつもより少しだけ穏やかな青色に感じられた。


 自分の目線に合わせてくれる。たったそれだけのことなのに、レオンハルトが自分を大切に扱ってくれているように感じられた。

 謝る時でさえ優しく伝えてくれるから、リリアーナも頷いて許すことしかできない。


(本当にお互い想いあっている婚約者って、相手のこんな甘い表情を見ることができるのね。フリですらも錯覚しそうなんだから……想い想われるって案外悪くないのかも)

 そんな風にリリアーナの心境にも変化をもたらした、午後の散歩であった。


 ルークは少し離れた場所から、二人のやりとりを見守っていた。


(……良い雰囲気だ。まるで本当に想いあっているかのようだな。殿下があんな表情をされるのはいつぶりだろう。幼少期以降、見ていない気がする。リリアーナ嬢は、殿下に変化を与えてくれる貴重な存在だ。……そして、獲物もこの光景を見て、錯覚してくれただろうか)


 二人が可愛らしいやりとりをしている間――

「あれ?」

「レオンハルト殿下?」

「随分、あのご令嬢と親しそう……」

「もしかして……」

 すれ違う人は、皆二人に釘付けとなっていた。


 そしてその日の夕刻、瞬く間にレオンハルトとリリアーナの仲睦まじい様子が噂されるようになった。なんでも二人は想いあっていて、親密な様子だったとか。


 たった数時間で成果を出してしまうのは、流石レオンハルトだとルークは思った。


 ルークが二人を見守る一方ーー。

 少し離れた場所から、誰にも気づかれずに二人を見つめる黒い影があった。


「……標的が変わったのか? 確かあの令嬢は名ばかりの婚約者候補だったはず。だが……あの冷徹王太子とのやりとりや親密度を見ていると、王太子が令嬢を気に入った可能性も捨てきれない」


 黒い影は静かに口元を歪めた。

「なら、次はあの娘だ。……リリアーナ・エメリア・ローゼンベルク」


 獲物を見定めるような視線が、ゆっくりと彼女だけを追っていた。


 こうして、リリアーナの考えた囮作戦は、成功した。


 しかしそれは――

 同時にリリアーナ自身が命を狙われることを意味していたのだった。



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