7 作戦の幕開け
「あっ、みなさま申し訳ありません。言葉が足りませんでした。まずは、なぜ殿下に『想い合う婚約者のフリ』をお願いするのか、その説明が必要ですよね」
重臣たちは皆焦ったように一斉に何度も頷いた。
リリアーナは説明を始める。
「まずは、昨日殿下が身につけておられたサファイアのブローチについてです。ブローチには、犯人の痕跡がわずかですが残っていました。私は、花文字師です。私がサファイアから感じ取ったのは……陰の花文字の気配でした」
重臣たちが再度ざわついた。
「陰の花文字とは、あれか?」
「この国ではもう使える者がいないと聞いているが」
「もしかして……かの帝国が?」
話があらぬ方向へ進みかけたため、リリアーナはすぐに言葉を続けた。
「陰の花文字の痕跡があるからと言って、ノクティス帝国が仕掛けてきたかどうかは、まだわかりません。密かに陰の花文字の研究を進めて、それらを利用しようとしている第三者の仕業の可能性もありますから」
「確かに……」
「そんな分かりやすい全面戦争のきっかけになることは、流石の帝国もやらないだろう」
重臣たちはそんなことを囁き合い、場は少し落ち着きを取り戻す。
「しかしながら、実行犯は、陰の花文字を扱えるほどの腕を持つ花文字師である可能性が高いと思われます。だからこそ、花文字師の私が囮となって犯人を誘き出すのが、最も確実で、危険を抑えられる方法だと考えました。犯人の目的が婚約者候補を狙うことなら、標的をこちらで誘導することで、次の襲撃場所や状況を予測しやすくなります」
すると、レオンハルトがリリアーナに質問を投げかけてきた。
「……リリアーナ嬢。花文字師の可能性が高いことは分かったが、なぜ想い合う婚約者のフリをする必要があるのか。婚約者候補は君を含めて七人いる。七人とも同じ確率で狙われることはないのか?」
(リリアーナ嬢が、王族や重臣たちの前でも堂々と話ができるのは、石の研究発表会などで多くの登壇を経験しているからか……リリアーナ嬢の行動にはいつも驚かされる)
レオンハルトは質問しながら、そんなことを考えている。
「レオンハルト殿下。昨日、標的となったのは、婚約者候補第一位と噂されるご令嬢でした。だから、それを逆手に取って狙わせればいいんです。私を、レオンハルト殿下お気に入りの婚約者候補第一位だと思わせて」
「……は?」
会議室にいる誰かの声がこだまする。おそらく全員が同じことを思っているのだろう。
「あくまで私が考えた作戦ですので、作戦を実行する場合は再度、綿密に計画していただきたいとは思っています」
リリアーナの作戦は、こうだ。
婚約者候補第一位のご令嬢の警備をさらに強化する。
その代わりに、リリアーナがレオンハルト殿下のお気に入りとして突如浮上してくる。
そして二人が仲睦まじいように振る舞い、次の婚約者候補第一位はリリアーナだと思わせる。そうすれば、犯人はリリアーナに標的を変える可能性がある。
作戦の内容を聞いた近衛騎士団長は、反対する。
「全くもって論外です! 令嬢自らが囮になるなんてこと、そんなリスクの高い作戦は避けるべきです」
重臣の面々も「令嬢を危険に晒すなど!」と口を揃えて反対意見だ。
ルークはレオンハルトに確認する。
「……殿下も反対ですか?」
レオンハルトは、まるで品定めをするかのように、じっくりとリリアーナを見つめた。
決して好意的な意味ではなく、作戦を実行できる人材かどうかを判断する目だ。
「……リリアーナ嬢、君は本気なのか?」
「はい! 一晩中考えて出した答えです」
「怖くはないのか?」
(ここは、正直に答えよう)
「正直に言うと、もちろん怖いです。できることなら、穏便に済ませたいと思っています」
「でも……このまま犯人を捕まえなかったら、誰かが犠牲になるかもしれない。誰かが狙われ続ける方がもっと嫌なんです。それに花文字師は、人を幸せにするために存在します。だったら、私もできる限りのことをして、人を幸せにしたいです」
微笑みながら、まっすぐな目でレオンハルトを見つめるリリアーナ。
曇り一つない澄んだ瞳。
(本当にリリアーナ嬢の瞳は、嘘偽りない綺麗なエメラルドグリーンだ)
会議室に長い沈黙が続く。
リリアーナは本気でこの作戦を実行しようとしている。
レオンハルトはリリアーナの覚悟を肌で感じ取る。だからレオンハルトも覚悟を決める。
そして、ようやくレオンハルトが一言を発する。
「分かった」
近衛騎士団長はじめ重臣たちがさらにざわめく。
「――殿下!?」
「本気ですか?」
それらの騒音をかき消すように、レオンハルトはトドメの一言を放つ。
「俺が責任を持つ」
会議室内は静まり返った。
「……だが、リリアーナ嬢。この作戦を遂行するにあたり、君に一つだけ条件がある。危険をともなう作戦だ。可能な限り俺の側にいるように」
「かしこまりました、レオンハルト殿下」
リリアーナは、レオンハルトの側にいるということの意味を、この時は深く考えずにいた。
そして、レオンハルトが高らかに宣言する。
「では本日より、リリアーナ嬢」
「はい」
「君は俺の婚約者候補ではなく……」
「俺が最も大切にしている婚約者候補第一位として振る舞ってもらう」
「はい!……ってえぇっ!?」
(仲良くお喋りしたり仲の良いフリをしてくれるだけでいいのに、
大切にしている婚約者のフリって何!? どんな風に振る舞えばいいの?)
レオンハルトは動揺するリリアーナを見つめる。
その慌てた様子が、どこか可笑しかった。
口元がほんのわずかに緩む。
その表情を、側近のルークは見逃さなかった。
「殿下。昨日から、随分とリリアーナ嬢を観察なさっていますね」
「……」
レオンハルトは何も答えない。
だが、ルークには、この沈黙こそが、レオンハルトがリリアーナに興味を持っている何よりの証拠に思えた。
こうして、令嬢暗殺未遂事件の真相を暴くため、『偽りの婚約者』作戦が幕を開けた。
しかし、この作戦が、二人の運命を大きく変えていくことを、この時はまだ誰も知らなかった。




