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王都の降伏と、悪役令嬢の「マスメディア(公開生放送)」

クラウゼヴィッツ家が王都へ突きつけた「完全なる不可侵・独立特権の承認(大公国化)」という要求。


経済制裁によって物資と快適な生活を絶たれ、完全にパニックに陥った王都の貴族たちは、一週間も経たないうちに両王子の陣営に猛烈な抗議を行い、内乱はあっけなく一時休戦となった。


そして、王家は屈辱にまみれながらも、辺境領の要求を全て呑む「独立承認の条約書」に玉璽(王の印)を押し、正式な特使を辺境領へと派遣してきたのである。


しかし、王家もただで引き下がるつもりはなかった。


「……なるほど。条約書にはサインをするが、調印式は王家の面子を保つため、辺境伯邸の密室で『ごく少数の者のみ』で行いたい、と」


執務室のソファで優雅にハーブティーを飲みながら、リアーナは冷ややかに微笑んだ。


「その通りです、お母様」


向かいの席に座る十八歳のレオンが、王都からの親書を読み上げながら頷く。


「おそらく王家は、密室で条約を結んだ後、王都の民には『王家の寛大な処置により、辺境領に自治権を与えてやった』と、都合よく歴史を改ざん(情報操作)するつもりでしょう」


「本当に、いつの時代も権力者の考えることは浅はかですわね」


リアーナはコトリ、とティーカップを置き、扇子を広げた。


前世の現代社会において、密室政治ほど腐敗しやすく、後から言った言わないのトラブルになるものはない。


だからこそ、現代の政治には「記者会見」と「マスメディア」という、国民の監視の目が存在するのだ。


「レオン君。アリアが産まれた時、私が作ったクマのぬいぐるみ(ベビーモニター)を覚えていますか?」


「はい。二つの『共鳴の魔力石』を使って、離れた場所に音を届ける魔導具ですよね」


「ええ。ガストン親方に指示して、あの共鳴石を『特大サイズ』で作らせてありますわ。一つを調印式の会場に置き、もう片方を、フロンティア・モールや街の広場に設置したスピーカー(拡声器)に繋ぎます」


リアーナの言葉に、レオンの青い瞳がハッと見開かれ、そして最高に楽しそうな色を帯びた。


「……なるほど。王家が密室だと思っている調印式の音声を、街中の領民たち……いや、他国から来ている商人たちにも『生放送(ライブ中継)』で聞かせるということですね」


「その通りよ。嘘もごまかしも一切通用しない、完全なる『公開処刑(記者会見)』。……レオン君、この調印式の総責任者(プロデューサー)は、あなたに任せますわ。次期大公としての手腕、見せてもらえるかしら?」


「謹んでお受けします、お母様。王家の使者には、極上の『おもてなし』を用意いたしましょう」


レオンは胸に手を当て、母譲りの完璧で不敵な笑みを浮かべた。


 * * *


数日後。辺境伯邸の大広間。


王家から派遣された特使である老貴族は、分厚い条約書を抱え、安堵の息を吐いていた。


(ふんっ。いくら辺境の経済力が強くても、所詮は田舎貴族。王家が『密室で穏便に済ませたい』と頼めば、大人しく従うしかないのだ。王都へ帰ったら、適当に事実を捻じ曲げて公表してやろう)


そんな腹黒い考えを巡らせていた特使だったが、大広間に案内された瞬間、その足がピタリと止まった。


「な、なんだこれは……!?」


大広間の中央には立派なテーブルが置かれているが、その上には、見たこともない奇妙な「黒い筒(マイク)」が何本も立てられている。


さらに、部屋の周囲には辺境領で発行されている『新聞』の記者たちが、万年筆とルーズリーフを構えてズラリと待ち構えていたのだ。


「ようこそおいでくださいました、特使殿」


上座から立ち上がったのは、若将軍の漆黒の軍服を見事に着こなしたレオンだった。


その後ろの玉座には、四十代の渋みと威厳を放つクラウスと、三十代の瑞々しい美貌を誇るリアーナが、王と王妃のようにドッシリと構えている。


「ク、クラウゼヴィッツ家長男、レオン殿! 調印式は密室で行うという約束だったはず! なぜこのような大勢の人間がいるのだ!」


「ご安心ください、特使殿。この部屋にいるのは、我が領の記録係(記者)のみ。王家の皆様の『ご立派な宣言』を、一言一句間違えずに歴史に残すための配慮です」


レオンが涼しい顔で促し、特使をテーブルの席へと座らせた。


「さあ、特使殿。この黒い筒(マイク)に向かって、条約書の内容を『大きな声で』読み上げてください。我がクラウゼヴィッツ領が、王家から完全なる独立を果たし『大公国』となることを」


「くっ……!」


特使は屈辱に顔を歪めたが、ここで拒否すれば再び物資が止められ、王都が滅びることは明白だ。


彼は震える手で条約書を開き、マイクに向かって声を張り上げた。


「……わ、我が王国は、本日をもってクラウゼヴィッツ辺境領の完全なる独立を承認し、大公国としての特権を……永遠に保証する……ッ!」


その言葉が発せられた瞬間。


マイクの魔力石が青く光り、その音声はケーブルを通じて、辺境領中の街角に設置されたスピーカーへと爆音で届けられた。


『……保証する……ッ!』


フロンティア・モールで買い物をしていた領民たち。広場で遊んでいた子供たち。そして、他国から視察に来ていた商人たち。


街にいる数万人の人間が、その「降伏宣言」をリアルタイムで聞き届けたのだ。


「うおおおおおおっ!! 聞いたか!! 王都の奴らが、俺たちの独立を認めたぞ!!」


「クラウゼヴィッツ大公家、万歳!! 若将軍、万歳!!」


街中から地鳴りのような大歓声が沸き起こり、それは辺境伯邸の大広間にまで轟いてきた。


「な、なんだ、今の外からの歓声は……!? まさか、私の声が……外に漏れているのか!?」


特使が顔面を蒼白にして立ち上がる。


「ええ。我が領の最新技術、『ラジオ生放送』というものです」


レオンが、これ以上ないほど美しい、けれど逃げ場のない「完璧な笑顔」で特使を見下ろした。


「今、あなたのその宣言は、領民全員と他国の商人たちの耳に届きました。明日には新聞の号外として、大陸中に文字となってバラ撒かれます。……これで、後から『そんなことは言っていない』という言い逃れは、永遠にできなくなりましたね」


「あ、あああ……っ!」


特使はその場に崩れ落ちた。密室で歴史を捻じ曲げようとした王家の目論見は、現代のマスメディアという圧倒的な「情報の透明性」の前に、完全に粉砕されたのである。


「見事な采配でしたよ、レオン」


背後から、クラウスが深く満足げな声をかけた。


四十代の彼が纏う大人の威厳は、ただそこにいるだけで空間を支配するほどだ。


「武力を使わず、情報を制して相手を完全に封じ込める。……お前はもう、私とリアーナを超える立派な指導者だな」


「もったいないお言葉です、父上。母上から教わった『現代の常識』を使ったまでですよ」


レオンが恭しく頭を下げると、リアーナも誇らしげに微笑み、優雅に扇子を揺らした。


かくして、一滴の血も流すことなく、悪役令嬢とその家族は、辺境領を「クラウゼヴィッツ大公国」という完全無欠の独立国家へと押し上げることに成功したのである。


 * * *


その日の夜。


独立を祝う盛大なパーティーが、領民たちを巻き込んで街中で開かれていた。


辺境伯邸――いや、大公邸となった屋敷のプライベート・ガーデンでは、家族四人だけの温かな祝賀会が開かれていた。


「お兄様、すごーい! お外の大きなラッパ(スピーカー)から、お兄様のかっこいい声がいっぱい聞こえてきたよ!」


六歳のアリアが、フリルのドレスを揺らしながらレオンに飛びついた。


「ありがとう、アリア。お兄様、上手にできていたかな?」


レオンがしゃがみ込み、目線を合わせて優しく頭を撫でると、アリアは「うんっ!」と満面の笑みで頷いた。


そして、小さなポケットから、折り紙で作った歪な「星のメダル」を取り出し、レオンの首にかけてあげた。


「これ、お兄様へのご褒美! 世界で一番かっこいい大将軍のメダルだよ!」


「……っ。アリア……ありがとう。王家からのどんな勲章より、お兄様はこれが嬉しいよ」


十八歳の精悍な青年が、妹からの手作りメダルを胸に当てて、泣きそうなほど嬉しそうに微笑んでいる。


十一歳の時に「自分は血が繋がっていないから」と泣いていたレオンの姿はもうない。


彼は今、紛れもなくこの家族の長男であり、妹を溺愛する世界一のお兄ちゃんなのだ。


その光景を少し離れたバルコニーから見つめながら、クラウスがリアーナの肩をそっと抱き寄せた。


「……本当に、信じられない光景だ。あんなに小さくて怯えていたレオンが、今や一国の運命を背負って立ち、アリアという光のような妹を溺愛している」


クラウスの深い青い瞳が、愛おしそうに子供たちを見つめている。


「ええ。レオン君は、私たちが注いだ愛情を、何倍にもしてこの国と家族に返してくれましたわ。私の自慢の息子です」


リアーナがクラウスの広い胸に頭を預けると、クラウスは彼女の腰を抱く腕に、ギュッと力を込めた。


「レオンだけじゃない。君の声だ、リアーナ」


「私の声、ですか?」


「ああ。今日のラジオ放送を聞いて思ったよ。君の賢くて、力強くて、温かい『声』が、この領地に届いたから……氷に閉ざされていたこの土地は、こんなにも美しく豊かな国になったんだと」


四十代を迎えたクラウスの言葉は、若い頃の直球な愛情表現とは違い、年輪を重ねた大人の男だからこそ言える、深くロマンチックな響きを持っていた。


「私の心も同じだ。君の声が、一回目の人生で凍りついていた私の心を溶かし、生きる意味を与えてくれた。……リアーナ。君は、私の人生を救い上げてくれた女神だ」


クラウスがそっとリアーナの顎を持ち上げる。


夜空に輝く満天の星々と、街の温かい魔導ガス灯の光に照らされて、二人の影が静かに重なり合った。


「……んっ……旦那様……」


「何度でも言う。愛しているよ、リアーナ。三十代になってさらに美しさを増した君に、私は毎日、初恋のように惹かれ続けている」


深く、優しく、そしてどこまでも甘い大人の口づけ。


マスメディアによる情報戦を制し、次期大公としてのレオンの成長を見届けた夫婦は、六年の歳月が経っても全く色褪せることのない、極上の愛と信頼で結ばれていた。


過去の悲劇(大災厄)を完全に上書きし、絶対的な権力と富を手に入れた悪役令嬢。


しかし彼女が一番大切にしているのは、富でも権力でもなく、こうしてバルコニーで愛する夫と口づけを交わし、庭で笑い合う子供たちの声を聞く、この「温かい居場所」なのである。

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