19 敵の再襲来
王宮侍女のミリアの事情聴取から三日後――。
日が沈んだ頃、王宮の結界に微かな揺らぎが生じた。
結界を監視していたエリオットが、はっと顔を上げる。
「……来た!」
同じ頃、セシルも花文字の護符が黒く変色していることに気づいた。
そしてリリアーナも、管理している王族の石が淡く震えるのを感じ取った。
三人の王宮直属花文字師は、それぞれが異なる方法で敵の侵入を察知していた。
そして、三人は急いでレオンハルトのもとへ向かった。
執務室に入ると、レオンハルトもすでに異変を察知していたのか、すぐさまルークに指示を出した。
「王宮内の警鐘をすべて鳴らせ!」
「はい!」
ルークが駆け出した。
ほどなくして重臣たちや近衛騎士団長も集まり、王宮内は一気に緊迫した空気に包まれた。
今回の事件は、国王エドモンドの指示により、レオンハルトが指揮を執ることになっていた。前回の暗殺未遂事件との関連が疑われるため、レオンハルトが指揮を執るのが適任だと判断されたのだ。
しばらくすると、レオンハルトのもとに、敵の情報が入ってきた。
レオンハルトは、集まった者たちを見渡して話し始めた。
「敵を目撃した者の情報によると、侵入者は二名。おそらく前回と同じ組み合わせで、一人は花文字師、もう一人は剣を扱える戦闘員だろう」
そして、すぐに指示を出す。
「俺とルーク、それから数名の騎士で剣士を迎え撃つ。王宮直属花文字師の三人は、もう一人の陰の花文字師を追ってくれ。ただし、無茶はするな。近衛騎士団長、三人の護衛を頼む」
「承知しました!」
近衛騎士団長が頷く。
こうして、リリアーナたちは近衛騎士団長とともに陰花文字師を追うことになった。
一方、レオンハルトとルークは、二人の護衛騎士を伴い、剣士を追うために二手に分かれた。
◇◇◇
先に敵を見つけたのは、陰花文字師を追うリリアーナたちだった。
庭園付近を走る人影を発見する。
敵は逃げながら、黒い石に陰花文字のエネルギーを転写していた。
(立ち止まって集中して詠唱しなくても、石にエネルギーを転写できるなんて……さすがだわ)
リリアーナは、相手の花文字師としての能力が自分よりも高いことを感じ取った。
(でも、私にもできることはある。王宮直属花文字師としての役割を、今ここで立派に果たしたい!)
リリアーナは、前回の暗殺未遂事件以降、瞬時に陽花文字を発動できるよう訓練を重ねてきた。エリオットとセシルも、日頃から指導してくれている。
その成果を、今こそ発揮するときだった。
リリアーナたちが敵を追っていると、相手は突然足を止め、こちらを振り返った。
そして、口元をニタリと歪ませる。
「陰花文字――『消』」
敵は瞬時に花文字を発動させた。
こちらに向けるのかと思いきや、花文字の力は自分自身へと向けられた。
「もしかして、姿を隠そうとしているのでは!?」
リリアーナが叫ぶと、エリオットが答えた。
「おそらくそうだろう。姿が見えなければ、捕まえられないと踏んでいるんだ」
次の瞬間――
敵の姿がすっと消えた。
(本当に見えなくなってしまったわ! これでは追うことも、捕まえることもできない……)
リリアーナも、もちろんエリオットもセシルも、敵の姿を見つけられなかった。
エリオットは周囲を見渡し、すぐに次の策を考える。
そして、右手を動かし始めた。
「陽花文字――『封』!」
エリオットが花文字を発動させる。
次の瞬間、周囲に強いエネルギーが広がった。敵を閉じ込めるように、半径百メートルほどの範囲が巨大な結界で封鎖されたのだ。
これで、敵は外へ逃げられない。
しかし、逃げ道を塞いだだけでは不十分だ。姿の見えない敵を見つけなければ、捕獲することはできない。
リリアーナも必死に考える。
(まずは、敵がどこにいるのか分かるようにしなければ……)
前回の暗殺未遂事件での戦いを思い返し、何か応用できる方法はないかと探る。
(姿が見えないだけで、本当に消えたわけじゃない。石なら……)
リリアーナはオニキスを握りしめた。
(石は光を受ければ、反射する。それなら、石を並べれば、石が光を反射して辺りを明るくすることができるのでは? ならば……光を利用すれば、敵の姿を影として浮かび上がらせることができるかもしれない!)
リリアーナは、ひとつの考えがひらめいた。
すぐにエリオットに確認する。
「エリオット様。この結界の範囲は、どれくらいですか?」
「おそらく半径百メートル以内だ。どんなに足が速くても、結界を発動してから外へ逃げきるのは難しいだろう。リリアーナ嬢、何か思いついたのか?」
「はい! 時間がないので、詳しい説明はあとにします。エリオット様、結界の端に沿って、石を等間隔に並べていただきたいのです。できれば十メートルから二十メートル間隔で。並べる石の種類は問いません! もし石が足りなければ、もう少し間隔を広げても構いません」
エリオットはリリアーナの顔をちらりと見た。
そして、少し微笑む。
「分かった。理由はあとで聞こう。今はリリアーナ嬢を信じる。近衛騎士団長、石の設置を手伝っていただけないか?」
「分かった。手伝おう」
エリオットは近衛騎士団長を連れ、石を設置するために走り出した。
その様子を見送りながら、セシルがリリアーナに告げる。
「もし石へのエネルギーが足りなくなったら、私が援護するよ。安心して、自分の考えた方法を試してみて」
リリアーナは、セシルの言葉に安堵した。
「ありがとうございます。お願いします!」
エリオットたちが準備をしている間も、リリアーナは敵の気配を探ろうとした。しかし、姿はおろか、位置さえもはっきりとは分からない。
セシルは、いつでも援護できるようリリアーナのそばで待機していた。
やがて、エリオットたちが戻ってくる。
「リリアーナ嬢、準備はできた。石は二十メートルごとに、おおむね等間隔に置いてある」
「ありがとうございます!」
リリアーナは配置された石を確認し、二人に向き直った。
「では、今から石に花文字のエネルギーを転写します。オニキスに込めた光のエネルギーを周囲の石へと伝え、光を連鎖させて広げます。それぞれの石から放たれる光によって、敵の姿を影として浮かび上がらせることができれば、捕まえられるはずです」
エリオットは力強く頷いた。
「少しでも姿を捉えられれば、捕まえられる可能性は高い。いや、必ず捕まえる」
リリアーナは微笑んだ。
「では、始めます」
彼女は空中に花文字を描き始めた。
エリオットとセシルは、その動きをじっと見つめている。
描き終えると、リリアーナは目を閉じ、意識を集中させた。
「陽花文字――『光』!」
「光よ、輝け!」
リリアーナは、袋に入っていた黒い石を取り出した。
それは、オニキスだった。
(宝物庫の奥深くに眠っていたオニキスを見つけて、レオンハルト殿下が貸し出してもいいとおっしゃってくれて、本当によかったわ。おかげで、貸して頂いたオニキスを今、役立てることができる!)
オニキスは光を透過しない。そのため、表面で光を反射させることができる。
リリアーナは花文字の力を使い、オニキスに光のエネルギーを込めた。
オニキスが、静かに光を放ち始める。表面で反射した光が、周囲に配置されたサファイアやアメジストなどの石へと広がり、石たちは次々と輝きを帯びていった。
やがて、三十個ほどの石が呼応するように光を放ち、あたり一帯が次第にぼんやりと白く明るくなっていった。
昼間のような明るさには及ばないものの、数メートル先まで見通せるほどの光が広がった。
突然、エリオットが叫んだ。
「影が見えるぞ! 敵の影か!?」
エリオットが指さした方向へ、一同が視線を向ける。
そこには、何者かが走り抜ける影が浮かび上がっていた。
「いたわ!」
リリアーナたちは、すぐさまその影を追った。
エリオットの結界によって敵は外へは逃げられない。少しずつ、敵との距離が縮まっていく。
しかし、光のエネルギーが消耗したのか、あたりを照らす光は次第に弱くなり始めた。
そのとき、セシルが花文字を発動させる。
「陽花文字――『循』!」
セシルは、光が弱まり始めた石へ花文字のエネルギーを補強し、循環させた。
すると、石たちが放った光は再び強くなり、あたりに明るさが戻った。
さらに敵との距離が縮まっていく。
そしてついに――
敵は逃げ場を失った。
「さあ、観念してもらおうか」
エリオットが敵に告げる。
それでもなお逃げようとする敵に向けて、リリアーナは最後の花文字を発動させた。
オニキスを左の手のひらに乗せ、敵へと向ける。
そして、右手でさらさらと花文字を描き出した。
「陽花文字――『眩』。光よ、放て!」
眩しいほどの光が、敵の目の前で弾けた。
敵はその光に耐えきれず、目を覆ってしゃがみ込む。
その隙を逃さず、エリオットと近衛騎士団長が駆け寄り、敵の身柄を確保した。
「捕縛成功!」
騎士団長の大きな声が響く。
リリアーナは、ほっと息を吐いた。
(怪我をする人もいなかったし、無事に捕まえられてよかったわ……)
しかし、一息ついたのも束の間だった。
一人の騎士が、慌ただしく駆け込んでくる。
「伝令です!」
騎士は息を整える間もなく、告げた。
「レオンハルト殿下が、剣士と交戦中です!」
リリアーナの表情が一瞬で変わった。
そして、エリオットを見て、リリアーナは早口で告げる。
「私、レオンハルト殿下の援護に行きます!」
その焦りようは、エリオットにも伝わったようだった。
「ああ、俺も行こう。セシルも一緒に来てくれ。近衛騎士団長、ここは任せてもいいか?」
「はい。捕らえた敵は地下牢へ連行します!」
リリアーナたちは、息つく暇もなくレオンハルトのもとへと急いだ。




