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学園の公開授業と、悪役令嬢の「圧倒的プレゼンテーション(ポスターセッション)」

王立魔法・科学学園に、初夏の爽やかな風が吹き抜ける季節。


学園では年に一度のビッグイベント、「公開授業(授業参観)」の日がやってきた。


これまでの公開授業といえば、教師が黒板の前で一方的に古い歴史や魔法の公式を読み上げ、生徒たちはただ静かに座っているだけ。


そして後ろで見学する親たち(高位貴族の夫人たち)は、授業などそっちのけで、自分のドレスの値段や持参した高級茶菓子の自慢で「マウントの取り合い」をするという、非常に退屈で非生産的な社交場であった。


しかし、今年の学園は違った。


学園を牛耳る「PTA会長」ことリアーナ・フォン・クラウゼヴィッツ辺境伯夫人の大改革によって、公開授業の形は根底から覆されていたのである。


「さあ皆様! 今日はあなたたちが『主役』ですわよ! 自分が学んだことを、大人たちに堂々と見せつけてやりなさい!」


リアーナの号令とともに、大講堂の扉が開かれた。


そこには、無数の「巨大な白い紙(模造紙)」が掲示されたパネルがズラリと並んでいる。


生徒たちは数人のグループに分かれ、自分たちが調べた研究テーマをその紙にまとめ、見学に来た親たちの前で直接説明をするという形式――前世の現代日本における「アクティブ・ラーニング(能動的学習)」の極致、「ポスターセッション」である。


「な、なんだこれは……! 授業ではなく、まるでお祭りの屋台ではないか!」


「わたくしたちの座る豪華なソファーも、お茶の用意もありませんのよ!? 信じられないわ!」


大講堂に足を踏み入れた保守派の貴族夫人たちは、扇子で顔を仰ぎながらヒステリックな声を上げた。


その筆頭であるヴェイン侯爵夫人が、顔を真っ赤にして学園長に詰め寄る。


「学園長! これは一体何の真似ですの! 貴族の学び舎を、平民の市場のような下品な場に変えるなど、言語道断ですわ! こんな真似を許すなら、我がヴェイン侯爵家が毎年寄付している『金貨百枚』を即刻引き上げさせていただきますからね!」


「ひっ……! ほ、侯爵夫人、どうかお怒りを……!」


震え上がる老学園長。学園にとって金貨百枚の寄付は決して安くない金額であり、侯爵夫人はこれまでずっとその「資金力」を盾に学園を私物化してきたのだ。


侯爵夫人が勝利を確信して鼻で笑った、その瞬間。


「あら。たかが『金貨百枚』の端金(はしたがね)で、随分と大きな顔をなさるのね」


凛とした、しかし絶対零度の冷たさを持つ声が大講堂に響き渡った。


群がる貴族たちを海が割れるように退け、優雅な足取りで現れたのは、深いエメラルドグリーンのデイドレスを完璧に着こなしたリアーナである。


その隣には、漆黒の騎士服を纏った夫のクラウスが、圧倒的な威圧感を放ちながらピタリと寄り添っている。


「ク、クラウゼヴィッツ夫人……! あなたの仕業ですわね、この下品な催しは!」


「ええ。子供たちの自主性を育てる、素晴らしい発表会でしょう? それに……寄付金のお話でしたら、お気になさらず。侯爵夫人の金貨百枚など、もう学園には不要ですわ」


リアーナは扇子をパチンと鳴らし、後ろに控えていた文官に一枚の「小切手(寄付証明書)」を広げさせた。


「私は先月、学園の老朽化した図書室の全面改装と、カフェテリアの増築費用として『金貨一万枚』を寄付いたしましたの。その程度の少額で学園の教育方針に口出ししようだなんて、恥ずかしくありませんこと?」


「――っ!? き、きんか、いちまんまい……!?」


桁が二つも違う圧倒的な暴暴力――ならぬ「資金力」の前に、ヴェイン侯爵夫人は目を剥いて絶句した。


辺境領で生み出された数々の大ヒット商品(オモチャ、化粧品、印刷物)による莫大な利益。今のクラウゼヴィッツ家は、王族すら凌ぐほどの圧倒的な経済力を持っているのだ。


「どうぞ、あなたの金貨百枚はお持ち帰りになって、その悪趣味でゴテゴテしたドレスのクリーニング代にでもなさいな。……さあ、邪魔ですわよ。子供たちの発表の妨げになります」


リアーナが「悪役令嬢」としての冷酷で美しい笑みを浮かべて一蹴すると、周囲で見学していた他の貴族たちからは、思わず「お見事……」と感嘆の溜め息が漏れた。


 * * *


完全に言い負かされ、ワナワナと震える侯爵夫人を放置して、リアーナとクラウスは生徒たちの発表ブースを見て回った。


「お父様! お母様! こっちだよ!」


奥のブースから、レオンが嬉しそうに手を振っている。彼の隣には、かつての取り巻きの姿はなく、少し緊張した面持ちのジュリアンの姿があった。


リアーナの「秘密のカウンセリング(1on1)」を受けて以来、ジュリアンはすっかり憑き物が落ち、今ではレオンの一番の親友(そしてリアーナの熱烈な信者)として、一緒に勉強に励んでいるのだ。


「さあ、見せてごらんなさい。あなたたちの研究成果を」


レオンとジュリアンが掲示した模造紙には、リアーナが教えた「マインドマップ(情報の視覚化)」を用いて、非常に分かりやすい図解が描かれていた。


「僕たちの研究テーマは『魔導コンロの火力調整における、魔力消費の効率化』です!」


ジュリアンが堂々とした声で発表を始めた。


「学園のカフェテリアで導入された新しい魔導コンロは火力が一定ですが、これを辺境領で使われている『熱循環システム(ダクト)』の構造と組み合わせることで、魔力の消費をこれまでの三十パーセント削減できることを、僕とレオンで計算式を使って証明しました!」


「そして、その浮いた魔力を照明(魔導ランプ)に回せば、夜の教室をもっと明るく、本が読みやすい環境にできるんです!」


レオンが万年筆で書いた緻密な設計図を指し示す。


科学(熱力学)と魔法の完璧な融合。そしてそれを、誰にでも分かるように整理されたプレゼンテーション。


「おおっ……! これは素晴らしい着眼点だ!」


「十歳の子供が、こんな論理的な思考をできるなんて!」


集まっていた貴族の大人たちから、割れんばかりの拍手が巻き起こった。


その光景を見て、ヴェイン侯爵夫人がヒステリックな声を上げた。


「ジュ、ジュリアン! あなた、辺境の田舎者と一緒に、なんだその泥遊びのような発表は! 侯爵家の跡取りたるもの、高貴な古代魔法の歴史を語りなさい!」


母親の怒鳴り声に、以前のジュリアンなら怯えて泣き出していたかもしれない。


しかし、今のジュリアンは違った。彼はリアーナに教えられた「自分の心を守る強さ(心理的安全性)」をしっかりと持っていた。


ジュリアンは母親を真っ直ぐに見据え、大きな声で言い放った。


「お母様。僕は今、こうして新しいことを考え、学ぶことが、本当に楽しいんです! 古い歴史を暗記するだけより、こうしてみんなの生活を良くする勉強をする方が、ずっと価値があると思います。……僕の友達(レオン)を、田舎者だと馬鹿にするのはやめてください!」


「なっ……! あ、あなた、親に向かって口答えを……!」


侯爵夫人が卒倒しそうになる中、会場からはさらに大きな拍手と、「よく言った、立派な跡取り息子だ!」という賞賛の声が上がった。


ジュリアンは照れくさそうに笑い、レオンと固くハイタッチを交わした。


「……ふふっ。子供は親の所有物ではないわ。あの子はもう、自分の足で立派に歩き出している。侯爵夫人も、いい加減に子離れ(アップデート)の時期ですわね」


リアーナは扇子を閉じ、満足げに微笑んだ。


王都の腐敗した学園環境は、文房具、カフェテリア、そして教育手法というリアーナの「現代スキルのフルコース」によって、完全に浄化(リノベーション)されたのである。


 * * *


その日の夜。


大成功に終わった公開授業の慰労も兼ねて、王都のタウンハウスでは、家族三人だけの温かな夕食が取られていた。


「お母様、ジュリアンのお母さん、最後は腰を抜かして帰っちゃったね! ジュリアン、すごくかっこよかった!」


「ええ、本当に。レオン君も、万年筆の設計図、とても見事でしたわよ」


レオンはすっかり満足して、食後にアーサーのフィギュアを抱いたまま、ソファでスヤスヤと眠りに落ちてしまった。


静かになったダイニングルームで、ワイングラスを傾けていたクラウスが、ふぅと甘い溜め息をついた。


「……今日ほど、君を恐ろしく、そして誇らしく思った日はないよ。あの厄介なヴェイン侯爵夫人を、圧倒的な資金力で一言で黙らせてしまうとはな」


クラウスは席を立つと、リアーナの背後に回り、その華奢な肩を大きな手でそっと包み込んだ。


「あら。私はただ、自分の投資した学園の環境を守っただけですわ」


「だが、君が美しすぎるせいか、また他の貴族の男どもが君を熱い目で見つめていたぞ。私が隣で威嚇してやらなければ、何人かが声をかけに来ていたはずだ」


クラウスがリアーナの首筋に顔を埋め、すりすりと甘えるように鼻先を擦り寄せる。


辺境の最強騎士でありながら、妻のこととなると異常なまでに独占欲を発揮するこの男の「ギャップ」には、リアーナも未だに慣れることができない。


「だ、旦那様……っ。くすぐったいですわ……」


「リアーナ。王都の学園での君の戦いは、見事な大勝利だ。君のその素晴らしい手腕を……今夜は、私だけのために振るってくれないだろうか」


低く、甘く、熱を帯びた囁き。


クラウスはリアーナの身体をそっと抱き上げると、そのまま二人の寝室へと歩き出した。


「だ、旦那様! レオン君が起きてしまいますわ!」


「メイドに毛布をかけさせておくさ。……君が有能すぎて、私がどれだけ君に惚れ直しているか、今夜は朝までたっぷりと教えてあげよう」


「~~っ! もう、旦那様は本当に、駄々っ子なんだから……っ」


顔を真っ赤にして抗議しながらも、リアーナの腕はしっかりとクラウスの広い背中に回されていた。


「氷の辺境伯」だった夫の心を溶かし、領地を豊かにし、王都の学園までもを自らの手腕で掌握してしまった「稀代の悪女」。


彼女の無双ぶりはとどまることを知らないが、彼女自身は今、世界で一番甘くて過保護な夫の腕の中で、極上の幸せに蕩かされていた。


――しかし、この平和な王都での生活が永遠に続くわけではない。


翌朝、王宮からクラウゼヴィッツ家宛てに、北方の軍事大国・ガルディア帝国からの「極秘の救援要請」が届くことなど、甘い夜を過ごす二人はまだ知る由もなかった。


(第2部:学園リノベーション編・完 ~第3部:帝国動乱と物流革命編へ続く~)

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