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石に宿る想い〜花文字師で王子の婚約者候補ですが、この国を救います〜  作者: 原石 結花
オニキス――信念を貫く石――

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16/22

16 うたた寝

 王宮直属花文字師として働き始めて、二ヶ月が過ぎた。


 リリアーナはすっかり王宮での生活にも慣れ、エリオットやセシルと協力しながら、日々の仕事に励んでいた。


 今は、シルヴェリア共和国から主賓を迎える夜会に向けて、セシルとともに会場を飾る花文字を準備している。宝石の管理など、任された仕事にも少しずつ慣れてきたところだった。


 そんなリリアーナには、仕事の合間に楽しみにしていることがある。

 王族と王宮直属花文字師しか入ることのできない、王宮地下書庫での読書だ。


 今日も昼休憩になると、リリアーナはお気に入りの場所へと足を運んだ。

 書架から一冊の本を取り出し、机に向かう。


 読み始めた頃は夢中になっていたものの、昼食を食べたばかりの満腹感と、書庫の静かな空気が心地よい。


(この本も面白いわ……。もう少しだけ読んでいこう)


 そう思ってページをめくっていたリリアーナだったが、次第にまぶたが重くなっていく。


 そして、とうとう――。

 こくり、と頭が揺れたかと思うと、リリアーナは机に突っ伏したまま眠ってしまった。


◇◇◇


 レオンハルトは、花文字の仕事について話をするため、花文字師の部屋を訪れていた。

 しかし、そこにリリアーナの姿はない。


(……どこへ行った?)

 少し考えたレオンハルトは、彼女のお気に入りの場所を思い出した。


 王宮地下書庫。

 足を運んでみると、やはり予想は当たっていた。


 机に突っ伏し、すやすやと眠っているリリアーナの姿があったのだ。

(……寝ているのか)


 レオンハルトは静かに近づき、彼女の様子をうかがった。

(毎日、楽しそうに仕事をしているが……慣れないことも多く、疲れが溜まっていたのだろう。しばらく、このまま寝かせておくか)


 起こすのも気が引けて、レオンハルトはリリアーナの隣に腰を下ろした。

 机の上には、彼女が読んでいたらしい本が開かれている。


 タイトルは『花文字の効果と詠唱法』。

 レオンハルトは興味を引かれ、そっと本を手に取った。


 ページをめくりながら、ふと、以前の出来事を思い出す。

(花文字を使った本格的な戦闘を目の当たりにしたのは、あのときが初めてだった。リリアーナの、あれほどなめらかな筆運びには正直驚かされた)


 さらにページをめくると、詠唱法についての説明が目に入る。

(詠唱法についても、こうして学んでいるのか……。幼い頃から、ずっと努力を重ねてきたのだろうな)


 隣で静かに本を読んでいると、やがてリリアーナが身じろぎした。

「ん……。あれ、寝てた? ……って、えっ、殿下!?」


 目を覚ましたリリアーナは、隣に座るレオンハルトを見て、慌てて背筋を伸ばした。

「よく眠っていたな。……額に跡がついているぞ」

「えっ!」


 リリアーナは慌てて額に手を当てた。

 指先に、本の凹凸がはっきりと伝わってくる。

(うそ……! こんなにはっきり跡がついているの!?)


「ぎゃー! 殿下、見ないでください!」

 リリアーナは両手で必死に額を隠した。


「別に……もう見てしまったのだから、仕方がないだろう」

 レオンハルトは、いつもと変わらない涼しい顔で答える。


「殿下……。王宮地下書庫でうたた寝していたことは、内緒にしていただけますか?」

「……どうして?」


「エリオット様に知られたら、怒られます……」

 リリアーナは困ったように眉を下げた。


 レオンハルトは小さく息をつき、やがて頷いた。

「……分かった。君が毎日頑張っているのは知っているからな。今回だけだ」

「殿下、ありがとうございます!」


 リリアーナはほっとしたように、にっこりと微笑んだ。

 その表情を見て、レオンハルトは一瞬、目を細める。


 口には出さなかったが、その笑顔が妙に心に残った。


◇◇◇


 だが、そんな充実した穏やかな日々は、突然終わりを迎えることになる。


 翌朝。

 いつも通り王宮へ出勤したリリアーナは、王宮内の様子がどこか慌ただしいことに気づいた。


 廊下を行き交う騎士たちの表情は険しく、普段とは違う緊張感が漂っている。

(……何かあったのかしら?)


 不安を覚えながら王宮直属花文字師の部屋へ向かうと、そこには、すでに仕事を始めているはずのエリオットもセシルもいなかった。


 リリアーナが戸惑っていると――。


 コン、コン――。

「失礼します!」

 勢いよく扉が開き、レオンハルトの護衛騎士が焦った様子で駆け込んできた。


「何者かが、王宮内に侵入しました!」

「……っ!」


 リリアーナの表情が一変する。


 護衛騎士は、息を整える間もなく続けた。

「エリオット様とセシル様は、すでにレオンハルト殿下のもとへ向かわれています。リリアーナ様も、至急、殿下のもとへお越しください!」


 あたたかな春だというのに、背筋をすうっと冷たいものが走った。


 穏やかな日常を切り裂くように、新たな事件の気配が王宮を包み始めていた。




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