17 王宮への侵入者
リリアーナは、会議室へ急ぐ。
走り出したい気持ちを抑えてはいるが、早足になっているのは確かだ。
会議室に入ると、国王をはじめ、レオンハルト、近衛騎士団長、重臣たち、そしてエリオットとセシルも待機していた。
そして、皆が集まった頃、緊急会議が始まった。
近衛騎士団長が立って話し始める。
「昨夜、二時ごろ何者かが王宮内に侵入し、総務大臣の執務室の書類が荒らされていました。今朝、大臣が執務室に入って事件が発覚したとのこと。調査の結果、以下の四点がなくなっていることを発見しました。盗まれた物は、王宮内の一般見取り図、王宮地下書庫の出入り記録、王宮職員の名簿と勤務表。後は、使用人通路の地図です。なお、宝物庫の地図や我が国の軍事機密には一切手が付けられていません。盗まれたものは、王宮内で働いている者ならば、比較的簡単に入手できるものが多いと言えます」
国王が問う。
「……では、侵入者は何が目的なのか?」
一瞬、皆が沈黙する。
返答できるものがいない。
しばらくの沈黙の後、レオンハルトが答える。
「犯人の目的は今のところわかりません。ですが、情報を盗まれたことが一番の懸念事項です。警備を強化するために、警備配置の変更や身分証確認強化など、できる対策を迅速に行うべきかと思います」
レオンハルトは近衛騎士団長にも指示を出す。
「王宮の通路を一部封鎖し、警備配置の変更を。身分証確認も強化するように」
「はい殿下。かしこまりました」
指示を受けた近衛騎士団長は、早速警備配置変更に取り掛かる。
レオンハルトは、思案していた。
(……おかしい。何か引っかかる。機密事項の文書などではなく、一般職員が手に入るような情報だけを持ち去った。どういうことだ? 目的を悟らせないため、あえて混乱させるための罠か?)
一旦会議は終了し、王宮直属花文字師の三人とレオンハルト、ルークが会議室に残った。
レオンハルトが口火を切る。
「昨夜二時ごろに侵入者があったとのことだが、エリオットの結界が感知したのか」
「はい。朝いつもの結界の警備巡回に出たところ、執務室の結界が弱まっているのを感じました。そこで近衛騎士団長に報告し、大臣を呼んでもらい皆で一緒に執務室に入ると、書類が荒らされていたというわけです」
「なるほど」
「全体会議では伝えなかったが、私は王宮内で働く職員も怪しいと思っている。職員本人が侵入者、あるいは……」
「侵入者を手引きした可能性があるかもしれないと。殿下はそうお考えですね」
エリオットはレオンハルトに確認する。
「そうだ。君たちは敵の侵入経路を調べてくれ。私は王宮職員を洗う」
「わかりました。それでは私たち王宮直属花文字師は、王宮の職員が犯人の可能性、または侵入者を手引きしたものがいるかもしれないと考えて、調査します」
「よろしく頼む」
今まで聞いていただけのリリアーナだったが、不意にレオンハルトから視線を向けられた。
「リリアーナにとっては初めての大きな仕事だな。しかも、王宮にとっても非常事態で大変重要な仕事だ。励むといい」
「はい、殿下! 殿下や、みなさまのお力になれるよう頑張ります」
こうして、リリアーナの王宮直属花文字師としての最初の仕事、侵入者の調査が始まった。
リリアーナは、自分たちの部屋に、エリオットとセシルと一緒に戻る。
そしてまた、調査の段取りを確認する。
「花文字が転写された石には残留思念があります。そして普通なら分からないほどの微かな痕跡が残りますよね?」
リリアーナは言う。
エリオットは頷く。
「私たちがその痕跡を追えば、侵入者の動きが分かるはずだ」
エリオットは結界の痕跡、セシルは通路に飾られた花文字に残った痕跡、そしてリリアーナは、荒らされた執務室に置いてあった石の痕跡を調査することとなった。
リリアーナは執務室に置かれている水晶に触れる。
石の輝きは少し落ち着いているようにも見える。
「……何も見えないわ」
普通なら昨日この部屋にいた人の感情や気配が少し残っている。
でも何もない。それがリリアーナにとっての違和感だ。
次はアメジストだ。
(何か痕跡はないかしら)
祈るように触れたが、これも、何も見えなかった。
(手がかりはなしか……)
そう思った瞬間、窓から春の優しい風が舞い込んできた。
カーテンがゆらりと舞い上がった瞬間、窓際の水晶が目に飛び込んできた。
(あっ、こんなところに水晶があったのね!もしかしたら……)
そう思って触れた瞬間。
一瞬だけ黒い靄のようなものが見えた。
ザザッ……
映像が途切れる。
リリアーナが目を開く。
「違う。石が忘れたんじゃない。思い出せないように封印されている」
(陰花文字の記憶封印? あるいは痕跡消去かも?)
石は本来、その時の出来事を全部覚えているはずなのに、石そのものに陰花文字を掛けて証拠を隠したのかもしれない。
さらに、リリアーナは石から二種類の気配を感じる。
一つは黒い花文字の気配。もう一つは剣士の殺気だ。
リリアーナは、そこから侵入者が二人いる可能性が高いと考えた。
(侵入者は二人。そして、記憶封印か痕跡消去の陰の花文字が使われている。きっと、足取りを追えなくするためね。早く戻ってエリオット様に知らせなければ……!)
リリアーナは、急いで王宮直属花文字師の部屋に戻る。
そして、石の記憶から見えたこと、それに基づいて考えたことをエリオットとセシルに話す。
「大臣の執務室にあった石は、誰かの手によって封印されていました。記憶封印または痕跡消去の花文字のエネルギーが転写されていると思われます。……そして、侵入者が気づかなかった石が一つだけありました」
二人はリリアーナに視線を向ける。
「それが窓際に置いてあった水晶です。水晶はカーテンに隠れていて侵入者は気づかなかったようです。水晶に手を触れると、一瞬ですが気配を感じとることができました。一つは黒い花文字の気配がしたので、おそらく陰の花文字を扱うことができる花文字師です。そしてもう一つは剣士の殺気を感じました。花文字師の護衛かまでは分からないですが、おそらく剣士だと思われます」
セシルも廊下に飾られている花文字から痕跡を辿ろうとしたが、途中から痕跡、記憶が消えているのだという。大臣の執務室から半径二百メートル以上は痕跡がないと。
「おかしいよね。花文字は人が通るたびに微弱な気配を覚えている。それが、執務室から離れた途端に痕跡がなくなる。誰かが花文字を『眠らせた』としか考えられないよ。やはり侵入者の一人は花文字師で、花文字を操り記憶消去や痕跡消去をしている可能性が高いと、僕も思う」
エリオットも頷く。
「結界を調査したが、結界は王宮外からは破られていなかった。総務大臣の執務室など特定の結界が弱まっていただけで、王宮外から侵入したとは考えにくい。侵入者の侵入方法はいまだに分からないが、戦闘員と花文字師の二人という可能性が高そうだ。急ぎ、殿下のところへ参ろう」
三人はレオンハルトの執務室へと向かった。
一方、その頃ーー
レオンハルトは王宮職員の出入り記録を全て見返していた。
最初は何も不自然なところは見当たらなかった。
だが、夜間の職員の出入り記録で、ある人物の出入り記録に違和感を感じたのだ。
その人物は真面目で勤務態度も優秀、これといった動機は見つからない。
その職員の交代時間はいつもと同じで変わりない。
しかし、いつもなら同じ職場の友人たちと一緒に帰宅するため、友人と同じ退勤時間になっているはずだ。だが、その日だけ一人で退勤した記録が残されていたのだ。
前後の退勤者の時刻を確認したが、誰ともすれ違った様子はない。そして、夜勤入りの職員とも時刻は重ならず、誰にも退勤したところを見られていない。
その日、守衛が用事で席を外した午前二時ごろ、時間で言うとおよそ十五分の間に、退勤しているのはその人物ただ一人だけ……
守衛は、昨夜はとても忙しく、普段は三人体制でいる守衛だが巡回とボヤ騒ぎ、突風で窓ガラスが割れたなどの対応で、十五分ほど守衛の場所に、誰もいなかった時間があったと証言している。
レオンハルトは目を閉じる。
(もしかしたら、守衛が席をはずした隙に、協力者が扉を開けて侵入者を招き入れた。侵入者たちは、短時間で書類を盗み、協力者の退勤と合わせて一緒に王宮から出た可能性が高い。とにかく、この職員の身柄を抑える必要がある……)
「この職員を確保しろ、確認したいことがある」
レオンハルトは、ルークに指示を出した。
そして――ちょうどその時。
リリアーナたちもレオンハルトの執務室にやってきたのだった。




