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石に宿る想い〜花文字師で王子の婚約者候補ですが、この国を救います〜  作者: 原石 結花
オニキス――信念を貫く石――

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15/18

15 仕事終わりの行き先は?

 ある日の夕方。


 リリアーナはエリオットとともに、レオンハルトの執務室を訪れていた。

 本日の業務報告を終えたエリオットが、一礼する。


「私たちからの報告は、以上になります」

「報告ご苦労だった」


 エリオットは手元の書類を整え、続けた。


「殿下、明日の業務について、確認したいことがいくつかあります」

「ああ、続けていい」


「――と、その前に。リリアーナを先に下がらせてもよろしいでしょうか? この後、予定があるようなので」

「……そうなのか?」


 レオンハルトはリリアーナに視線を向けた。


「はい! 本日の業務はこれで終了です。お疲れ様でした!」

 リリアーナは元気よく挨拶すると、足取りも軽やかに執務室を後にした。


 その後ろ姿を見送ったエリオットは、レオンハルトをちらりと見て、独り言のように呟いた。


「週に一度、早めに帰る日があるんです。行き先までは聞いていませんが、いつも楽しそうですよ」

 レオンハルトは、その言葉を聞き逃さなかった。


 エリオットとの話し合いを終えると、レオンハルトはすぐに側近のルークを呼んだ。

「殿下、お呼びでしょうか?」

「ルーク、リリアーナについてだが……」

「はい。どうかなさいましたか?」


 レオンハルトは少しの間、考え込むように黙っていた。

 やがて、静かに口を開く。

「彼女が週に一度、仕事の後にどこへ行っているのか、調べてくれ」

「えっ? ……は、はい! かしこまりました」


 ルークは一瞬驚いたものの、すぐに頭を下げて退出した。

(あの殿下が、リリアーナ様に興味を持っている……!)

 胸の内で驚きながらも、ルークは早速、リリアーナの行き先を調べ始めた。


 そして、一週間後。

 ルークは調査結果をまとめ、レオンハルトのもとを訪れた。

「殿下、リリアーナ様の仕事終わりの行き先が判明しました」

「そうか」

「ご報告してもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない」


 ルークは調査報告書を手に、説明を始めた。

「リリアーナ様が週に一度、仕事の後に立ち寄っている場所は……子どもたちが集まる広場でした」

(仕事終わりに、広場へ?)


 レオンハルトはわずかに眉を動かした。

「そこで何をしているんだ?」

「子どもたちに花文字を教えているそうです」

「……そうか」


「はい。お金を受け取ることなく、ボランティアで教室を開いているようです。子どもたちはもちろん、付き添いの母親たちにも人気があるそうですよ」

「なるほど。分かった」


 レオンハルトが淡々と答えると、ルークは少し考えてから尋ねた。

「殿下は、実際に様子を見に行かれないのですか?」

「別に……見に行く必要はない」

(では、なぜ調査を頼まれたのだろう……?)


 ルークは不思議に思ったが、さらに報告を続けた。

「もう一つ。リリアーナ様は広場から帰る際、王宮の馬車を使わず、歩いて帰っているようです。広場で馬車を降りた後、馬車は王宮へ戻しているとのことでした」

「そうか……」

「ご心配なら、ご自分の目で確かめてこられてはいかがですか?」


 ルークの提案に、レオンハルトは首を横に振った。

「いや、突然現れても困るだろう」

「何をおっしゃっているんですか! 殿下がいらしたからといって、困ることなどありませんよ」

(これは、もう一押しだな……)


 ルークは内心でそう呟き、言葉を重ねた。

「花文字師が王都の人々とどのように交流し、どんな活動をしているのか。それを知ることも、殿下のお仕事の一つではありませんか?」

「……」


 レオンハルトはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げた。

「分かった。今日がちょうど、その日だったな?」

「はい」

「本日の夕方、広場へ行く」


(殿下は、ご自分がリリアーナ様のことをもっと知りたいと思っていることに、まったく気づいていませんね……!)

 ルークは心の中で、密かにガッツポーズをし、にやけてしまう顔を抑え込んだ。


◇◇◇


 夕方の広場。

 レオンハルトは、子どもたちに囲まれて花文字を教えるリリアーナを見つけた。

「ここはね、好きなお花やモチーフを描いていいのよ。自分が書きたいと思う花文字を、自由に考えてみてね」

 リリアーナは子どもたち一人ひとりの作品を見ながら、優しく声をかけている。


 やがて、花文字が完成すると、子どもたちは嬉しそうに作品を掲げた。

「先生、できたよ!」

「わあ、素敵ね! 自分で考えたの?」

「うん!」

「とってもいいと思うわ!」


 子どもたちの笑顔が広場いっぱいに広がっていく。

 その場は、穏やかで幸せな空気に包まれていた。教えているリリアーナ自身も、心から楽しそうだった。


 レオンハルトはしばらくの間、その様子を遠くから眺めていた。

 子どもたちの練習がひと段落し、リリアーナの手が空いたところで、声をかける。


「リリアーナ」

「? ……えっ、殿下!?」

 振り返ったリリアーナは、思いがけない人物の登場に目を丸くした。


「どうしてこちらに?」

「花文字師が普段、どのように国民と関わっているのか知りたくてな。今日、見学に来た」


「そうだったのですね! では、ぜひ子どもたちの花文字を見ていってください!」

 リリアーナは嬉しそうに、子どもたちのもとへレオンハルトを案内した。

 並べられた作品は、どれも素直で可愛らしいものばかりだった。

 上手に描こうと一生懸命な子もいれば、思いもよらない色やモチーフを組み合わせる子もいる。


 リリアーナは誰かの真似をするようにとは言わず、それぞれが自分らしい花文字を描けるよう、優しく見守っていた。

(王宮以外で、リリアーナが花文字を教える姿を見るのは初めてだ……)


 レオンハルトは、子どもたちと笑い合う彼女を見つめた。

(本当に楽しそうだな。子どもたちに好かれているのも、よく分かる)


「先生、またね!」

「リリアーナ先生、さようなら!」

「ええ、またね。気をつけて帰るのよ!」


 花文字教室が終わり、子どもたちが帰っていく。

 教材を片付け終えたリリアーナは、レオンハルトのもとへ戻った。

「殿下、本日はお忙しい中、見学に来てくださってありがとうございます!」

「いや、大したことではない」


 レオンハルトは広場を見渡しながら、ふと思ったことを口にした。

「時間を忘れて練習するほど、子どもたちは花文字が好きなんだな」

「はい! みんな、本当に楽しそうに描いてくれるんです」


 リリアーナは、子どもたちが帰っていく後ろ姿を見つめながら微笑んだ。

「大人になっても、自分で描いた花文字が、心の支えになることがあると思うんです。だからこそ、今の気持ちを大切にしながら、自由に描いてほしいんです」

(仕事だから花文字師をしているのではなく、本当に好きだから続けているのか……)


 レオンハルトは、改めてリリアーナという人間に興味を覚えた。

(やはり、リリアーナは面白い)


◇◇◇


 帰り道。

 リリアーナは、花文字教室で使った教材などを両手いっぱいに抱えて歩いていた。

 そのとき、髪をまとめていた淡い水色のリボンが、するりと解けた。


「あっ……!」

 リボンが地面に落ちる。

 けれど、両手が塞がっているリリアーナは、すぐには拾うことができなかった。


 レオンハルトがそっと身をかがめ、リボンを拾い上げる。

「ありがとうございます、殿下」


 リボンが解けたことで、まとめられていた髪が肩へと流れ落ちていた。

 いつもとは違う雰囲気のリリアーナを見て、レオンハルトは一瞬、目を細めた。


「今は両手が塞がっているので、後で髪をまとめますね」

 リリアーナがそう言うと、レオンハルトは手にしたリボンを見つめ、静かに尋ねた。


「……俺が結んでもいいか?」

「……えっ?」

「君の髪を、このリボンでまとめてもいいかと聞いている」

「えっ!? 殿下、それは恐れ多いことです!」


 リリアーナは慌てて声を上げたが、レオンハルトは落ち着いた様子で彼女の後ろへ回った。

 そして、慣れた手つきで髪をまとめ始める。

(えっ? 殿下、髪を結うのに慣れていらっしゃる……?)


 驚くリリアーナの心を読んだかのように、レオンハルトが口を開いた。

「……昔、妹の髪を毎日のように結んでいた。まだ覚えているものだな」

(妹君の髪を、毎日……。とても妹想いのお兄様だったのですね)


 幼い頃のレオンハルトが、妹の髪を結ってあげる姿を想像する。

 リリアーナは、思わず微笑んだ。

「殿下の手つきがとても慣れていらっしゃったので、驚きました。殿下は何でもできてしまうのですね!」

「……そうでもない」


 レオンハルトは短く答え、最後にリボンを結んだ。

「これでいい」

「はい。ありがとうございます、殿下」

 リリアーナが笑顔を向ける。

 レオンハルトは、その笑顔をしばらく見つめていた。


 やがて、表情を引き締めて口を開く。

「リリアーナ。花文字教室を続けることは構わない。ただし、一つ条件がある」

「条件、ですか?」

「帰りは必ず王宮の馬車を使え」

「えっ!? 馬車をですか?」


「君が広場から歩いて帰っていると報告を受けている」

「……はい。馬車を待たせていては申し訳ないと思って……。それに、家までは近いですし」


「仕事をしているのに、馬車を待たせることに罪悪感を持つ必要はない。それに……」

 レオンハルトは、リリアーナが抱えている荷物に目を向けた。

「両手が塞がるほどの荷物を持って歩くのは、さすがに危険だ」

「……!」

「帰りに馬車を使うこと。それさえ守るなら、広場で花文字教室を開くことに異論はない」


(確かに……。もし何かあっても、両手が塞がっていたら、すぐに対応できないわ……)


 リリアーナは自分の荷物を見下ろし、納得したように頷いた。

「……分かりました。これからは、馬車で家まで送っていただきますね」

「ああ」


 そのやり取りを見守っていたルークは、思わず顔をほころばせた。


(今まで、どのご令嬢とも必要最低限の会話しかされなかった殿下が、リリアーナ様には自ら話しかけている。それどころか、髪まで結って差し上げるなんて……!)


 ルークは二人を見つめながら、心の中で確信した。


(殿下は、リリアーナ様のことが心配でたまらないのですね。ご本人は、まったく自覚がないようですが……)


 レオンハルトの変化を嬉しく思いながら、ルークはそっと二人の後を追ったのだった。


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