6 囮作戦! 作戦名は「偽りの婚約者」
婚約者候補が集まったパーティーの翌朝――。
王宮の会議室には、重苦しい空気が流れていた。
長机を囲んでいるのは、王太子レオンハルト、側近のルーク、近衛騎士団長、そして事件を担当する王宮の重臣たちだ。
昨夜の暗殺未遂事件について、報告と意見交換が続いていた。
「犯人の目的は、婚約者候補第一位であるご令嬢の暗殺かと」
「使用された矢には、微量の毒が確認されました」
「犯人の足取りは依然不明です。唯一の証言は、護衛騎士が見た、黒いローブを身に纏った人物だということ。性別や年齢も一切不明です」
次々と報告が上がるが、決定打となる情報は何一つない。
報告後、重い沈黙が会議室を包んだ。
その時だった。
コン、コン――。
静かで軽やかなノックが響く。
「失礼いたします」
扉を開けて現れたのは、リリアーナ・エメリア・ローゼンベルク――。
王宮へ現れたリリアーナは、前夜とはまるで別人のようだった。
淡い若葉色のドレスは装飾こそ控えめだったが、柔らかな布地が歩くたびにふわりと揺れる。
髪は高く結い上げず、ゆるやかなハーフアップにまとめられ、肩へ流れる金色の髪が朝日に透けていた。
胸元には、金色の繊細な枠で縁取られたペンダントが一つ。耳元には、小ぶりのエメラルドの耳飾りが揺れるだけ。
華やかな舞踏会の令嬢というより、一人の花文字師としての凛とした姿勢が印象的な装いだった。
リリアーナ本人も昨日とは違い、どこか覚悟を決めた瞳をしていた。
普段は澄んだエメラルドの瞳だが、今は落ち着いた新緑の色を放っている。
レオンハルトは静かに席を立つ。
「リリアーナ嬢、本日は来てくれて感謝する」
リリアーナは一礼し、皆の前へ歩み出る。
そして、会議室中が息を呑む提案を、軽やかに口にした。
「犯人を捕まえる方法を一晩考えてきました」
全員が顔を上げる。
レオンハルトはリリアーナの顔をじっと観察する。
(確かによく見ると、リリアーナ嬢の目元にはクマのようなものがうっすらと見える。きっと本気で犯人を捕まえる方法を考えてきたのだろう。普通のご令嬢ならこんな行動は考えられないな。普通のご令嬢ならばだが……)
「……ですが、その方法を提案する前に……」
リリアーナは、レオンハルトの瞳を見る。
「レオンハルト殿下に一つ、お願いがあります」
レオンハルトが静かに尋ねる。
「何だ?」
リリアーナは少しだけ微笑み、とんでもない言葉を放った。
「私と想い合う婚約者のふりをしてください。私が囮になる作戦です。作戦名は『偽りの婚約者』――これを提案いたします!」
会議室の空気が一瞬、止まったような気がした。
(……リリアーナ・エメリア・ローゼンベルク。君は一体何を考えている? これほどまでに驚かされる令嬢は初めてだ)
レオンハルトは、目の前にいるリリアーナから不思議と目が離せない。
この時のレオンハルトは、その意味を全く自覚していなかった。
一方で、レオンハルトの側近であるルークは、レオンハルトを見ながら、目元だけで楽しそうに笑っている。
(リリアーナ様は、殿下にどんな影響を与えてくれるのでしょうか。とても興味深い!)
予想の斜め上を行くリリアーナの提案に、会議室の皆が沈黙後、ようやくざわめき立つのだった。




